作品タイトル不明
第72話 1人も死なせない戦争 6歳 晩秋
宿舎の外を回るツアーを終えて暖かい宿舎の中に戻ると、部屋の中央には毛皮が敷かれ、熱い薬草茶を淹れた大きな鍋が設置されていた。
この気の利かせ方は、村長婦人だろうね。ありがたい。
少し冷える外から戻った貴い身分の人達も、この気の利いた饗しに喜び、鍋の傍らに置かれた飲み角でざぶりと熱い薬草茶を掬った。
いかに村長が豊かでも、人数分の銀杯は用意できなかったみたい。
しかし角杯か…金属とかで装飾して蜜蝋で封をしたら薬入れて高く売れそう。
「さあて。話の続きと行こうか」
毛皮の場所に、貴族のおじさん達が車座になって座った。
村長宅の長屋敷では床が冷たいから壁議のベンチに座わらざるを得ないのだけれど、そうすると互いの顔が見えないし、話し合いには向いてないんだよね。
だから僕も床に座るほうが好きだし、床に座れる床暖房が好き。
「この暖かい床は確かに良いな。我が村に、この冬からでも欲しい」
「職人の派遣を求めるわけにはいかないか。銀を積んでも良いが」
「その辺りの交渉は、私の一存ではなんとも…村長とお話しください」
偉い人たちは、タラ漁で暖かくなるために、床暖房が作れる職人派遣の話とかしてた。今は父ちゃんが床暖房の工事に一番経験ある職人なんだけれど、父ちゃんを派遣するわけにはいかない。
宿舎建設で床暖房の工事を手伝ってくれた人達もいるし、少し仕込めばなんとかなると思う。
派遣先とか順番とか費用とか、細かい実務は村長というか、たぶん村長婦人が取り仕切ってくれるでしょう。
「いや、暖かい床も大事だが、それよりもクナトルレイクだ。小さな子供を、実に見事に鍛え上げたものだ!」
「全くだ…子供の時分からあのように鍛えられていれば、大人になれば、さぞ強力な戦士となるだろう!いや、戦士団だな!あれだけ統制のとれた動きを見せる戦士達は見たことがない!」
「一体、どのように鍛えたのだ?いや、鍛錬の一部は見させてもらったが…」
しきりに父に話しかける貴い身分の方たち。
クナトルレイクが大好き、という言葉遣いじゃないな。
クナトルレイク競技の強化を通じて、強い戦士を育成したいらしい。
「どうだ?村に家も畑も用意するぞ?我が村に来ないか?」
「何を言う!我が村では加えて、一族の妻を与えようではないか!どうだ?考えてはくれないか?」
今度は父ちゃんの勧誘まで始めた。
だけどさあ、今や父ちゃんは村の名士だし、塩の権利に加えて蜂蜜採取やその他資産持ちなわけですよ。
「いえ…村には家族がおりますから移住はできません」
その上、大切な家族もいるのだから半端な勧誘は意味がないわけでして。
しつこい誘いに困っている父ちゃんを見かねて、僕は耳に寄せて小声で囁く。
「ねえ父ちゃん、行くのがダメだったら、この村に来てもらうのはどう?」
「この村に余所者を迎え入れるのか?」
難色を示した父ちゃんを説得する。
「今だって大勢来てるじゃない?滞在する間の食料と薪の費用持ちの客として来てもらってさ、冬のクナトルレイクの練習を手伝ってもらえばいいじゃない。
空いた時間は村の仕事も手伝ってもらうようにするとかさ」
それに客の滞在は資金面だけでなく、労働力の面でもメリットがあるのだ。
「床暖房の建設で他の村に人を派遣したら、村の男手が足りなくなっちゃうでしょ?
冬はタラ漁もあるし、燻製小屋とか製塩炉の大きいのを建設しないといけないから、人手はいくらでも欲しいし」
「食料と薪は持参してもらうにしても、泊まる場所は…そうか。ここがあるか」
「そうそう。村長の長屋敷でも、ここでもいいじゃない。全部を使うんじゃなくて衝立で区切れば村の人も使えるし」
公営の宿泊所があると、冬であっても村外の来客を気軽に呼んで泊められるようになるんだよね。そうして村々の繋がりの文化的ハブになれるんだ。
それに…と、続けた。
「父ちゃんもクナトルレイクを学びたい熱心な人が増えるのは嬉しいじゃない?」
「なるほど!…それは大事だな」
父ちゃんは一も二もなく頷くと、各村から何人のクナトルレイク指導人材を受け入れるのか、積極t的に交渉を始めた。
「ある程度は若い者の方が良いですね。体力も要りますし新しい考え方も受け入れやすいでしょう」
「なるほど…では息子の1人を派遣するとしようか…」
なんか村の有力者を迎え入れる話になってない?大丈夫?
村長の許可とかなくていいのかな?
あとで村長婦人から口添えしてもらえるよう、お願いしておこうか。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
父ちゃんの交渉が一段落したところで、今回のセミナーの締めくくり。
大会を通じて得られた運営ノウハウの共有についての話。
本当は僕が一から全部話してしまうのが早いのだけれど、子供の話なんて聞いてもらえるわけがないので、基本的には父ちゃんが話し、質疑応答でときどき僕が答える形式にしてもらう。
一応、子供大会を仕切っているぐらいの印象はあるみたいだしね。
「まず、今回のクナトルレイクの大会を私は戦争である、と考えました。人が死なない、女子供も死なせない戦争です。そのように考えて手配をしました」
これは、僕が父ちゃんや村の大人に理解してもらうために話した論法だね。
何回も同行してもらって村のいろんな人に話しているうちに、父ちゃんにも考えが移ったらしい。
「戦争…。女子供を死なせない戦争、か」
「そういえば、食料も薬の手配も万全であったような」
「たしかに。驚くほど潤沢で手配も良かった。なるほど、戦争か」
戦争、という例は偉い人々にも響いたらしい。
そして普段の戦争とは異なり、1人も死なせないという目標と、その困難さにも。
1人の貴族から質問が上がる。
「食料はどれほど準備をしたのか?」
「兵力と派兵期間から決めました。今回は参加者と大会の期間が食料の準備の計算の元となりました」
「なるほど…それで事前に名簿を出せという話になったのか」
「大民会の大会での準備と基本は同じと考えます」
「民会は自給せよ、とは言うが用意はしてくれんな」
貴族達から低い笑い声があがる。強い大人たちならそれでもいいけどね、女子供はそうはいかんのよ。
「この豪華な宿舎を建設したのはなぜだ?」
父ちゃんと視線を併せて、僕が進み出て答えることにする。
「お前は…たしか子供の挨拶をしていたな?」
「グリームルの子、トールステインです。この宿舎は、戦場なのです」
「戦場、だと?」
「そうです。戦争では相手を出来るだけ殺せる場所を戦場に選ぶ、と聞きます。この宿舎はその逆です。敵は、寒さ、飢え、怪我、病気です。この宿舎は、そうした敵に打ち勝つための戦場として準備したのです」
「敵は、寒さ、飢え、怪我、病気…か」
「しかも兵士は女子供なのです」
「…なるほど、理解した」
貴族達は、これまでとはまた違った視点で、広く高い天井を持つ宿舎を見回した。
「1人も死なせない戦争、か。そんな風に考えたことはなかった」
「だが、大民会で同じことができるのか?」
「だしかに。かかる費用だけでも莫大なものになろう」
「第一、それだけの大会を誰が差配するのだ? スカルド(宮廷詩人) も足りなかろう」
「どこかに差配の出来る者がいないものか…?」
ボソボソと話し合っていた貴族達の視線が、なぜか僕に向いたのを感じて、慌てて父ちゃんの影に隠れるのだった。
5章 終わり
明日はトールステイン大王伝記の回です