軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第58話 権益は侵害してないから大丈夫 6歳 晩秋

朝、僕は父ちゃんと一緒に出勤する。

父ちゃんは工事道具一式を背負い、僕は手ぶらだ。

枯れ草や落ち葉をさくさくと踏みしめながら、高台の工事現場に向かい朝の空気を吸い込むんだ。

「いい日だなあ」

「父ちゃん、僕も スパジ(シャベル) 背負ってみたい」

「重いぞ?」

「いいから、ちょっと貸して!」

父ちゃんが背負っているスパジを無理やり奪い取り、背負おうとして…苦戦した。

「何だか持ちにくいね?」

「そうか?」

「こう…縄をさ、持ち手部分と掘るところに結びつけてさ…」

縄を貰い、2箇所で結びつけてスリングのように背負える形にした。

少し長めにスリングを使えば、片方の肩で背負いながら土を除ける際に補助具となり、腰の負担が減らせる

「ほら!便利でしょ!」

「すごいじゃないか、トール!」

僕が実演し、父ちゃんも自分で取り回してみて驚いていた。

雪国の雪かきなんかで実績ある方法だからね。

父ちゃんや工事をする人達の負担が少しは楽になるといい。

「…父ちゃん、重い」

「体ができるまで無理するな。父ちゃんが背負うよ」

「はーい…」

調子に乗って縄スリングつきスパジを振り回していたせいか、100メートルも歩かないうちに、キツくなって背中から下ろしてしまった。

まだまだ、体が子供すぎる。早く大人になりたい。

「父ちゃん、工事はどんな感じ?何か困ってることはない?」

「そうだなあ…もう少し人手が増えたときにはスパジの数が欲しいな」

宿舎の基礎工事の現場に向かう道すがら、父ちゃんと現場の問題のすり合わせをする。とは言っても、僕にできることは記録して村長婦人に報告することぐらいなんだけど。

「すごく進んでるね!もうほとんど掘り終わってるじゃない?」

「そうだな。除けられない大きな岩がなかったのは運が良かった」

工事現場につくと、宿舎建設予定地の土地が床暖房の煙道トンネルを通すために綺麗に四角く深く掘り下げられていた。

地面の上に柱を建てるのが基本のこの辺りでは見られない建築工事の光景だ。

底には平らな石が敷かれ始めていて、なんだか現代の建築現場っぽい。

その脇には、大量の掘り出された土砂と大きな石や岩が積まれていた。

「父ちゃん、もしも人手ではどけられないくらい大きな岩があったら、どうするの?」

「もっと大勢の人を集めて掘り出して除けるか、建物の予定地を移して建て直す。もちろん、立て直した先の地面に岩が埋まっていない保証はないから賭けになるが」

聞くだけで大変そう。重機で砕いたりダイナマイトで発破したりできないものな。

でも火薬は作ったりしないよ。原料もないし動機もないから。

「3つの区画に分けて工事を段階的に進める。1区画は先に作り上げて、煙道トンネルの流れをテストするつもりだ」

なるほど。長方形の敷地を、3つの正方形に分けて工事する計画なんだね。

船のブロック工法みたいだ。堅実だなあ。

工事現場には伐採には参加しなかった年嵩の男衆が何人か来ていて、敷地のサイズや基礎の位置などをエル巻尺で測っていた。

「父ちゃん、あれ…!」

「ああ。工事に便利だから、とエル巻尺は皆に使われているぞ。トール、お前はいいものを作ったんだから、胸を晴れ。それと現場に余計な忘れ物は要らないぞ」

「へへへ…」

嬉しさと誇らしさと恥ずかしさが同時に込み上げてきて、どうして良いかわからず僕は思わず頭をかいた。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

工事現場を父ちゃんに任せると、僕は近くの長屋式に向かう。

村長婦人のご出勤に付き添うためだ。

気分的には、6歳っぽく「シーグーリーズーちゃーん!いっしょに おーしーごーと、いーきまーしょー!」と呼びかけたい。

たぶん護衛の郎党に物理的に消されそうだからやらないけど。

侍女の人に通されて居住区画に行くと、既に外出用の化粧と髪は整えられていた。

今日は仕事用なので、村長婦人の外出着にしてはカジュアルに抑え目にしているらしい。それでも青銅のキラキラした指輪やマントの留め具、ビーズなどはジャラジャラしていて、外行きの格好をした母ちゃんよりは衣装に金がかかってる。

「トール、よく来ましたね。朝食はとりましたか?」

「はい!家で済ませてきました」

「そう。では出立しましょうか」

侍女の人が先頭に立ち、村長婦人が続き、その後ろには護衛の郎党が2人、大きな黒板と荷物を運んで続く。

僕はと言えば、村長婦人に手を繋がれて歩いている…なんで?

身分的には、最後尾で小さくなって下向いて続くのが普通だと思うんだけど。

小さな大名行列がどこへ向かうかと言えば、今朝から再稼働を始めた社交場だ。

そこで村の女性達から薬草の聞き取りを行うことになっている。

最初は僕も記録係として参加するのだ。

塩製造施設と隣接した社交場は冬の家の近くの海岸にあるので、僕は村長の長屋敷まで往復する形になるね。足腰が鍛えられる。

「お待ちしておりました。今日は初回ということで、何人か気心の知れた者だけを集めています」

社交場には、今日の聞き取り対象らしきご婦人達と母ちゃんがいた。

コの字型の暖房ベンチの中央の卓には、薬草がいくつか置かれている。

「どうしましょうか?1人1人とお話してお聞きになりますか?」

まとめ約は母ちゃんが務めているらしく、ヒアリングの形式について質問をしてきた。村長婦人が僕をちらりと見たので、僕が母ちゃんに答える。

なんだか変な感じだ。

「1人1人別々にすると、緊張して聞き取りが上手く行かないと思います。一緒に喋って貰ったほうがいいでしょう」

村長婦人が頷いたので、そういう集団ヒアリングという形式になった。

薬草を持ってきた人が最初に喋り、周囲の人達が追加の説明をしたり質問をしたりする形式だね。

喋る方は気楽だけれど、聞いたり記録する方には負担がかかる形式だ。

「それで、今回持ってまいりましたのは、ベリーです」

「エルダーベリーね。うちも使うわ」

卓上で示されたのは、黒くて小さなツブツブした野生の果実だ。

うちでもよく食べる。

「必ず完熟したものを、煮てからジャムやハーブに使います。風邪を引く前、引いてからも良い、と家では伝わってきました。ベリーは万能の薬箱だ、と」

「あらそうなの?家では美味しいから普通にジャムにして食べてたわ」

「生だとお腹壊すのよね。子供の頃に、直接食べて酷い目に遭ったわ」

ヒアリングが始まってしまえば、それまでの緊張は何だったのかと言うぐらい、女性達はよく喋る。お陰で、黒板に記録する僕の方も大忙しだ。

黒板を卓上に置かれると背が届かなくなるので、地面において護衛の郎党の人に支えてもらいつつ、超スピードでルーン文字を書き続ける。

うーん…すごい知識が集まっているような気もするけど、精査も大変だなあ。

複数人からのヒアリングで同じことを言っていたら確からしいと認めるしか無いのかな。

こんな小さな村で二重盲検とか、数学的に無理だしなあ。

よほど有害っぽくなければ、たぶん有用だと見なして記録しておくしか無いかな。

比較対象が傷口に糞を擦り付ける迷信薬とかだから、マシだと信じて記録しよう。

薬効の細かな統計的検証は後世の人に任せようね。

「次は、ヤロウとダイムなのですが、ヤロウは止血や女性の症状の薬と家では伝わっておりまして…」

「あら、家では戦士の薬って言われてるわよ」

「女性の症状が楽になるの!?」」

まだまだ話は続きそうだ。黒板だけでは足りなさそう。

暖房床の地面に貝殻棒で書いちゃおうかな。

「…あれ?」

書きながらふと思ったんだけど、父ちゃんは宿泊所の基礎工事任されて、母ちゃんは女衆取り纏め役をやってて、僕は村長婦人の下っ端として働いていて…。

我が家って、村の仕事をかなり牛耳ってない?

財産とか権力とか既得権は別に独占してないからいいのか?

…まあ、難しいことは大人に任せよう。

政治は大人の仕事なんだから。

僕は深く考えることを諦めて、大人しく貝殻帽を走らせ続けるのだった。