軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第4話 僕は魔術師じゃないぞ 5歳 冬

早起きは三文の得という。

早起きして江戸の道を歩くと、様々な落とし物を見つけることができたそうで、確かに金銭的な得もあったのだろう。

北方高緯度地方の冬に早起きすると、海岸に流れ着いた流木を拾って薪に出来る。

僕が塩の密造に使った薪の半分は、そうした流木だったりする。

「おお、確かに凍ってるな」

昨夜のうちに父ちゃんが汲んだらしい木桶の水は、無事に固く凍りついていた。

「それを割ったら、底に少し海水が残ってるでしょ。あと氷も舐めたら塩気が減ってるのがわかるよ」

「ふうむ」

「あなた、お腹を壊すからやめなさい」

僕は家族へ製塩準備の手順を指導中なのである。

家族に技術を隠しても仕方ないからね。

ちなみに先日説明を済ませたエリン姉はまだ寝てる。

父ちゃんは木桶の氷を棒で割り、底に残った海水の塩気を確かめると頷いた。

「それで?炉の方も見せてもらおうか」

「はいはい。こっちね」

家の裏手に回ると、僕の作った不格好な西風炉は少しだけ雪を被った状態で崩れずに残っていた。

「口が大きくて、煙突が高いな。それに厚みがある」

父ちゃんの観察眼もなかなかだ。見るところを見ている。

「それね。風がたくさん入るように口を大きくしてあるし、炎を高くあがるように煙突も高くしてあるの。あと崩れたり熱くならないように石と泥と羊とか馬の毛の余ったやつで固めてあるんだ。とりあえず火をつけてみるね」

小枝を突っ込んで、家の石炉から貰ってきた火種を突っ込むとすぐに西風炉は炎を上げ始めた。

「おお…火の立ち上がりが早いな」

「それに煙が少ないわね。乾燥した小枝を使ってるわけじゃないのよね」

「うん。枝がパチパチ鳴ってるでしょ?」

西風炉の口からは、ゴウゴウと強く燃焼する音に加えて、枝に含まれた水分で木の繊維が弾けるパチッ、パチッという破裂音が断続的に聞こえてくる。

「それに熱くない」

「それは壁を厚くしてあるからね。まだ触っても平気」

「ふむ。火傷の危険も少ないのか」

父ちゃんが石と泥で作られた煙突を触りながら、少し考える仕草をみせた。

今の建築様式で家の中央に石炉という焚き火があると暖房効率や煙の殺虫効果や燻製への利用など幾つかの利点もあるけれど、人間ごと直火で燻しているようなものだからデメリットも多数ある。

例えば煙が充満することで長期的な健康が損なわれる点や、剥き出しの焚き火に子どもが突っ込んで火傷したり、火の粉が飛んで火事になったりするリスクも放置はできない。

僕はたまたま無事健康に成長することができたけれど、他の家では悲しい事故も起きてるはずだ。母ちゃんもまだ若いし、いずれ弟か妹が生まれてきたときのために、家の危険はできるだけ排除しておきたい。

「とりあえずお茶でも飲んでみてよ」

今度は許可を貰って持ってきた石鍋に松葉と一緒に入れた水は、強い火力のおかげですぐに湧いて冬の朝に良い香りを立ち上らせる。

そこから石鍋に湧かした茶を個人のカップで、ざぶりと掬う。豪快な方式で野趣があって嫌いじゃないけど、本当は薄い鉄か銅のヤカンが欲しいね。

松の新芽をいれたハーブ茶は冬に不足するビタミンを含んで体に良い。

積極的に飲むべきだ。

「トールは草の汁好きねえ」

「体にいいんだってば」

父も母も少し眉をしかめたけれど、温もりは欲しいのか淹れたハーブ茶は飲んだ。

北国の大人はすぐに 麦酒(エール) だの 蜂蜜酒(ミード) だのを飲みだすからなあ。

沸かした湯で茶を飲め、茶を。健康にいいぞ。

「ふむ…確かに魔術ではないようだ」

「そうね。トールが魔術を使ってないのはわかったわ」

松の葉茶を飲んで人心地ついた父ちゃんと母ちゃんは、ようやく安心したように微笑んだ。

やれやれ。なんとか僕の魔術師疑惑は晴れたようだ。

「あとは、この塩作りを家業にするなら早いところ村長へ報告に行かないとな」

「えっ」

なんですと?

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

海水を凍らせて濃くして小枝で海水を沸かして塩を作ったら、父は塩作りを家業にしよう、と言い出した。

父さんな、これから塩作りで生きていこうと思うんだ。会社はやめてきた。

という副音声が聞こえる。

「父ちゃん、何言ってるの」

しょせんは子どものお遊びで作った塩でしょう?

いきなり家業はぶっ飛びすぎ。お父ちゃん、大丈夫?

ところが、父ちゃんは真剣だった。

「トールよ、お前が母さんから聞いているように、たしかに今は塩が不足している。我が家だけじゃない。フィヨルドの村全体で足りないんだ。 村長(ヤール) とも冬が明けたら西のアングル人の奴らの住処へ遠征《略奪》に行くかどうかで他の 自由民(カルル) 達も交えて話し合いをしていたところだ。南のフランク人と違ってアングル人は弱いし銀を貯めこんでいるからな。だが連中は銀はあるが塩はあまり持っていない。まだまだ海は荒れているし、時期の判断が難しい」

今、遠征と書いて略奪と読んだね?

しかし…そうか。塩が足りないのか。

遠征と略奪にはリスクが伴う、のは少し考えればわかる。

塩が足りなければ奪えばいい、としても奪われる相手は抵抗をする。

何度も襲撃されているなら防備も固めているだろう。

本格的な戦闘になれば怪我もするし死人も出る。

海が荒れて転覆や遭難したら全滅もあるかもしれない。

「父ちゃんが怪我したり死んだりは嫌だなあ…」

じゃあ平和に交易すれば、と方向転換しようにも、この寒村で売れる商品といえば海産物ぐらい。

そして海産物は塩漬けにしなければ保存がきかなくて商品にならない。

塩が欲しいのに塩がなければ塩が手に入らない、という矛盾に辿り着くわけだ。

お金がないからお金を稼げない、という状況に似ている。

干しタラだけは、塩を使わず寒風に晒していればできるから最低限の交易は出来るけれど、商品がそれだけでは足元を見られる。

この状況も、塩が豊富に自給できれば解決できるのだ。

塩があれば北海の豊富なタラやニシンやサーモンの身も卵も塩漬けの高付加価値商品にできるし、キャベツの塩漬けを作れば冬でも風邪知らず。

そうなれば無理にリスクを犯して略奪に行かなくて済むし、塩漬けの海産物という交易品を準備できれば、足元を見られずに銀や他の商品も買える。

様々な事情から、塩の豊富な自給は、この村全体の悲願らしい。

それこそ、僕が作った児戯に等しい仕組みにも頼ってしまうぐらいに。

「うーん…それでも家業にするのはやめた方がいいよ」

狭いフィヨルドだし、塩作りのために竈から煙をもうもうと上げてたら周囲の家々に丸見えになる。

そんな有り様で生活必需品の地域独占などを試みたら碌なことにならない。

「そもそも、塩作りする竈はまだまだ工夫しないとだし、たくさん作る竈を作ろうと思ったら人手も材料も何もかも足りないよ。父ちゃんは漁に行くし母ちゃんは糸を紡いだり家畜の世話もしないとでしょ?」

そしてエリン姉と僕は労働力の外。

まあエリン姉は母ちゃんの手伝いを始めているけれど、戦力とは言い難い。

我が家の兄ちゃん達2人が生きてれば、また全然違ったろうけど…。

「む…」

「それとね、まだ塩の品質も良くないんだ。ちょっと舐めてみてよ」

僕は木の器に詰めた自作の塩を差し出す。

指につけて舐めた父ちゃんと母ちゃんは、少し眉をしかめた。

「…少し雑味があるな」

「そうね。色もちょっと良くないわ」

単に海水を煮詰めただけの塩だからね。

僕は味があって好きだけど、高級品とするにはまだ足りない。

そもそも商品にするつもりはなかったから、純度を上げるような処理はしてないんだ。

「よく知らないけど塩作りの名人とか、得意な人が村にいるんでしょ?その人の力も借りたほうがいいよ」

「…それもそうか。ただなあ…」

父ちゃんは塩の利権に未練があるみたいだけど、僕は塩づくり職人になりたいわけじゃないし。得意な人に金と人手を出させて大規模にやってもらえばいいと思う。

どうしても塩が欲しくなったら、僕が家で必要なだけ作ればいいしね。

「…とりあえず、相談だけはしてくるか」

「そうね。早いほうがいいわね」

村内で流通する塩が急に増えたら、村内の誰かの財布や利権を直撃するかもしれないし、それが偉い 人(ヤール) の誰かの家だったりすると、我が家が自力救済で焼き討ちされるかもしれない。

あるいは、村長さんが単純に村での塩作りに興味を示さないかもしれないし。

とにかく相談はした、という形を作っておくほうが良い。

「じゃあ、行ってくる。こういう話は早い方がいい」

父ちゃんは腰が軽い。

すぐに村長の家に行く、と言い出した。

村長の 長家屋(ロングハウス) はフィヨルドの奥のやや高台になっている土地にある。

外敵からの防衛と監視を兼ねた立地なわけだね。

わが家からは大した距離ではないけれど、それでも数キロは離れている。

船を出すほど遠くではないけれど、雪の積もった中を歩いていくのにはしんどい距離だ。

なので、父ちゃんはスキーを履いて長家屋へ向かうのだ。

そう、なんとスキー板があるのである!

僕の知っているスキー板と同じような先端が少し尖って反ったデザインで、毛皮の靴の爪先部分を革紐で板と結び合わせて、ストック代わりの槍でもって滑っていくのだ。

スキーを履いた父ちゃんは、スイスイと槍で雪を漕いで雪上を滑って行った。

ちょっと格好いい。もう少し大きくなったら僕もやりたい。

「…さて」

父ちゃんを送り出してから、僕のやること。

そりゃあ西風炉の大改修ですよ。

母ちゃんの目からこそこそ隠しておく必要もなくなったし、堂々と作業ができる。

まずは移築。もっと海に近いところに移すつもり。

とにかく海水を木桶に汲むのが5歳の身には大変すぎる。

動線を最短化しないといけない。

燃料も流木だから海岸で拾えて一石二鳥だ。

あとは、西風炉の背後に斜面があった方が煙突を楽に高く出来る。

西向きで風がよく入って…結構条件が限られてくるな。

どうせ父ちゃんの説明力だと相手も理解できてくて現物を見せろ、という話になるのは目に見えてるからね。

今のうちに、見栄えが良くてしっかりした炉を作っておきたい。

あと、やっぱり偶然できたコールドスモークは再現したいから、煙のトンネルは冷却のために長く作る必要がある。

塩の利権は興味ないけど、美味しい燻製タラの身は食べたければ工夫しないとね。