軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第15話 火が使えないなら 6歳 春

船上で火が使えないなら、化学反応で温めればいいじゃない。

と、未来のフランク人の偉いお姫様が言うかもしれません。

たぶん言わないけど。

「ここに生石灰があります」

石灰岩の層が村の近くにないだろうって?

実は積層した生物石灰が山程あるんです。

「トール、ゴミなんて漁ってどうしたの?お腹すいた?」

「エリン姉、僕をなんだと思ってるのさ」

そうです。ゴミ捨て場の貝殻のことです。

僕達の村では、魚と並んで、よく貝を食べています。

干潮で露出した岩場にはフジツボとムール貝がべったりと張り付いているから、ガリガリと削って採るだけでスープの良い具になるし、ちょっと贅沢して小舟からホタテや牡蠣も海底をよく探せば、小さな銛と網で掬える場所でたくさん採れる。

将来的には牡蠣の養殖とかできたらいいんだけど、そんな必要性を感じないぐらいにゴロゴロ落ちてる。

気軽にたくさん採る。採ったらゴミ用の穴に捨てる。

そんな生活を村全体で数百年とか続けているわけでして。

もの凄い量の貝殻ゴミが見向きもされずに積層しているわけですよ。

だから貝塚のゴミをザクッと土ごと掬って海水で洗うと、大量の貝殻、つまり石灰の元がとれてしまうんですね。

生石灰にするには、これを焼かないといけない。

そこで普通なら薪の燃料代が問題になるわけだけれど、我が家には製塩業という効率的な熱源があるので、実質無料!とはいえ貝殻の燃焼は吸熱反応だから本当に無料なわけではないのだけれど、そこまで大量に焼くわけじゃないからね。

「というわけで、えい」

よく洗って干した貝殻を製塩炉の燃焼部分に投入する。

残った灰が生石灰になるのです。

「エリン姉、近づいたり触ったりしたらダメだからね」

「えー」

「ダメだからね!火傷したり目が見えなくなるから!」

生石灰は酸化カルシウム、要するに強いアルカリ性粉末なので水と激しく反応して化学火傷を引き起こすリスクがあるんだよね。

「砕いてから焼くか、焼いてから砕くか。それが問題だ…」

もう一つの加工方法も試してみる。

焼いてから砕くのは、漆喰を作る際にやってみた実績ある方法なのだけれど、理屈の上では砕いて破片の大きさを一様にしてから焼いたほうが燃焼効率は良い筈なんだよね。

僕は燃料の効率には煩いのだ。

とりあえず手元に集めた貝殻を砕いた。

正確には石の上に貝を載せて石を振り下ろしてみた。

がつん。パキッとね。

貝殻は一部が欠けて破片が飛び散って顔に当たり、僕の小さな手は思い切り痺れた。

「…無理だ、これ」

貝殻っていうのは案外丈夫なもので、そもそも頑丈じゃないと他の生き物から身体を守れないから当然なのだけど、砕くのが大変。貝殻の縁で手を切ったりもするし。

頑丈な専用の石臼とかあればいいんだけどさ、そんな産業装置が村にあるわけもなし。

だって、主食の大麦も家の小さな石臼で曳いてるぐらいだからね。

事情はよくわかんないけど、家畜を使った石臼も、水車を使った石臼も村にはない。

個別の農地が少ないのと、フィヨルドで分散して住んでるからなのかな。

資本の蓄積が起こりにくい構造をしているのかもしれない。

とりあえずは伝統的な方法である、貝殻を焼いてから砕く方法を採用だね。

いつか村に専用の粉砕水車ができる日が来たら、砕いてから焼く方法を採用しよう。

とりあえず、塩を焼くついでに貝を焼く。

そうして暖房床が温まり、スープが温められて燻製も作れる。

良いことずくめだね。

ちょっとばかり、村の衆が僕を見る目が気になるけど…。

「トール、貝の焼き粉はそんなに危ないのか」

「うん。父ちゃんも素手で触ったらダメだよ」

今日も漁を終えた父ちゃんが、靴下まで脱いだ裸足で床暖房アザラシになっている。

よほどに、この設備が気に入ったみたいだ。

父ちゃんには床暖房の工事を手伝ってもらう際に、消石灰を混ぜた漆喰も使ってもらっている。

消石灰は、生石灰に水を加えて反応が終わった後の生成物だから比較的危険が少ない。

なので、あまり危険性を認識していないのかもしれない。

ちょうど良い機会なので、父ちゃんには化学反応熱というやつを体験してもらうことにしよう。

「ここの石の薬入れがあります」

石鹸石は、このあたりの特産品だ。加工がしやすいので鍋や小物入れは、たいてい石鹸石で作られている。

「最初に水を入れます」

家から持ち出したコップぐらいの石の筒に皮の手袋をして木の匙を使い、水を3分の1ぐらい入れる。

「次に貝の焼き粉を入れます」

別の乾いた木の匙を使い、慎重に貝を焼いた粉を入れる。

水を入れてから生石灰を入れる。逆だと化学反応が激しすぎて高温になって突沸が起きて危ないのだ。ええ、やらかしましたとも。死ぬかと思った。

だから順番は大事。

「軽く木の蓋をします」

少しすると、段々と石の筒が温まってきた。

木の蓋を押し上げるように、しゅーしゅーと水蒸気も上がってくる。

うーん、やっぱり結構危ないなあ。

もしも海上で使うなら、よほどきちんと容器の設計と分量の計測をした上で、使用方法を徹底しないといけない。

用途と設計はどうするかなあ。懐炉に使うか、鍋を温める用途か、それとも弁当を温めるか。寝袋の足元に入れて湯たんぽ的な使い方もあるかな。

ぼんやりと、生石灰反応式懐炉の設計と使用場面を考えていたのだけれど。

「な、なんだ。魔術か!?」

「トール、やっぱり魔術なの?」

僕がやることには慣れてきたはずの、父ちゃんとエリン姉の、この反応ですよ。

僕は、はあ、とため息をつくと家族への説明のために立ち上がった。

そうだよね。用途の前に、まずは認知からだよね…。

村の男衆が、冬の船上で自由に温かい飲食ができるようになる日は遠そうだ。