軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第117話 法話者 ローグセーグマズル 7歳 夏

少ししてから、僕は村人達の輪からようやく解放された。

村の人達も追い散らした家畜の回収とか、家の片付けやらがあるからね。

「あー、酷い目に合った…」

囲まれて見知った人達から称賛され続けるのは、あまりに気恥ずかしい。

僕が羞恥で赤くなった頬を擦って冷やそうとする。

「あら。そんなこと言うものじゃないわ。英雄トール!」

「そうよ。村の人達からの賞賛は素直に受けとらないと。守護者トール!」

「もー。母ちゃんもエリン姉も、からかうのやめてよ!」

僕が抗議しても、2人はくすくすと笑うばかり。

これは当分の間、からかわれそうだなあ。

「それにしても驚いたぞトール。老戦士たちから事態のあらましを聞いた時は肝が冷えたし、正直なところ今でも信じられん。だが、本当によくやった。エリンも、よく協力して村の危機を救ったな」

父ちゃんが、ゴツく節くれだった手で僕とエリン姉の頭を撫でてくれた。

「お前たちは父さんと母さんの誇りだ。だが忘れないでくれ。お前たちは英雄でなくとも、自慢の娘と息子なんだからな」

父ちゃんの言葉に母ちゃんも頷く。

「…うん」

「…はい」

父ちゃんと母ちゃんに真っ直ぐに褒められると、誇りで胸がはち切れそうになる。

僕は父ちゃんと母ちゃんの息子だぞ!と大声で叫びたくなるんだ。

そういえば父ちゃんには聞いておきたいことがあるんだった。

「父ちゃん、どうやってこんなに速く助けに来られたの?」

「そう!私もそれは不思議だったの。トールったら魔術を使った?」

「そんなもの使ってないってば!」

僕とエリン姉の言い合いに、父ちゃんは顎髭を撫でつつも、少し微妙な表情で答えた。

「それはなあ、密告があったんだ」

「密告?」

密告とは穏やかじゃない。

「もともと、民会の時期を狙って王の家臣の部下が好き勝手に徴税をしている、という噂はあったんだ。幾つもの村が被害にあっている、とも聞いていた。

だが、なにぶん遠い地域の村の話でもあって、うちの村は税を納めてもいることだし、我々には関係ないと思っていたんだがな…」

「うん。税は納めてる、って聞いてた」

納税を拒否している地域に、貢納と称して王の臣下が徴税に動くことはある。

その際に数年分の徴税と称して過大な税を取り立てることもあっただろう。

しかし自分の領地で略奪的徴収をやってしまうと、村は荒れ果て翌年以降の徴税が出来なくなってしまうので、普通ならやらない。

そう。普通の統治感覚があれば。

「大民会に参加していた村の衆に、今回の徴税計画を立ち聞きした者がいてな。次はこの村のあたりが狙われるだろう、と密かに教えてくれたのだ。

本当は村の長船2隻だけで戻ってくるはずだったんだが、どうしてもついて来ると言い張るのでな…」

「ついて来る?」

父ちゃんが、不思議な表現をした。クナトルレイクの試合をした父ちゃんに、なぜ20隻も長船が戦士を満載してついて来ることになったのだろう?

不思議なことは続いた。

1人の戦士が近づいて来たかと思うと、恭しい態度をとりつつ父ちゃんを妙な称号をつけて呼びかけたのだ。

「将軍。皆が待っております」

「将軍?え?父ちゃん?」

将軍?将軍って、軍隊を率いる、あの将軍?

なんで父ちゃんが将軍なんて呼ばれてるの?

「まあ渾名のようなものだ。わかった。今から行く」

僕が目を白黒させている間に、父ちゃんは数人の戦士を引き連れて行ってしまった。

いったい父ちゃんは大民会で何をやらかして来たんだろう?

「ああ。トール、ここにいましたか」

「シグリズ様」

侍女を釣れた村長婦人が、僕達を見つけて声をかけてきた。

母ちゃんとエリン姉、僕は慌てて礼をする。

「トール。よくやりましたね。あなたは村を救いました。それとエリンもよくトールを支えましたね」

「シグリズ様、お褒めいただきありがとうございます。ですが過大な評価ですよ。父達も救援に来ていましたから、僕がいなくても村は何とかなったでしょう。

そうだ、剣と服をお返ししないと。ちょっと着替えますから…」

僕がゴソゴソと体を動かして装備を外そうとしていると、村長婦人に制止された。

「いいえ。それはしばらく持っていなさい。アーシルド。2人をしばらく借りますよ。会わせたい者がいるのです」

「会わせたい人?」

村長婦人は僕達の疑問には答えず、さっさと歩き出したので僕とエリン姉はついて行かざるを得なかった。

僕達が無言で浜に居並ぶ戦士達の間を縫うように歩いていると、行く先がいつもの長屋敷ではなく、競技場へ向かっていることが何となくわかった。

「これから裁判が開かれます。王の名を騙り村を襲った愚か者を民会にかけて裁かねばなりません」

「裁判、ですか」

村内で傷んだ魚を売ったとか酒を盗んだとかを村長が裁定する裁判でなく、重罪犯を民会にかけて裁く裁判が行われるのだ、という。

僕達は言ってみれば被害をうけた当事者だし、何かの証言を求められるのかもしれない。

途中、身形が良く北方の男には珍しいスラリとした格好の男の前で尊重婦人が立ち止まった。

びっくりするぐらいの金髪のイケメンで、思わず顔をマジマジと眺めてしまう。

初めて見たのに、なんだか既視感を覚える顔のつくりをしている。

「シグリズ。久しいな」

「お兄様。久しぶりです。こちらが会わせたい者。我が村のフギンです。トール、エリン。こちらは私の兄であるシグヴァルドです。グズルンビー、と言ってもわからないでしょうが、要するに遠くの大きな村で 法話者(ローグセーグマズル) を務めています」

お兄様!?つまり村長婦人のお兄さん!どうりで顔に既視感を覚えるはずだ。

村長婦人と顔つきがよく似てるんだ。

待った。今、法話者といったの?初めて聞く職業だ。

よくわからないけど地位が高そうな専門職っぽい仕事の響きがする。

北方の野蛮な暴力が支配する社会にも、文系専門職が存在したのか…。

「トール?」

「あ、はい。始めまして。トールといいます。こちらは姉のエリンです」

村長婦人の兄のシグヴァルドという人を改めて観察する。

背は父ちゃんと同じくらい高く、肩幅はやや狭い。顎髭まで金髪だけれど、村の男達のようにもっさりと伸ばし放題ではなく、オシャレ美容師のようにスッキリとカットされている。鼻筋は高くまつ毛もバサバサで目は青い。

高そうな狼の毛皮のマントは輝く銀細工のブローチで右肩のところで留められていて、上衣は鮮やかな青地に金色の糸で刺繍されている。

自称、王の有力な家臣のアルンビョルンとは纏っているオーラが全然違うんだ。

仮に、 この人(シグヴァルド) が村にやって来て王の家臣を名乗り徴税すると宣言していたら、僕も村人達も黙って従っていたかもしれない。

「君がトールか。 妹(シグリズ) から話は聞いているよ。優秀なんだってね」

君って言った!?そんな二人称で呼ばれるのは今生で初めてかもしれない。

「今から村で襲撃に関する裁判が行われる。君は当事者の1人として証言を求められることになるだろう」

「はい」

王の名を騙っていたから、さっさと村の裁量で縛り首にする、というわけにもいかないのだろう。王権の侵害とかになるかもしれないし、それでは賠償金も取れないからね。

「そこで妹の頼みだから、というわけではないが。私が君に付き添って裁判に関する助言を行わせてもらおうと思う」

「それは…とてもありがたいことです」

法話者という、法律の専門家っぽい人に助言を受けられるのは心強い。

北方社会は慣習法で動いているのか、文字に書かれた法律が極端に少ないからね。

つまり村には六法全書とかはないので、何が犯罪なのかは経験に基づいて何となく知るしか無いわけで。

これも有力者がやりたい放題になる要因なんだよなあ。

「まあ緊張することはない。君の村は被害者だからね。アルンビョルンとやらが何を言おうが刑に服することは決まっている。

あとは民会で話し合い、どれだけの量刑を課すかを決める手続きがあるだけさ。

幸い、ここには民会を開くのに十分なだけの貴族達が集まっているからね」

大きな犯罪の場合は民会で話し合って量刑が決められる。

父ちゃんが率いてきた20隻の長船には、当然それに比例するだけの貴族がいるので民会をこの村で行うことが出来る、という理屈らしい。

「なるほど…では安心ですね」

僕はただ聞かれたことに答えればいいらしい。

アルンビョルンとやらにつく弁護士的な人はいなさそうだから、妙な誘導尋問とかの用心は必要なさそうだ。

「ところでね…私の関心は別にあるんだ。トールステイン君」

「はい?」

急な口調の変化に、背筋が冷える。

まるで水族館の硬いガラスの向こうにいたはずの鮫が、体当たりで大きな亀裂を入れてきたような。

なんだ?

「私はクナトルレイクにも目が無くてね…このクナトルレイク要綱総則という羊皮紙。君が書いたんだろう?」

村長婦人の兄が懐のポーチから取り出した羊皮紙の写本からは、トールステインという署名のルーン文字をハッキリと読みとることができた。