軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第106話 男たちがいないのだから 7歳 夏

「うーん眠い…」

夏の家でも、いつものようにベーグルに早朝から起こされる。

「トール、悪いけど今朝は社交場を開けてくれるー?」

「わかったー」

夏は村をあげての漁業は行われないので、基本的に社交場は閉めてしまって、家ごとに夏の家に移って畑作と放牧と分散して暮らすのだけれど、今日からしばらくは社交場を開けるらしい。

「男衆が村にいないのだから女衆で協力しないとね!」

と母ちゃんが言ってたけれど、お喋りしながら糸紡ぎするのは協力なのだろうか…。旦那の留守に羽根を伸ばしているように見えなくもない。

「あぶー」

「はいはい。お仕事の邪魔しちゃ駄目ですよ―」

社交場が開いていれば、スープを暖める炉と床暖房の保育所も稼働するわけで。

相変わらず僕は火の番をしながら小さい子供集団に登られている。

「スープはこれを使ってね」

「ありがとうございまーす。これは…ポロック(スケソウダラ)?」

「うちの子が今朝、釣ってきたのよ」

「すごいですねえ」

男衆はいないけれど、魚はけっこう差し入れがある

男の子が原始的な釣り竿と骨の針で釣ってくるそうだ。

大した腕と言える。よくやるよなあ。

ちなみに僕は釣が下手です。

持ち込まれたポロックもずいぶんとサイズが大きい。

鱈よりは身が柔らかいので、僕は結構好きだ。

スープに入らないほど数が多かったら、螺旋冷燻施設行き。

そうした経緯で持ち込まれた魚が、施設には何匹か冷燻されている。

社交場で冷燻にする分には、必要な少量の塩は我が家持ちだからね

おまけに冷燻した魚は社交場で還元されるし、釣った魚の食べきれない分を自宅で腐らせてしまうよりは持ち込んで冷燻にした方が良い、というインセンティブが働いていて、結果的に全員がお腹いっぱい食べられている気がする。

「おなかすいたー」

「お昼ね。はいはい」

母親が社交場にいるので、幼児以外の子供たちも社交場のあたりに集まってきた。

お昼ご飯のために各家が火を起こすのは効率が悪いものね。

大きな鍋が炉にかけられて一緒にご飯を食べる。

母ちゃんが言ってたように、これは確かに協力だ。

とはいえ、食べ終えた子供たちはクナトルレイクで遊ぶでもなく、仕事に戻るために散っていく。

村に男手がない今、子供は立派な労働力だからね。

「あら。トール、いいところにいましたね」

「こんにちは村長婦人《シグリズ様》…って、どうしたんですか?随分とお勇ましい様子ですが」

いつもの声をかけられて振り返ったら、ぎょっとしてしまった。

侍女を連れての徒歩でなく、黒い馬に乗っていたからだ。

どうりで、頭の上の方から声が聞こえたと思った。

それに、普段のドレスのような姿とはまるで違う服装ときたら!

リネンの下衣にウールの上衣。毛皮の外套を羽織り、脚衣まで履いて馬に跨っているのだから驚くのは当たり前でしょ?

おまけに背中には小さい弓まで背負って馬には矢筒まで下がってるし。

「村長婦人《シグリズ様》、ご挨拶を」

「アーシルド、皆の様子はどうかしら」

村長婦人は馬から降りると、挨拶に来た母ちゃんとそのまま話をはじめた。

実際、村長婦人は、社交場に顔を出すとよく母ちゃんと話してる。

どこの奥さんが酒造りが上手だとか、どこの家の娘さんが賢いとか、すごく正直で評判の良い人は誰なのか、とか聞かれてるんだって。

たぶん女衆主導で公営の酒造業を始めるにあたって、信用できる有能な人材を村の女性から採用しようとしているのだと思う。

政治は人事、なんて言葉があるぐらいだし。

人を見る目がないと政治家は務まらないんだね。

政治家って大変だなあ。

ぼうっと母ちゃんと村長婦人の会話を聞き流していたら、急に声をかけられた。

「ところでトール。あなた、馬に乗ってみたくないですか?」

「へ?」

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

この村では、馬は貴族の乗り物なのである。

最近、裕福になってきた我が家でも農耕や牧畜のため牛や羊は飼っているけれど、馬は飼っていない。

村長の家でも5、6頭。有力者の家でも2から4頭の所有がせいぜい。

という感じで、フィヨルド全体でも馬は30頭もいないんじゃないかな。

当然、僕の乗馬技能はゼロ。経験ないからね。

「馬…ですか。僕が乗ってもいいんですか?」

僕は村長婦人の乗馬と、連れられてきたもう一頭の茶色い馬を見た。

僕が未来で知っている馬よりはだいぶ小さくてズングリしてる。

乗馬体験コーナーとかで見るポニーっぽい。

足元を見てみたけれど、特に蹄鉄はしていないらしいね。

鞍は木枠の革張りで平ら。原始的な鐙もついてた。

戦記ものでよくある、鐙を発明して無双するルート、は潰されていた。残念。

「見回りの手が足りないのです。男衆は全員が出払っていますから」

「ああ、なるほど」

夏の家で海から離れて畑作と放牧で暮らすということは、作物を荒らす鹿や猪、家畜を襲う狼などを抑止しなければならない、ということでもある。

男衆がいる間は単に働いていれば獣達も気配を感じて大人しくしているけれども、女子供しかいなければ、そうした害獣達が調子に乗って作物や家畜に危害を与えかねない。

なので、村長婦人自らが武装して、馬で見回っているのである。

害獣達も馬や金属の臭いがすれば、村に近寄ることを躊躇するだろう。

「エリン!あなたもどう?」

「乗ります!乗らせて下さい!」

うだうだと悩んでいる僕と違い、エリン姉は大喜びで即答する。

母ちゃんの許可を取り、場所を移して小さめの馬で乗馬の練習をはじめた。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「驚きました。エリン、あなた才能がありますね」

「えへへっ。厩舎で見かけたときから、ずっと乗ってみたかったんです!」

乗馬の練習を始めて直ぐ。

驚くべきことに、エリン姉はあっという間に馬を乗りこなせるようになってしまった。馬の方も、体重の軽いエリン姉を載せるのは楽らしい。

何種類かの歩法を覚えて、周囲を駆け回る様子にも危なげがない。

「トールは…もう少し背が伸びるまで待ちましょうか」

「ううっ…はい…」

僕は、残念ながら鐙に脚が届かなかった…。

鐙を吊り下げる革ベルトの長さを調整してもらったのだけれど、頑張っても鞍からちょこんと脚が出る程度で、とても馬に意思を伝えるどころではなく。

「トールは、あたしが載せてあげるからね!」

「はい…」

姉の前に載せられる。屈辱である。

はやく大人になりたい。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

午後は、村長婦人について姉と一緒に馬でフィヨルドの農地の見回りをした。

「お、おい見てみろよ」

「すげー。馬に乗ってるぜ」

乗馬している僕達を見て、クナトルレイクで顔を合わせることの多い男の子たちは羨望の目で見つめていたなあ。

村の男子にとって、乗馬はステータスシンボルであり、勇ましい戦士の象徴でもあるからね。

僕だって姉の前に載せられているのでなければ、もう少し優越感に浸ることもできたのだろうけれど…。

ムニは僕の肩に乗っていると姉の視界の邪魔になるので、姉の肩に載っていた。

馬が走ると翼を広げて飛ぶ気分に浸ったりしてた。

あいつは自分の翼で飛ぶことを忘れてそうだ。

「村長婦人(シグリズ様)が馬に乗れるとは知りませんでした」

「ふふふっ。この村に嫁いできてからはそうね。もともと、この馬(子)は持参金として連れてきた馬なのよ」

有力者の結婚では花嫁側が持参金を準備してくることが一般的であるし、そこに馬などのステータスシンボルとなる家畜が含まれていることは不自然ではない。

「あとは、隣のフィヨルドの村との間にできた子もいるわね。今、あなた達が乗っている子も夏の間、隣村の馬と一緒に放牧している間にできた子なのよ」

「ああ、そういう交流もあるんですか」

村だけで飼っていたら血が濃くなってしまうからね。

厳密な血糖管理はしていないみたいだけど、去勢ぐらいはやってそう。

「それにしても、乗馬って気持ちが良いですね」

「そうね!わたし、馬大好き!」

エリン姉が駆る様子は、本当に楽しそう。

わりと乗っている時の揺れも少ないようで、尻もあまり痛くない。

「馬って面白いねえ」

馬に乗っていると目の間で上下する馬の頭と首が手の届くところにあるのが面白い。鬣のなびき方で速度や風の方向がわかるんだよね。

走るときに両耳はピンと立てられて前を向いていて、方向転換しようと手綱を引くとプルプルと左右に向いて動いたりする。

馬の吐く白い息と汗の混じった暖かい空気が顔にあたり、馬に接する尻と脚からじっとりと暖かい体温が伝わってきて、ああ、生き物に乗っているんだな、と感じる。

僕達は背中に乗っているから基本的に馬と視線は合わないのだけれど、なんとなく広い視界の隅に、こちらを捉えている気配もする。

馬って、かわいい動物だな。

「少しの間、あなたのところで面倒を見てもらえませんか?こちらも男手が足りなくて」

「はい!見ます!面倒見ます!」

フィヨルドの農地の見回りを終えた後、少しの間だけ馬を預かってほしいとの村長婦人の申し出に、姉も僕も一も二もなく飛びついた。

これも村長婦人の思い描いた通りなんだろうなあ。

完全に手のひらの上で踊らされている…。

でも馬は預かるよ。かわいいからね。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「ブルルッ」

むにむに。

「ん?…って、うわっ!」

僕は翌朝、妙に暖かく柔らかいものが頬に当てられている気配で目が冷めた。

「うー…なんだ、お前か」

昨日から預かることにした馬が、家の開いた板窓から首を伸ばして、僕の顔に熱い鼻息と柔らかい唇を押し付けて、頬を摘んでいたのだった。

こら、髪をかじるのはやめなさい。

僕の周りの動物って、どうしてこうなんだろうか。