作品タイトル不明
第102話 猫とカラス 7歳 春
建設中の、薬草蜂蜜酒と大麦酒の倉庫の番人として、女衆が出入口を警備するならば、中身を警備する番人も必要になる。
そして酒蔵の番人と言えば、古来から猫と決まっているわけでして。
「みゃああ みゃあああん」
「どうしたの、これ」
外出から帰ってきたら、我が家に猫がいた。
まだ子猫だね。ぽわぽわじゃなくて、フサフサしてる。
小さいわりに、しっかりした毛並みだ。
「貰ってきたのよ!村長婦人《シグリズ様》が、我が家にも必要でしょう、って」
もうエリン姉が大喜びで、床の子猫を抱え込むようにしてる。
「猫かあ…たしかにいると便利だけど」
「便利じゃなくて、可愛いの!」
我が家の食料倉庫も、なんやかやと貯蔵品目や量が多くなってきたからね。
今は寒いから良いけれど、暖かくなってきたらネズミや虫の害が心配だ。
猫の番人は歓迎したい。
それにしても、子猫のわりに大きいな?
ひょっとしてノルウェージャンフォレストキャットとかいうやつの原種かもしれない。あんまり猫の種類には詳しくないのだけれど、名前だけは聞いたことがある。
カタカナの名前は格好いいけれど、要するに地元の森猫という意味だよね。
実際に森で野生種を見かけたことはないけどね。北方の森は野生で生きるには寒すぎる。
「それで、猫の名前はもう決まってるの?」
「ベーグルよ!もう決めたから!」
なんだそのパンみたいな名前は。
と、一瞬思ったけど、女神フレイヤの戦車を牽く大きな2匹の猫の名前からとったことが分かった。
蜂蜜の金を意味するベイグルと、 木の金(琥珀) を意味するトリエグル。
ベイグルそのままだと恐れ多いので、もじってベーグル。
「ベーグル、いい子ね―」
エリン姉が、僕が聞いたこと無い発声、いわゆる猫撫で声で可愛がってる。
村に野良猫はいないから、可愛いくて仕方ないんだろうね。
「ちょっと失礼…たぶんメスだね」
「いっぱい子猫を産んでもらうの!」
ひょいと子猫を抱き上げて部位を確認してみたところ、見た限りではメスっぽい。
それにしても、エリン姉はだいぶ気が早いな。
子猫の足が太い。きっと大きくなるぞ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「うっ」
ドスン!
猫がいる暮らし。それは重みと衝撃から始まると知った。
「なんで僕の上に飛び降りてくるの…」
普段は可愛がりすぎる姉を避けるためか、どこか見えないところに隠れている癖に、寝る時だけは僕と姉が寝ているベッドへ潜り込んでくる。
子供の体温は高いから快適なんだろうね。
そして、なぜか朝は飛び乗って起こそうとするんだ。
でも許すよ。ベイグルは家のためによく働いているから。
この時代の猫は単なるペットじゃなくて、仕事も熱心なんだ。
じっさい猫の力はすごいんだ。
ベーグルが来て以来、我が家からはネズミの影が綺麗に消えて、ついでに虫まで消えてしまったのには驚かされた。
さすが小さな肉食獣と言われるだけのことはある。
毎日ガリガリと柱で爪を研ぎ、縄張りの見回りに余念がない。
「おーすごーい」
ベーグルが、獲物を誇らしげに狩りの成果を僕に見せに来るのは良いのだけれど、朝起きたときに、ときたま戦利品をベッドの枕元に並べているのが玉に瑕。
だけどね、僕は例えゲジゲジが10匹並んでいたとしても悲鳴はあげないことにしているんだ。
「お前は偉いなあ、ベーグル」
ベーグルは立派に仕事をしたのだから褒めてやるのだ。
おいおい、ゲジゲジを仕留めたその舌で顔を舐めるな。
前言撤回。
「だいぶ毛が伸びてきたな。そのうちお前の櫛を木工職人に注文してやろうな」
専用櫛をもらえるなんて、贅沢なやつだ。
ベーグルが、みゃおおおん、と鳴いた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「あー。これは…どうしよう、エリン姉」
ある日、ベーグル持ってきた戦利品が問題を引き起こした。
いつものように咥えてきて、褒めて!とペッと落としたものが問題でね。
「…カラスね」
「子どものカラス、かなあ」
「どうしようか?」
「怪我してる?」
ベーグルの口からは離されているのに、子ガラスは羽ばたいて逃げる様子もない。
「わかんない。衰弱してるだけかも」
「これ…元の巣に戻してくるのは無理よねえ」
「どこの巣の子かもわからないからね」
「トール、あなた飼いなさいよ。フギンでしょ」
エリン姉が無理難題を言い出した。いやいや。それは単なる渾名だし。
ただ、このあたりでカラスを飼うのは禁止とかいう法律はないのも事実。
野生の掟だから自然状態にしないとどうこう、とか言う人もいない。
「ムニンからとって、ムニね!」
うだうだと考え込んでる間に、名前まで決まってた。
しゃあない。鳥の一羽ぐらい、養えるか。
「母ちゃん、カラス飼ってもいい?」
「ちゃんとお世話するならね」
あっさり許可が出た。エリン姉が猫を飼ってるから、僕にも許可を出さないとバランスが取れないとか思ったのかもね。
お世話か…。
カラスってなに食うんだろう?
巣立ち寸前の個体っぽいし、大人のカラスと同じでいいかな?
そもそも大人のカラスって何食うんだっけ?
インターネットも鳥専門の獣医とかもいないから全然わからん。
いつも漁のおこぼれをカモメと争ってるから、魚は食べるかな?
とりあえず魚の頭やワタと野菜くずやっとけばいいか?
「母ちゃん、ご飯のゴミちょうだい」
母ちゃんから魚と野菜の料理のクズもらって、小鉢ですり潰して、小匙に載せて与えてみたら、ぐっぐっと丸呑みした。
鳥って餌を丸呑みにするのか、と改めて驚くぐらい鳥飼い素人なんだよね。
はっきり言って、あんまり育てる自信がない。
「いいか。お前はムニだ。ムニ。覚えろよ?むーにー」
名前を覚えたら、どこかへ逃げたとしても拾った人が教えてくれるかも知れない。
早めに覚えさせたい。少し大きくなったら足輪しようかな。
だけど、誰もルーン文字読めないよなあ…。
「ムニ、お前くちばしが少しカーブしてるな」
ワタリガラスってやつか。
餌を食べているくちばしが幼いながら気持ちカーブしてるいる気がする。
尾羽の形も扇形と言うよりもは楔形で鋭い感じ。
くちばしを撫でると気持ち良いのか、か細い声でクルクルとか鳴いてる
あんまりカーカー鳴かないんだよね
まあいいか。暖かい場所で餌をしっかりやればなんとかなるだろ
それ以上のことはできん。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「むに むに むに」
数日で自分の名前を覚えた?
明らかに賢いぞ。
だけど「ふぎん ふぎん」言うのはやめて欲しい。
誰か余計な言葉を教えたな…。
「むにの家の場所はここね」
とまり木作っといてやればそこで寝るようになった。
その点はベイグルよりも、だいぶ行儀がいい。
ウンチ用の小さい桶も下に置いてあるから、朝の掃除が楽だ。
餌やりとウンチの世話しとけば、とりあえず面倒見てることになるだろう。
「ムニ!出かけるよ!」
外出する時に、ムニ!と声掛けすると肩に止まりにくる。
痛くないよう、汚れてもいい専用の肩当ても父ちゃんに作ってもらった
鳥はウンチを我慢出来ないからね。
「お前は空を飛ばなくていいのか?」
「くるくるくる」
ムニは、あんまり飛ぶのが好きじゃないのかな?
外に出かける時は、ずうっと僕の肩に留まってる。
他のカラスとか鷲とか天敵が怖いのかも。
単に不精してる可能性もあるけど。
我が家に来たベーグルとも仲は良くない
ちょっと臆病なのかもしれない。
僕の肩に留まってると上機嫌で「ふぎん!ふぎん!むに!むに!」と鳴き続ける。
まあ、好きにしたらいいよ。
僕がムニに外で餌をあげていたら、出来上がった盾を届けに来たらしい若い木工職人達と目があってしまった。
「ごくろうさまです。盾は戸口に置いていってください」
「あ、はい」
ギクシャクとしたやり取りの後、盾を家の中に運び込もうとしたら、若い職人が去っていった方向から、フギンがムニン連れてるぜ…という声が聞こえた。
うーん…魔術師疑惑がますます高まるなあ。
「むに!むに!むに!ふぎん!ふぎん!ふぎん!」
ムニは上機嫌で、僕の肩で、ばさばさと羽ばたきに忙しい。
「やれやれ。人の気苦労も知らないで、いい気なものだね…」
僕のぼやきは、頬にあたる柔らかい羽の感触でうやむやにされる。