軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

89. 迷子の迷子の(前)

おじいちゃんの開始の合図と共に、広場の四方八方に並べられたワイン樽めがけて、人々が散っていく。

前世の日本人みたいにきちんと整列して待つ、なんてことはしないので、押し合いへし合いだ。

まるで、砂糖に群がる蟻のような盛況ぶりだった。

もちろんここだけではなく、町にいくつかある小さな広場でもワインを配っている。

それに、広場に面した食堂の 軒先(のきさき) や、ワイン商人の屋台でも手売りしているのだけれど、そちらにはまだ誰も目をくれていなかった。

(うわ〜。とてもじゃないけど、あの人混みの中に入っていくなんてこと、したくない……)

その人混みに、少しげんなりする。やっぱり、明らかに去年より人が多い。

もし、これで迷子にでもなったら、見つけることは不可能だろう。僕は隣のリュカを、ちらっと見る。

去年は大歓声に怯えて泣いてしまったリュカだけど、今年は涙目になったくらいで泣かなかった。

昨日から「ぶどうじゅーす、のむ!」とそれはそれはお祭りを楽しみにしていたので、その気持ちが勝ったようだ。

ヴァレー家が授爵したことで、今回こそは僕たちも顔見せや挨拶回りで、お祭りは楽しめないだろうとひそかに覚悟していた。

けれど、おじいちゃんに「成人するまでは子どもは子どもらしく、祭りを楽しめばいい」と言われたのだ。自分たちも、子どもの頃はそうだったから、と。

だから僕たちは今年も、お祭りを見て回るつもりだった。

年が明けて春になれば、僕は十六歳。今世の成人を迎える。

そうすれば、リュカと二人でお祭りの日を過ごすことは、もうないかもしれない。

「にいに〜。おまちゅり、はやくー」

リュカが徐々に聞こえ出した祭りの音楽に、そわそわと小さく足踏みしながら、繋いでいる手を何度も引っ張ってくる。

僕はリュカと目線を合わせて、言い聞かせた。

「リュカ、今日は人がいーっぱいだから、絶対に、にいにのそばから離れないでね」

「あい!」

「一人で走ってっちゃだめだからね? にいにが迷子にならないように、ちゃーんとお手々繋いで、守ってね?」

「あい! りゅー、にいに、まもりゅ!」

にぱあと笑い、右手を上げて良い子のお返事をするリュカ。

去年まで使っていた幼児用ハーネスは、もう小さくなってしまった。

今年はリュカのベルトに紐をつけて、簡単には 逸(はぐ) れないように対策しているけれど、この人混みに呑まれてしまったらわからない。

万が一迷子になってしまった時のことも考えて、リュカの肩からかけたポシェットにはメモを入れている。

そこまでしても、僕の心配は晴れなかった。

(大丈夫かな……。迷子にならないと良いけれど)

そうしてしばらく舞台で待っていると、ドニの号令で騎士団が散っていった。きっと、これから警備にあたるのだろう。

騎士のうち、チボーだけ一人こちらにやってきた。今年も、チボーが僕たちの護衛を務めてくれるのだ。

「ルイ坊っちゃん、お待たせっす!」

「チボー、騎士への叙任、おめでとう。今年もよろしくね」

「ありがとうっす! いや〜、まさかオレが騎士になれるとは、思ってなかったっすよ」

騎士服を着たチボーが頭を 掻(か) いて、にししと笑う。黙っていれば見栄えが良いのに、口を開いた途端、以前と変わらないチャラい口調で、むしろ安心してしまった。

「にいにー……」

「おっと。リュカ坊っちゃんが、もう待ちくたびれてしょうがないみたいっすね」

へにょん、と下がり眉のリュカをこれ以上待たせると、拗ねて泣いてしまいそうだ。

僕たちは人波を縫うように、子ども向け屋台が集まっている近くの広場へと向かって歩き出した。

わかっていたことだけど、正装の子ども二人に、騎士の組み合わせはひどく目立つ。

路地にたむろして飲んでいる人たちが、すれ違いざまに「神々とご当主さまにかんぱーい」「騎士さまにもかんぱーい」と僕たちに向かって木製のジョッキを掲げてくる。

その度に僕は貼り付けた笑顔で、手をひらひらと振った。リュカも初めはきょとんとしていたけれど、僕の見よう見まねで「ばいばーい」と、ちっちゃなお手々をご機嫌にふりふりしている。

有名人にでもなったような気分だ。

(いや、一応有名人なのか? ヴァレー家の子どもなのだし……)

先程まで、脇とは言え舞台に立っていたのだ。面は割れているのだろう。

僕としてはお忍びで祭りを楽しみたかったのだけれど、あえて目立った方が地元の大人や巡回をしている騎士の目が集まるので、警護しやすいのだそうだ。

そうやって挨拶を返しながら、普段は十分もかからない道をゆっくりと歩いていると、すぐ先でふわふわとのんびり歩いている人に気づく。

その人は、あまりのとろさに道行く人に小突かれ流され、ついには僕たちの目の前を塞ぐように、飛び込んできた!

全身をすっぽり覆うようなローブを着て、マントを 目深(まぶか) に被っている人だ。顎の先がほんの少し見えるくらいで、男なのか女なのかもわからない。身を起こすと、 退(ど) く様子もなく、黙ったままじっと僕たちを見ている。

(? なんだこの人……)

その異様な様子に、僕はリュカを引き寄せて、背後に 庇(かば) う。チボーも僕たちの前に出てきて、少し険しい声で 誰何(すいか) した。

「どこのどなたっすか? この方達に何か用っすかね」

「……あ……う……」

その不審者は微かにぼそぼそと何かを言ったようだけど、 喧騒(けんそう) で聞こえない。

予想外の事態に、ちっとチボーが舌打ちしたのが聞こえた。いつもは軽くてチャラいチボーだけど、やっぱりこういう時は頼りになる背中だった。

「ご丁寧に隠してるその顔、拝ませてもらうっすよ」

そう言って、チボーが少し腰を落としたと思った瞬間、素早く間合いを詰め、右手で不審者のマントを払う。

「あっ……!」

「「えええ!?」」

その不審者は右手で顔を 庇(かば) うようにして、すぐにその場に座り込んだ。慌てて、マントを被り直している。

僕もチボーも、一瞬だけ見えたその顔に、警戒心も忘れて驚いた声を上げてしまった。

どこまでも白い髪、肌、眉、まつ毛の、アルビノ。一度見たら絶対に忘れられない、人智を超えたような容貌は……。

真白き予知の 覡(おかんなぎ) 、その人だった。