軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

82. 千客万来

秋雨が止んでから、今年もヴァレーには各地からワイン商人たちが集まり出した。

ヴァレーのワインは、必ず一つの葡萄品種から作っている。葡萄の出来が、ワインの出来に直結するのだ。だから同じ葡萄品種であっても、その年の樹の生育状況や気候によって、味わいが全く異なってくる。

商売という点では、質が高く安定した味であることに越したことはないだろう。

けれど、わざわざ買い付けのためだけに、ヴァレーにまでやってくるワイン商人は、みんなヴァレーのワインを愛しているものばかりだ。

収穫時期に気候に恵まれなかったことを聞いても、「ならば、今年はまた一味違ったワインが飲めるのだな!」と目を輝かせていた。

「ワインに良いも悪いもない。あるのは、美味いかマズイか。好きか嫌いか。その二つだけだ」

そういって、新酒祭りを楽しみにしているワイン商人がたくさんいると、おじいちゃんやレミーから聞いた。

「ワインって、そういうものなんだね」

「ええ。自分は好みではないと思ったワインが、誰かにとっては最高の一杯、ということは珍しくありません」

「ああ。そうだな。軽い飲み口のワインが好きなものもいれば、強く渋みが残る重いワインが好きなものもいる。好みの問題だと、そう言われるようなワインになってくれることを祈ろう」

違いも、また個性だと。そういって、ガハハと笑い飛ばしてくれるワイン商人たち。

その存在のありがたさを、僕たちはしみじみと噛み締めていた。

ワイン商人のほかにも、王都ニュシャからやっと紋章官がやってきた。

おじいちゃんの授爵にあたってヴァレーを査察し、紋章の登録や家系図の作成をしたり、新酒祭りでの騎士叙勲式を管理・監督するためだ。

その紋章官が馬車から降りると、身に 纏(まと) った豪華な刺繍の 外套(タバード) が人目を引いた。

「いやはや。もっと早く着く予定だったのですが。彼の有名なワインの産地に赴きたい、と言う希望者は大変多く、熾烈な争いだったのです」

「それはそれは、ようこそヴァレーにおいでくださった。紋章官殿は、ワイン好きと見られる。 晩餐(ばんさん) には、ヴァレーのワインを多種用意させよう」

紋章官は、そんな嘘か本当かわからないことを口にしながら、おじいちゃんと握手を交わす。

目鼻筋が通った知的な印象だけど、どうやらワインに目がないのは本当らしい。おじいちゃんのもてなしの言葉に、喜色がにじんでいた。

(ふうー。なんだかお客さんが多くて、落ち着かないな)

新酒祭りが近づくにつれ、ひっきりなしに客が訪れる。今年は、特に授爵の挨拶と騎士の叙勲式が見られるとあって、いつもよりヴァレーを訪れる人が多いようだ。

そのおかげで、家中どころか町中が騒がしかった。

ヴァレー新酒祭りがあと二週間に迫った頃。ぱから、ぱからと馬の蹄が外から聞こえてきた。

最近は自警団改め騎士団が揃いの黒い騎士服に身を包み、馬に乗って町中を巡回するのが、一種の名物になっている。

騎士団は、子どもたちや少年が、「かっこいい!」と憧れの眼差しを向け、適齢期の少女がきゃあきゃあと黄色い悲鳴を上げるような存在になりつつあった。

今日も巡回かと思ったけれど、どうやら違うようだ。一台の馬車を先導して、我が家の前に止まる。

(また、お客さんかな)

次はどこの誰が来たのだろうかとこっそり伺っていると、馬車から降りてきた人に僕は目を疑った。

(え……!? なんで、あの人がここに!?)

慌てて、僕は玄関口に出迎えに向かう。

無作法にも息せき切って走ってきた僕を怒ることなく、その人は片方の垂れた目をひょいと器用に上げ、僕に笑いかけた。

「おお。ルイ。ひさしぶりじゃのう」

「テオドアさま!」

そこには、セージビル図書館長であり、植物学者のテオドア・フィールドさまがいた。

「ほほう。初めて口にするが、この茶は美味いのう」

「葡萄の古樹の新芽を、お茶にしたものなんです」

外出中のおじいちゃんを家人に呼び戻してもらっている間、客間でテオドアさまと従者さんに新芽茶を振る舞う。ワイン好きで、基礎薬草の本を書かれていたテオドアさまは、きっとこのお茶も気に入ってくれると思っていた。

「僕、テオドアさまがヴァレーに来るなんて、知りませんでした」

「ほっほっほ。ルイを驚かせようと思ってじゃな。秘密にしてもらうよう、頼んでおったのじゃ」

テオドアさまが茶目っ気たっぷりに笑う。いたずらが成功したような、喜び方だ。

「でも、セージビルの方は大丈夫だったのですか」

「なに。手続きやら、引き継ぎやらで時間がかかってしまったがの。あちらは大丈夫じゃろ。わしもそろそろ引き際を考える頃合いで、ちょうど良かったのじゃ」

「そうなんですね……」

テオドアさまは、植物学で権威のある学者だ。正直、そんな方がヴァレーに来てくれるとは全く思っていなかった。

せいぜい、知り合いの専門家を紹介してもらえればありがたい、くらいだったのだけど、使者はどんな手を使って説得したのだろう?

「テオドアさまは、どうしてヴァレーに来て下さったのですか?」

「ほっほっほ。わしもな、最初は有望な若手を紹介するつもりでおったのじゃ。……だが、『葡萄樹喰い』と聞いて気が変わったのじゃよ」

「え? それはどういう……」

テオドアさまの目は、厚く垂れたまぶたに遮られて、 窺(うかが) い知れない。

「……わしの 生家(せいか) も、葡萄の栽培を 生業(なりわい) としておった。わしがまだ子どもの頃の話じゃ。 大禍(たいか) と言っていいほどの『葡萄樹喰い』の被害にあってしまっての……。樹々はほぼ全てが 枯死(こし) し、文字通り産業の芽が潰えた地を、民は見放して去っていった。わしはまだ幼いからと教会に預けられたが……。その後、家族がどうなったかは、今となってもわからんのじゃ……」

「そんな……」

テオドアさまが静かに語った過去に、僕は呆然としてしまった。

「わしが、植物学を学ぶようになったのは、そのことがあってじゃ。昔は、教会でも葡萄からワインを作っておったからの。研究には事欠かんかった。だが、ついぞ有効な手立ては見つからず、わしもここまで年を取ってしまった」

「だから、あんなに詳しかったんですね……」

僕はセージビルで、テオドアさまに現代の葡萄栽培や醸造の本を教えてもらったり、教会に残っていた資料を読ませてくれたことを思い出す。

「心残りのあるまま、老いて死にさらばえるのかと思っておったのじゃが……。そんな矢先にあの『葡萄樹喰い』 撲滅(ぼくめつ) の糸口が見つかったと!ルイ、しかもお主が見つけたと」

「テオドアさま……」

「その知らせを聞いて、わしはこうしてはいられんと思ったのじゃ。……この老いぼれの、最後の執念じゃ。なんとしても、二度と『葡萄樹喰い』を災いにしてはならん」

「……はい」

ぎゅっと拳を握る。そうだ。去年のヴァレーは、ただ運に恵まれていただけなのだ。

『葡萄樹喰い』が、また流行らないという保証はない。その時に、テオドアさまのような悲劇を生む可能性は十分ある。

家族と離ればなれになるなんて、想像もしたくなかった。おじいちゃん、おばあちゃん。それに、何より大切なリュカ。僕ならきっと、心が死んでしまう。

幸いにも優秀な学者であるテオドアさまが、来てくれた。きっと、これは大きな転機なのだ。

「もう二度と『葡萄樹喰い』で悲しむことがないように。……テオドアさまの力を、ヴァレーに貸してください」

そう言うと、僕は伸ばされた皺の深い手を、硬く握り返した。