軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

68. 葡萄の花蔭、小さなロマンス(後)

もしかして、わざとここに連れてこられたのだろうか?

そう気づいた僕は、さすがに声が低くなる。

「アネット……。本当にメロディアがここにいたの?」

「うそじゃないのよ。お昼すぎには、本当にここにいたもの」

そう言って、アネットはてへっとした様子で笑う。

見かけたのがいつのことか、僕もうっかり聞き忘れてしまっていたけれど、それにしてもこれはあからさますぎる。

農作業の後に、リュカを背負ってここまで登ってきた僕は、もうへとへとだった。怒る気力も沸かない。

そのまま、 踵(きびす) を返して帰ろうとした僕を、アネットは慌てて呼び止めた。

「え! ちょっと! なんで帰るの!? ねえ、せっかくだから少しお話ししていきましょう。ここから見える夕陽は、とっても綺麗なの!」

「……」

僕が無言でアネットを見やると、さすがのアネットも僕が憤っていることに気がついたのだろう。

両手でぎゅっとスカートを握り締め、なぜか泣きそうな顔をした。

「だって……ルイ、あれから全然声を掛けてくれないし、いつもお母さんや、誰かと一緒なんだもの。こうでもしないと、二人っきりになれないと思って……」

「……そんなの、理由にならないよね?」

「わたしだって、勇気を出して花祭りに誘ったのに……。なんで、何も言ってくれないの? ひどい!」

「……」

(何も言わないとか。そんなの以前に、そもそも、僕たちそんなに親しくもないのに……)

アネットは、もしかしたら僕のことが好きなのかもしれないけれど、好かれる要因なんて僕にはこれっぽっちも思い当たらなかった。

僕も、アネットはヌーヌおばさんの娘としか思っていない。

どう返事をしたら良いものか。

逡巡していると、アネットはその態度を悪いように受け取ってしまったようで、唇を悔しそうに噛み締め、僕を 睨(にら) んだ。

「……ルイのばか!」

そして、アネットはそう言い捨てて、ばっと勢い良く振り返ると、来た道とは明後日の方向に走り去って行った。

僕はアネットのあまりの言い草に、ぽかんとして、その後ろ姿を見送ってしまった。

「……にいに? だいどーぶ?」

リュカが、背中から心配そうに声を掛けてくれる。

その言葉に、はっと正気を取り戻した。

(?? いったい、アネットは何がしたかったんだ……?)

僕が年相応の少年であれば、これも青春の1ページになったのだろうか?

でも、あいにく年相応じゃない僕は、アネットの行動が全くわからなかった。

頭の中は疑問符ばかりだけど、途方に暮れて見上げた空は、もう薄らとオレンジ色に変わってきている。

僕はお尻がずれてきたリュカを、よっと持ち上げてもう一度おんぶし直すと、来た道を足早に下った。

重たい体で、なんとか作業小屋まで戻ってくると、どこからか「クククー!」と声がした。

「あ!めろちゃん!」

リュカが背中でじたばたしたので、下ろしてあげると、声の鳴く方に走って行く。

ちょうど、作業小屋から一番近くの葡萄畑に、メロディアがいるようだった。

(灯台下暗しとはこのことだな……)

「めろちゃん、いたー!」

徒労感を感じながら、リュカの後ろからついて行く。すると、リュカはしゃがみこんで、葡萄の枝葉の影を覗きこんだ。

そこには、二匹のミンクリスがいた。

一匹はメロディアだ。首に青いリボンを巻いているので、見間違いようがない。

もう一匹は、メロディアより一回り大きいミンクリスだった。

葡萄はこの時期、たくさんある房の1つ1つに、小さな白い花を咲かせる。

その可憐な白い花の下で、二匹は首と首をこすりつけてじゃれあったり、鼻同士をくっつけあっていた。

(もしかして、メロディアのボーイフレンド?)

「ククーン、ククーン」と甘えたような鳴き声をあげ、なんとも仲睦まじ気だ。

もふもふともふもふが仲良く抱き合っている姿に、僕は先ほどまでのささくれ立った気持ちが洗い流されるようだった。

リュカなんて、二匹を撫で撫でしたくて、体を左右に揺らしている。

(それにしても、どうしたらいいかな)

メロディアを飼うと決めた時に、ミンクリスについて調べたので、生まれて二年で生殖が可能になるということは知っていた。

メロディアは、まだ一歳ちょっと。早くても来年の春のことだと思っていたけれど、この様子であれば、もう自然に返してあげた方が良いのかもしれない。

僕が迷っていると、メロディアは別れの挨拶は済んだとばかりに、あっさりボーイフレンドから離れて、リュカの肩に飛び乗ったのだ。

ボーイフレンドも、「ククー!」と一鳴きすると、どこかに走り去ってしまった。

「クククー!」

「にいに!おうち、かえろー」

くいくいと、リュカにズボンを引っ張られる。

それでも、僕はメロディアに尋ねずにはいられなかった。

「メロディアは、家に帰る、でいいの?」

「クククー!」

もちろんだと言うように頷いて、メロディアはリュカの頬にすりすりする。

リュカはくすぐったそうにして、いつものように、仲良しな一人と一匹だった。

メロディアにとっても、リュカはやっぱり一番大切なのだろう。ずっと一緒に育ってきたのだ。

でも、ボーイフレンドも大切だから、保育園に来てはこっそり会っていたのだろうか。

(来年は、ちゃんと考えないといけないな)

今は発情期が来ていないからこそ、こうして僕たちと一緒に帰ることを選んでくれたのかもしれない。

でも、来年、もし発情期が来たら?

メロディアを自然に返すのか。それとも、ボーイフレンドを我が家に迎え入れるのか。

どんな選択がメロディアにとって、そして、生まれくるだろうメロディアの赤ちゃんにとって良いのか。

選択をしないといけない日が、きっとやってくる。

(リュカは絶対、手放すなんて泣いて嫌がるだろうなあ)

「ばいばい、しない!」と言い張るのが、目にみえるようだ。

そんな少し未来のことに頭を痛めつつ、それでも、いまはメロディアが僕たちの家族の一員でいてくれることを、喜ぼう。

そうして、繋がった二人と一匹の影を長く伸ばしながら、僕たちはやっと家路についたのだった。

帰宅後。なぜ作業小屋に戻るのが遅くなったのかを、リュカを通してメロディアに聞いたところ、返ってきた答えは「おひるね」だった。

きっと二匹は、花の良い香りに包まれて、うとうとと眠ってしまったのだろう。

人騒がせではあったけれど、なんとも可愛らしい理由に、僕は怒るに怒れなかった。