軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 レミーの複雑な心境

私が、初めてルイ様たちを知って思ったことは、「不憫だな」であった。

それと同時に、自分が思いのほか衝撃を受けている事実にも、気づいてしまった。

(身の程は、弁えていたはずです)

それでも。

清濁混ざった、ままならない感情に漏れたため息は、どこか苦かった。

その日も仕事を終え、私は住み慣れた自宅に帰ってきた。

実家は、すでに長兄が継いでいる。

いつまでも良い年した弟が居座るのは、お互いに気まずいだろう。

そう考え、ヴァレー家の門戸を叩いたのを機に、このアパルトメントに移り住んだ。

仕事着から柔らかな羊毛の部屋着に着替え、髪を括っていた紐をほどくと、食卓につく。

そして、 収納(ストレージ) から、屋台で買い込んだ食事とワインを取り出した。

私が家を出て一番困ったのが、食事であった。

自分の容姿が 他人(ひと) から賞賛されるものであることは、自覚していた。

外に出れば、常に人の目が付き纏う。

時には、異性や、同性からも下衆な視線を向けられることさえあった。

そういった煩わしさから、外食はめっきりと減り、今ではこうして専ら自宅で摂るようになっていた。

(慣れてしまえば、こちらの方が圧倒的に気楽でしたが)

まずは、仕事終わりの一杯を。

屋台は陶器の瓶を持参すれば、樽詰めから好きな量のワインを買うことができる。

私が今日選んだのは、ヴァレー産で2年物の白ワイン『 小さな幸せ(プティ・ボヌール) 』だ。

そのワインを、実家の商会やヴァレー家のツテをたどり、大枚をはたいて手に入れたこだわりのグラスに注ぐ。

底から、大体、指の第二関節くらいまでのところまで、慎重に。

とぷとぷとぷ。

(音まで芸術品のようだ)

グラスの脚を持って、かざす。

澄んだ、淡い琥珀色。ほのかに緑がかっているようにも見える。

自然と喉が鳴ってしまうような、魅惑的な色合いだ。

私は急くことなく、鼻をグラスに近づけ、ゆっくりと息を吸い込んだ。

そう強く、我を張って主張することはない。

けれど、新鮮で純粋さが薫るようなワインである。

そこまで楽しんで、一口含み、舌で転がすように味わう。

(酸味が強すぎることもなく、かと言って甘すぎることもない。優しく丸みを帯びていて、調和が取れている)

こくりと飲み込む。

口から鼻を通る風味も、その後に吐き出す呼吸の余韻すらも、逃したくはなかった。

(決して派手な華やかさがあるわけでない。けれど、素晴らしい、食事のためのワインだ)

この一杯のために、生きている。

そう言っても過言ではなかった。

私が、これほどまでにワインを愛するようになった理由は、もはやわからない。

ワイン商人の息子だからというのもあるだろうし、そもそもこのヴァレーでワインを愛していない方が珍しいというのもあるだろう。

成人してすぐに、実家の商会で見習いを始め、着々と実力をつけた。

そうなると、いよいよ身につけた実力を、ワインのために使いたいと思うようになっていた。

だから、思い切って実家の商会を辞め、ヴァレー家で雇って欲しいと直談判したのだ。

(今思えば、とんだ無茶をしたものですが……)

こくりと、グラスを傾ける。

一口、二口と飲んでも、飽きがこない。

地元の商会出身とはいえ、私をヴァレー家で雇うことは、多くのしがらみがあったはずだ。

贔屓をするのか。獅子身中の虫を飼うのか。そう密やかに、悪様に言うものもいた。

それなのに、旦那様は不思議なもので、私がワインにしか興味がないことを、信じてくださっていたようだった。

だからこそ、私もその信頼に報いようと、必死に働いて己の価値を示し続けた。

そうして。

気がつけば、誰一人として私を悪く言うものはいなくなっていた。

(それだけで満足だったのですけれど)

月日が経ち、ヴァレー家で私が実績を積むにつれて、次第にこう噂されるようになったのだ。

──このままいけば、ヴァレーは後継がいなくて途絶えかねない。そうなる前に、すでに実力が認められているレミーを養子にして、後継にしてはどうか、と。

初めてその噂を聞いた時、すぐにありえないと否定した。

私はその頃には、旦那様が後継を決めかねている最もな理由が、「血統」であることに気づいていたからだ。

だから、しばらくして、旦那様の実孫がヴァレーに来ると聞いた時、私は諸手をあげるべきであった。

脈々と続いてきた愛すべきヴァレーのワインが、また一代、引き継がれていく未来が見えたのだから。

……けれど、私の胸には、言いしれない虚しさがあった。

私が必死に磨き、示し、もたらしたものより、ただ血縁であると言うだけで。

まだ何も成していないただの少年が、横から掻っ攫っていくのだ!

周囲の噂に毒されまいと思っていた私が、気づけばその気になっていたことに、怒りと、愕然とする気持ちだった……。

ルイ様がヴァレーに来てしばらくして、旦那様に「ルイの世話係を頼む」と任せられた。

その魂胆が、透けて見えるようだった。

(旦那様は、ゆくゆくは私をルイ様の右腕にでもしたいのでしょう)

旦那様が、あの噂を知らないはずはない。

ご丁寧に注進した者がいることを、私は知っている。

けれど、それでも。全てを承知で、私をルイ様につけると決めたのだろう。

そうして、初めて会ったルイ様は、ごく普通に賢い子どもだった。

理解力があり、教えたことを真っ直ぐに吸収できる素直さもある。

時折、考えすぎなきらいはあるが、まだ子どもだ。これから、いくらでも修正できる余地があると考えていた。

そのうえ、ルイ様たちは、すでにヴァレー家のみなに好かれていた。

そういう雰囲気があるのだろう。

父を亡くし、母とも別れ、幼い弟を必死に守って生きてこられた方だと、使用人らが教えてくれた。

だからレミーさん、どうか手心を、と。

私も彼らを不憫だと思う気持ちはある。けれど。

(あまりにも簡単に認めてしまっては、報われない)

最初から、陽炎のような夢であった。

だから、追い落として、奪い去るようなことはしない。できない。

私が愛しているのは、真っ直ぐで明るい、幸せに満ちたヴァレーのワインだ。

そう整理がついた今、思うことは……。

「私を認めさせてみろ」

きっと今の私は、底意地の悪い顔をしているだろう。

無責任な甘さは見せない。

かといって、ただ冷たくして突き放すこともしない。

(こうなることすら、わかっていたのでしょうか)

そうであれば、私は自分が納得できるまで、ルイ様を試すだけである。

グラスを飲み干し、水ですすぐ。 乾燥(ドライ) で乾かしたら、次は赤だ。

また、グラスにそそぎ、香りを楽しむ。すでに慣れた動作の中で、私はぼんやりと思う。

こうして一人で飲むワインも、もちろん素晴らしいけれど。

もし、このままルイ様が成人して、後を継いだ暁には。そして、その隣に、私がいるとしたら。

ともに酌み交わすワインはどれほどのものだろうか、と──