軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44. 懐かしい人との再会

続々とワイン商人たちがヴァレーを訪れている。

ヴァレーは、地元のワイン商会が仲介として 醸造所(ワイナリー) とヴァレー外のワイン商会との間に入り、商談をとりまとめている。

仲介は代々世襲で、数も厳密に決まっている。もちろん、ヴァレー外のワイン商会がなることはできない。

それに、商談相手の国、地域、所属の商人ギルド、卸なのか交易なのかといった形態によって区分が決まっている。得意分野といってもいい。

そうやって、商談相手の需要に合わせて最適化することで、どの年代の何のワインがおすすめなのか自信を持って紹介ができるし、円滑に取引量や金額などの合意を取ることができる。

仲介と取引をしているワイン商会も、代々取引が続いているところばかりで、新規の参入は難しい。

商人のネットワークを駆使し、すでに仲介と取引しているワイン商会と長期で交流し、信頼関係を築くことで、やっと推薦状を書いてもらうことができるのだ。

まさに、ワイン商人にとって、ヴァレーのワインを取り扱えることはステータスだった。

このように、ヴァレーのワインは流通経路がすでに整っているので、おじいちゃんが交渉の場に出ることはほとんどない。

けれど、この時期はやはり会合や会食で外出したり、客人を招くことも多くなっていた。

その日、僕は執事のティエリーから「旦那様がお呼びですよ」と言われて、応接室へと向かっていた。

(おじいちゃんがお客様との話し合いに僕を同席させるなんて…どうしたんだろう?)

後継者となればそういった席に参加をすることも増えてくるのだろうけれど、現状はまだお試し中だ。

なので、僕が表に出ることはこれまでなかった。

そんな状況で、いきなり応接室に来るようにと言われると、少し緊張してしまう。

扉の前で軽く身だしなみを確認し、少し深呼吸をしてから思い切ってノックする。

「入ってくれ」とおじいちゃんの返答があったので、扉を開け入室した。

「失礼します。お呼びとのことで、参りました。ルイと申しま…えええ!ダミアンさん!?」

「やあ、ルイ。久しぶりだね」

そこには、ソル王国で僕たちがとてもお世話になった、ダミアン商会長のダミアンさんがいた。

「ははは。それにしても、ルイが見事に驚いてくれて嬉しいよ」

「ダミアンさん…。ヴァレーに来るなら来ると、手紙で知らせてくれても良かったのに」

七福神みたいなダミアンさんが、立派なビール腹を揺らして笑うのをジト目でみる。

「いや、手紙は出したんだがね。どこかで追い越してしまったみたいなのだよ。だから、知らないならいっそ驚かそうかと思ってね」

「……。それで、どうしてヴァレーに来たんですか?」

「別れ際に、ルイたちの生活が落ち着いた頃に、ヴァレーに一度様子を見に行くと言っただろう?私は有言実行なのだよ」

「そういえば…。ダミアンさん…!わざわざ、遠いところをありがとうございます」

「いやいや、元気そうで安心したよ」

僕は頭を下げる。

僕たちはソル王国を離れてしまったのに、こうしてまだ気にかけてくれる。

そんな律儀で誠実なダミアンさんには、本当に感謝しかない。

「それに、君の祖父であるマルタン様が、知り合いのワイン商人を紹介してくれるというお話をいただいてね。喜び勇んで、馳せ参じたのだよ」

「そうだったんですね…」

ダミアンさんが茶目っ気たっぷりに笑う。

その笑い方すら、なんだか懐かしかった。

「ダミアン殿には、長いことマルクやルイたちのことを助けていただいたからな。さすがにワイン商人として推薦をすることはできないが、紹介ならばできる」

「じゃあ、ゆくゆくはワイン商人として仲介と取引できる可能性が見えてきたんですね…」

「堅実に商売を続けて行ければ、の話になるがね。お引き立ていただいて、感謝しかないよ」

おじいちゃんの言葉に、僕はふとある可能性に気づいた。

(あれ…もしかして、父さんが外国であるソル王国で商会の職を得られたり、結婚や家を購入することができたのって…。裏におじいちゃんがいたからなのかな…?)

だからと言って、ダミアンさんやポリーヌさんへの感謝の気持ちは尽きない。

色々な事情や打算はあったのかもしれないけれど、長い間、二人が親切にしてくれたことに変わりはないのだ。

それに、人柄が良いからこそ、おじいちゃんも頼りにしていたのだと思う。

僕はダミアンさんたちに恩を返せないことが心苦しかったので、むしろ今回のことはほっとしたくらいだった。

しばらくして、おじいちゃんは「積もる話もあるだろう」と、気を遣って席を外してくれた。

僕とダミアンさんは近況を話したり、葡萄の栽培やワインについて話をしていたが、話題が途切れたタイミングでずっと聞きたかったことを尋ねてみた。

「ダミアンさん…その…そちらに母さんから手紙が届いていたりしませんか」

「ルイ…」

僕はヴァレーに着いてすぐの頃に1回、葡萄の収穫時期の前に1回、聖リリー女子修道院にいる母さんに手紙を出していた。

けれど、まだ返信は返って来ていない。

もしかしたら、ソル王国の家やダミアン商会に届いているのかも、と一縷の望みで聞いて見たのだが…。

ダミアンさんの表情を見るに、届いてはいないようだ。

「母さんは、まだ気持ちの整理がついていないのかな…」

「…時折、院長とお会いするんだがね。サラは当初に比べれば、立ち直りつつあるようだよ」

「ああ。そうなんですね。それは良かった…!」

「だが、心の折り合いをつけるには、もう少し時間がかかるだろう。…子どものルイに言うのもおかしな話だがね。気長に待ってあげて欲しい」

「…はい。僕はいつまでも、待っています」

リュカはソル王国を離れてから、一度も母さんを恋しがることはなかった。

時々、思い出したかのように「えみー、どこお?」と聞くことはあったのにだ。

きっともう、リュカは母さんの顔を覚えていない。

だからこのまま、お互いそれぞれの道を歩いて、もう交わらない方が幸せなのかもしれない、なんて思うこともある。

何が正解なのかはわからない。

でも…。母さんは別れ際に、リュカの手を取って泣いていたのだ。

その姿は、後悔しているように見えた。

だから、僕は信じて、これからも手紙を出し続ける。か細い繋がりが途絶えてしまわないように。

ヴァレーで僕たちがどんな風に暮らしているのか、嬉しかったこと、楽しかったこと、驚いたこと。

あんなに小さかったリュカが、どんなことを体験して、どのくらい成長したのか。

返事が返ってこなくても、僕の手紙が、少しでも母さんの心に届くことを祈って。