軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21. 冬の湖畔にて(中)

午後は、お昼寝から起きたリュカと湖のほとりを散歩した。湖に手を入れたリュカが、あまりの冷たさにびっくりして泣いてしまうなんていうハプニングはあったが、まったりとしたひとときを過ごした。

そうして、しっかりと動いておなかを空かせ、待ちに待った夕食だ。

昨夜の食事はサーモンが中心のコース料理で、とても美味しかった。なので、今夜もかなり期待が持てる。

なんでも、料理人の旦那さんは元王宮料理人なのだとか。女将さんが給仕の合間にそう言っていた。

この村で生まれ育ち、成人してから王都に修行に出て、とんとん拍子に王宮に上がったそうだ。そして、結婚を機に職を辞して生まれ育った村に戻ってきて、この食堂兼宿を開いたという。

「今日の料理は王都の方々は見慣れないかもしれませんが、湖で獲れた新鮮で旬のフラット貝を使った料理です。とても美味しいので、ぜひ試してみてください。白ワインともよく合いますよ」

その言葉に、大人たちはさっそく食前酒を注文していた。まったくもう。

「小さなお子さんには好まれないことが多いので、大人の方とは別の料理です。大人の方も、もし食べてみて合わないようでしたら、取り換えるので気軽におっしゃってください」

ぼくたちが席に着くと、女将さんからそう伝えられた。

そんな前置きが必要な料理とはなんだろう?と不思議に思っていると、すぐに前菜と食前酒が並べられた。

前菜は、薄く切ったパンにクリームチーズと貝のペースト、きのこのソテーがのったカナッペだった。きのこが良い香りだ。

リュカには、半身に切ったゆで卵にクリームチーズと白身魚のソテーがのったサラダが出された。こちらも何だかおしゃれで美味しそうだ。

「「「「いただきます(いたっきまっちゅ)。乾杯〜!(っぱ〜い)」」」」

手でつまんで食べると、貝の旨みがぶわっと口に広がった。この味は…牡蠣だ!

磯の風味は感じられないが、きのこの香りとよくあっていて、もう1つまた1つと食べたくなる。

(この村、というかソル王国自体が内陸の国だから、湖は淡水のはず。そういえば、昨夜は気づかなかったけど、サーモンも淡水だけだと獲れないんじゃ…??どういうこと?)

前世の知識と照らし合わせると、この世界の動植物の生態はやはり前世とは少し違うようだ。

若干混乱してしまうが、考えても答えはでないので、そういうものだと割り切るしかないだろう。そんなことより、今は目の前の美味しい食事だ。美味しいは正義なのだ。

さくっと前菜を食べ終えて、わくわくしながら次の料理を待つ。

今夜のコースがフラット貝中心で、あの前置きだとしたら、もしかしたらもしかするかもしれない。

「お待たせしました。生フラット貝です。こちらはお好みでリモンを絞りかけるか、このワインビネガーとエシャロットのソースをかけて、食べてみてください」

やっぱり来た!生フラット貝だ!

ここでこれが食べられるなんて!

大皿に隙間なく綺麗に並べられた大きなフラット貝は、1人3つは食べられそうな量だ。

ぼくは白くつやつやに輝き、見るからにぷりっとして美味しそうなフラット貝にくぎ付けだ。

けれど、生の貝に大人たちは怖気ついている。

「…生の貝なんて食べて、腹壊さないのか?」

「オレ、わりとなんでも食べられる方だと思ってたんすが、生はちょっと無理かもっす…」

「おい、ブノワ、お前試しに先に食べてみろよ」

「(ふるふる)」

誰が先に食べるかを押し付けあっている醜い大人たちは放っておいて、ぼくは真っ先にリモンをたっぷり絞りかけて、ちゅるんっと食べた。いや、飲んだ。

ああ、美味しい!!

身は大きくぶりんぶりんで、噛むごとに貝の凝縮した旨みが口いっぱいに広がる。

やっぱり磯の香りは感じられないが、その分リモンの香りが強いので、これはこれでむしろいい。

「坊ちゃん、生の貝をそんなに嬉々として食べるなんて…」

「男っすね」

「(じー)」

「もぐ…。こんなに美味しいのに…。ドニたちが食べないなら、ぼくが全部食べるから」

「……そんなに美味いんですかい?」

「ものすごく」

きっぱりと言い切ったぼくの言葉に、チボーが恐る恐る1つ食べて、うまい!と叫んだ。

それを見て、ドニとブノワもやっと食べ始めて、目を輝かせて白ワインをがぶがぶ飲んでいる。

現金だな〜と思うけど、みんなが食べられてよかった。なんでも食べず嫌いはしちゃだめだよね。

ちなみに、リュカにはかぼちゃとサーモンのチーズ焼きがココットで出されている。スプーンで食べられるので、幼児には本当にありがたい。

あっという間に、あんなにあったはずの生フラット貝は、酒飲みな大人たちに食べ尽くされてしまった。すっかりお皿が空だ。

「あら、みなさん食べられたようで、よかったです。生はやっぱり嫌がる方がいるので、どうかしらと思ってたんですが、フラット貝はこの村の隠れた特産なんですよ」

皿を下げに来た女将さんが、にこにこしながらそう言った。

この世界では、食材に火を通すのは当たり前なので、特に王都では生食はゲテモノ扱いだ。

それに、貝は独特の苦味もあるし、感触が好きではない人もいるから、好みが分かれてしまうのは仕方ないので、前置きがあったのは納得だった。

次の料理は、フラット貝のほかに白身魚や野菜がたっぷり入ったトマトスープだった。

魚介と野菜の旨みが感じられて、冬に嬉しいほっとする温かさだ。

生フラット貝で冷えた胃がスープで温まった頃に、女将さんが次の料理を持ってきた。

間をおかず、タイミングよく料理が提供されるのも、この宿の良いところだ。

「こちらは、フラット貝のグラタンです。旦那自慢のベシャメルソースを使った1品で、宿でも一二を争うくらい大人気なんですよ。お子さまのは白身魚を使っています」

殻を器にした、見た目も豪華なグラタンだ!湯気すらも美味しそうだ。

スプーンを入れると身が丸々1つ入っている。熱々なので、よだれが出そうになるのを堪えながら、ふうふう冷まして食べる。

貝自体が美味しいのはもちろんだが、ベシャメルソースがしっとりと滑らかな舌触りで、貝の旨みをまとってさらに濃厚になり、味に深みが出ている。思わずうなってしまうくらい、美味しい!

さすが元王宮料理人。ソースが本当に秀逸だ。

「…にいに、しょれ、なあに?」

一人だけ深皿のグラタンだったリュカが、ぼくたちが食べている貝の殻に興味を持ったみたいだ。きょとんと不思議そうに見ている。

「これもグラタンだよ。リュカのはお魚で、ぼくたちのは貝のグラタンなんだ」

「かい?おいちい?」

「とっても美味しいよ」

「りゅーも、かい、たべちゃいっ!」

「うーん。火が通ってるから、幼児が食べても多分大丈夫なはず。…じゃあ、にいにのをちょっと食べてみる?」

「やっちゃー!」

喉につまらないように貝は一口サイズに切って、少し冷ましてから貝の殻に戻し、リュカにあげてみる。

リュカはスプーンで上手にすくって貝を食べると、「おいちい!」と必死にもぐもぐしている。

小さい子は貝の苦味は苦手だと思っていたが、リュカはやっぱり好みが渋い。

ぼくも、代わりにリュカの白身魚のグラタンを少しもらって食べてみるが、文句なく美味しい。しかも、こちらのベシャメルソースは白身魚に合うように調整されているみたいで味が違った。

女将さんたちは小さい子どもに対しても気を配ってくれるし、それでいて料理にも手を抜いていない。

ぼくはすっかりこの宿のファンになってしまった。

(お願いしたら、保管用の料理を作ってもらえないかなあ。この料理が、旅の間でも食べられたら幸せなんだけど…)

あとで、女将さんに交渉してみよう。お客さんが少ないと言っていたので、頼めば作ってくれるかもしれない。

ぼくがそう考えていると、最後の料理がやってきた。

「最後の料理は、フラット貝のオイル煮です。そのままでも、焼きたてのパンにのせて食べても美味しいですよ。お子さまは、シザーズシュリンプのソテーをどうぞ」

スキレットにフラット貝がたくさん入っていて、ぐつぐつと音を立てている。

高級なオイルがたっぷり贅沢に使われていて、バジルとガーリックの香りに食欲がそそられる。

ごくっ…

ぼくかもしれないし大人たち全員かもしれない、喉を鳴らす音が聞こえる。

競うように取り分けて、ちょっと冷ましてからまずはそのまま頬張る。

火がしっかり通って、身が引き締まった貝も美味しい!それに、明日が心配になるほど、ガーリックが効いているのもいい。元気が出そうだ。

丸パンを手に取ると、ソル王国では珍しいふかふかと柔らかいパンだった。

これならぼくもリュカも食べられる。

パンに貝をのせたり、オイルを染み込ませて食べたりしても美味しい!

もう結構食べたはずなのに、いくらでも食べられそうだった。

そうして、食べ終わる頃にはうっすらと汗をかくくらい身体が温まり、おなかははち切れそうだった。美味しさで心も満足だ。