軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

昔馴染みの店

路地裏といってもまだまだ王都の中央にほど近い区域だ。

表通りほど華々しくないが、今にも壊れそうな掘立小屋のようなものはない。

建物がびっしりと密集していて、屋根が飛び出していたりすると空を拝むのもやっとのような細い道であった。

そんなこの辺りに住んでいる人しか通らないような道を、グレイはひょいひょいと物をよけながら進んでいく。

そうして辿り着いた何の変哲もない家の裏口でぴたりと足を止め、「ふぅむ」と顎鬚をなでた。

目的地はおそらくここで合っているはずなのだが、他の家とそう変わらないつくりをしているせいで今一つ自信が持てない。中からは何やら話をする声が聞こえてくるから、人は住んでいるのだろう。

ほんの数秒考えてから、まぁ間違っていれば一言謝罪すればいいだろうと、グレイは古びた扉のノブをもって手前に引いた。

上手く開かないので少しばかり力を入れると、みしりと音がして、ドアノブだけが外れる。グレイは片手に持ったドアノブを見つめて一言。

「鍵がかかっておったか」

昔は鍵がかかっていることがなかったのだ。

ドアノブを握った瞬間、当時の建付けの悪さを思い出してちょっと力を込めてしまったのだ。整備されていなかったらしく、こんなことになってしまったけれど。

しかしここに依頼する時は裏口からと決まっていたから、もしかすると今は商売をしていないのかもしれないとグレイは思う。

「あーー! 何してんだ爺さん!」

さてどうしたものかと佇んでいると、ドアノブが取れたところから顔がのぞいて大きな声が上がる。

「すまんのう。弁償はする」

「ったりまえだろ、ちょっと待ってろよ、そこ動くなよ!」

がちゃがちゃと鍵を外す音がして、ドアが押し開けられる。

「う、うわっ」

飛び出してきた人物は、改めてグレイと相対して驚きの声を上げた。

穴から覗いただけでは、グレイの体の大きさを把握しきれていなかったのだろう。

目の前に壁のように大きな老人が現れたら誰だって動揺する。

まして目の前にいるのは小柄な女性だ。

十代後半から二十代前半くらいだろう。

右の前髪はあげて左側はたらすという奇抜なファッションをしている。

「な、なんだよ、何の用だよ」

「いやなに、ここに腕の良い加工職人がいたのを思い出して、二つ依頼に来たんじゃが……。鍵も締まっておるし、もうやっておらんのか」

「なんだそれ、表から来いよ。でもまぁ、客だってんなら上がんな。あと、依頼はともかくドアも弁償しろよな」

「まだ加工はやっておるのか」

女性は一瞬目を泳がせてから「あったりめぇだろ……」と先ほどの覇気はどこへやら、拗ねるように呟いた。

とにかくあがれとういうので中へ入ると、古びた椅子に座らせられる。

足が三つしかない小さな椅子は、グレイが腰を下ろすと少しばかり傾いて軋んだ。

今にもつぶれてしまいそうだ。

「で、何の加工だよ」

グレイは店内を見渡し顎鬚をなでる。

あまり稼働している様子はなかった。

当時は弟子も二人ばかりいて、活気のある職場だったはずだ。

簡単な加工は弟子に任せて、裏から来た特別な客からの依頼は親方が本気で取り組む。

火が消えたような職場に、ただ一人元気なのは女性だけだった。

「おい、耳が遠いのか爺さん!」

口の悪い女性をじろりと見ると、その威圧感に女性は思わずたじろぐ。

それでも逃げ出したりしないのは、ここが彼女の仕事場だからなのだろう。

扉が軋み、奥から咳き込む音が近づいてくる。

「馬鹿野郎、何騒いでやがんだ……」

現れたのはグレイとさして変わらぬ年齢の老人で、頬はこけていかにも病人らしい顔つきをしていた。呼吸をするたびに喘鳴が聞こえてきて、見ているだけで心配になる。

「なんだその風体……、まさか客か……? 生憎うちはもうやってねぇよ」

「やるって言ってんだろ!」

「ばっきゃろぉ! 今更どこに客がいやがるんだ!」

「ここにいるだろうが!」

「そんな爺が持ってくるもんなんて……っ」

そこで老人は激しく咳き込んで、その場に座り込んだ。

「爺ちゃん!」

女性が駆け寄ってその背中を撫でるが、発作はしばらく止まらなかった。

ようやく収まったのは五分以上してからで、老人は息も絶え絶えにグレイを見上げる。

「……とにかく、俺がこのざまだ。この仕事は俺の代でやめなんだよ」

「だから……!」

その言葉に女性は再び反論しようとするが、また咳き込んでは大事と言葉を飲み込む。

「お主はフモールの身内か?」

「なんだ、あんたは親父を知ってるのか。親父ならもう病気で死んだよ」

「そうか、あの息子か……!」

当時の工房で好き勝手駆けまわって頭に拳骨を落とされていた子供が一人いた。

グレイより十以上は年下であったはずだから、今もまだ六十そこそこのはずだ。

それにしては顔に刻まれた皺は深く、肌艶はよくなかった。

グレイの方が余程若く見えるくらいだ。

「……待て、あんた、そのフードを取って顔を見せてみろ」

老人は床に座ったグレイの顔を見上げていた。

グレイは少しばかり悩んでから、フードを外して顔を晒す。

老人はグレイをじっと見つめた。

それから、グレイの深い青色の瞳に気づいて目を見開く。

「あ、あんた、まさか、グレイか?」

這いずるようにして近寄ってきた老人は、グレイに縋るようにして立ち上がり、その胸ぐらにつかみかかる――!