軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

英雄と実像

クルムが朝食のために広間へ顔を出すと、そこには既に椅子に座って待っているメナスがいた。

「おはよう、クルム王女」

「おはようございます、メナス様」

溌剌と挨拶されて思うことは、彼女と自分の体力の違いである。

まったくもって眠たそうな雰囲気はみじんもない。

「グレイ、話は聞いたか? 私はクルム王女に手を貸すぞ」

「勝手にすればいいじゃろ」

「うん、勝手にする」

拒絶の言葉が出なかった時点で歓迎のようなものだ。

昨晩二人を残して部屋を出た時点でそれは分かっていたことだが、改めてこうして確認すれば間違いない。

朝食が準備されると、メナスは冒険者らしからぬ正しいテーブルマナーで食事を始めた。

グレイも特別汚く物を食べるタイプではないので、冒険者が二人も同席しているにしては、静かに食事が進んでいく。

最近クルムは、貧民街の住人や、要塞軍の兵士たちと食事をする機会があるのだが、彼らは食事をするときがつがつという擬音が似合うような食べ方をする。

冒険者も本来はそういうものなのであるが、こうして席を共にすると、二人の育ちの良さのようなものをクルムは感じる。

メナスがパンをゆっくりと咀嚼して飲み込み、口を開く。

「年が変わる前には、ウィクトも王都へやってくるからな」

グレイはコップを傾けると、口の中にあるものを喉の奥に流し込んで答える。

「そうか。活躍してるらしいのう」

「ホントはギルド長には、グレイが推薦されていたんだぞ」

「知っておる」

メナスは視線を落としてパンをちぎってかじる。

そうして咀嚼しながらしばし思案して、またグレイへと視線を向けた。

「そうか、知っていたか。……姿をくらましたのはそれが理由か?」

「さぁのう。ただ冒険者として生きるのが嫌になっただけかもしれん。二十年も前のことなど、よく覚えておらぬわ」

「話す気はないか」

「覚えておらん」

ギルド長に推薦されていることを覚えているのであれば、その辺りの前後にあったことを覚えていてもおかしくないはずだ。

頑なに覚えていないというグレイに、話す気がないことを改めて確認したメナスは、ため息をついて話を切り上げることにした。話さないと決めたらどうせ話さないので、しつこく聞くだけ無駄だ。

「そういえば……、この国の〈リガルド〉という街に、冒険者が集められていると聞いたが、あれもクルム王女の仕事らしいな。〈呪い谷〉と〈竜食山〉にも近いことだし、ギルドも本格的に動こうという話になっているぞ」

「ほう? 冒険者共が、あそこの魔物にかなうとは思えんがのう」

グレイがニヤッと笑って挑発するのは、ただの意地悪であり、それ以上の意味はない。

その挑発に乗せられたメナスはむっとした表情で言い返す。

「それは冒険者たちを馬鹿にし過ぎではないか。グレイが去った後も皆それぞれ、技術を進歩させ、後進を育ててきた。グレイが冒険者になった頃と比べれば、随分と実力は底上げされているぞ」

「どうだか。……ま、暇になったら冷やかしに行ってやろう」

グレイが冒険者をやめた理由は様々あったが、クルムが王位に就くようなことがあれば、そのほとんどの理由は解消される。

この言葉はグレイからの精一杯の歩み寄りであり、メナスはその気持ちを正しく受け取って笑った。

「それはいい! 今の若い冒険者たちの実力を見たら驚くぞ」

それをきっかけに、会話は和やかになる。

クルムは黙って二人の話を聞いていたが、会話の多くは、グレイが軽口をたたき、メナスが呆れたり怒ったりするということの繰り返しだった。

話を聞いていても、クルムはやっぱり、グレイがメナスたちの前から姿をくらませた理由が分からない。

ただ一つだけ思ったことがある。

それは、きっとグレイはグレイなりに、メナスとの関係を大事にしていたのであろうということであった。

朝食を終えると、メナスは自らが泊まっている宿を伝えて王宮から去っていった。

クルムは部屋に戻り、書類仕事をこなす。

珍しく今日はファンファがやってくることもなく、部屋は静かに体を鍛えているグレイと二人きりだ。

クルムは筆を動かす手を止めずにグレイに話しかける。

「……先生は、人から好かれていますね」

「なんじゃ、藪から棒に」

「いえ、なんとなく。……年を取った時、再会を喜んでくれる相手がいるのはいいものだなと」

果たして自分が王になって、晩年、どれだけの人が再会を喜んでくれるのだろうかと思う。

そういう人間になりたいと思うが、父王の感情がないようにすら見える采配を思い出してみると、王とはそういうものではないのかもしれない、と思ってしまったのだ。

もちろん、あんな王になるつもりなどないのだけれど。

「なんじゃ、王位継承争いなどやめて、冒険者にでもなりたくなったか?」

「いえ、そういうわけじゃないですが」

「うむ、それが良かろう。お主は魔法の才能がないからのう」

クルムは筆をゆっくりとおいて顔を上げてグレイを見る。

「……今なんか、そういう感じの話の流れじゃなかったと思うんですけど。先生はどこからでも人を馬鹿にしてきますね」

「馬鹿にしておらん、事実じゃ」

「欠点を事実として伝えることは、人を傷つけると私は先生の言葉から学びました。ありがとうございます」

「毎日学びがあって良いことじゃのう」

昨晩メナスの語りをしっかりと聞いたものだから、グレイがすごくいい人のように思えてきてしまっていたクルムであるが、ここで実際のグレイが糞爺であることを再確認。

目尻を数度ひくつかせると、深いため息をついて心を鎮め、筆を執って仕事を再開するのであった。