軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

今のところ平和

クルムは少し長い紐を通すことで指輪を服の中に隠すことにした。

胸元がふわりとした服を着ておけば見られることもないし、手を伸ばされればすぐにわかる。

身に着けていると不幸と死を誘引するというのは少しばかり気になりはしたが、正直この王宮に住んでいる限り、それらは常に付きまとう災厄だ。多少それが増したところで、今更どうなることとは思わなかった。

一カ月を無事に過ごし、パクス商会の後ろ盾を得ることができれば、今の段階ではできる限りの準備を終えて誕生日を迎えることができる。

そうなれば本格的に王位継承者争いへの参戦だ。

これまでクルムのことを気に留めても来なかったような兄姉も、参加を表明すれば流石に意識をしてくることだろう。

逆に言えば、今クルムにちょっかいを出してきているような兄姉は、ハップスを除けば勢力としては小さな方だ。

グレイを連れて最初に王宮へ帰ってきたときに出会ったケルンは、いわゆる古いばかりで力のない貴族たちから持ち上げられているにすぎないし、グレイに『毒婦』と称されたファンファは、街の成金たちからの支援を受けているだけだ。

特にファンファに関しては、クルムの出身を知っているからこそ、ああして牽制まがいのことをしてきている。

なにせ、街の高級娼婦出身のファンファの母親と、劇団のスターであったクルムの母親は、支援層がかぶってくる。しかもそれをあえて分類するのであれば、前者が陰、後者が陽という区分になるだろう。

どうしたってファンファはクルムの台頭を避けたいわけだ。

当面の敵になりそうなのはファンファ。

それはクルムにもわかっていることだった。

だからこそ、先日指輪を見られたことがどうにも心に引っ掛かっている。

「というわけでして、私としてはファンファお姉様の動向が気になるところです」

「お主、やらかしたのう」

説明を終えると、グレイは楽しそうににんまりと笑ったのち、ほっほと声をあげながら長い鬚をしごく。こんな反応が来るのではないかと分かっていたからこそ、説明したくなかったのだが、もっとも身近に控えているグレイにいつまでも黙っているわけにはいかない。

「反省しています」

「ま、反省しているなら良い。同じ失敗をせぬことが大事じゃ」

「……意外ですね。慰めてくれるのですか?」

グレイならばもっと徹底的に煽ってくることを想像していたクルムは、眉を上げて尋ねる。

「覚悟している者にいつまでもぐちぐち言ったところで、反応が面白くないからのう」

グレイらしい返答があって、なぜだか納得するクルム。

普段があまりにひどいので、まともな賢者らしい回答が返ってくる方が不安になり始めてしまったようだ。

そんなこととはつゆ知らず、真面目な表情に変わったグレイがさらに忠告をする。

「儂は優秀であったがゆえに、失敗の経験が不足しておった。結果、絶対に失敗してはいけない場面で失敗をした。失敗ばかりしてきた。儂のようにはならんように気を付けるべきじゃな」

グレイの口調には苦々しい思いが乗っかって、真を帯びたものとなっていた。

だからこそクルムも真剣な顔をして答える。

「私だって失敗ばかりです。すでに母も兄二人も失いました。でも最後は絶対に成功して見せます。だから先生は、安心して私と一緒にいてください。今度こそきちんと勝ち馬に乗っていますから」

「言うではないか」

クルムもグレイも、外ではあまり見せないような悪戯っぽい笑みを浮かべる。

そうして最後にクルムが一言。

「ところで、先生は本物ですよね?」

「ん? どういうことじゃ」

「いえ、随分と賢者らしいことを言っていたので、もしや先生の皮を被った偽物ではないかと」

「ははは、特別訓練を授けてやろう、この小娘め」

立ち上がったグレイに対して、クルムは入れてもらった茶をすすってから首を横に振る。

「今日はこれから外へ行きますので、また明日以降にお願いします」

クルムは涼しい顔をしているが、今から訓練なんてとんでもない話だった。

最近逃げ足だけは鍛えろと言われて、立ち上がると両足ががくがくの状態なのだ。

少なくとも、ウェスカが帰ってきて昼食の準備がされるまでは、クルムは一歩たりともこの椅子から立ち上がるつもりはなかった。

予定通り昼食終わりまでしっかりと休んだクルムは、すでにやってきている筋肉痛に耐えて、杖を突きたい気持ちに抗いながら堂々と街を歩く。

強がっている状態が分かっているのか、グレイがどこかご満悦なのが少しばかり腹立たしい。

今日の外出目的は、めぼしい人材の発掘である。

王都は広い。

ウェスカがグレイを見つけ出したように、まだまだ知られざる優秀な人材が眠っている可能性は十分にあった。

すでに名が知られている者は、他勢力に唾をつけられているから意味がないのだ。

「先生は長年あの場所で暮らしてきたのでしょう? 誰か思い当たる人とかいらっしゃらないのですか?」

すでに有名な人への紹介は断られたが、これくらいならばどうだと尋ねてみるクルム。

グレイはしばし鬚をなでながら悩んだ後「思い当たらんな」とあっさり答えた。

今回の場合は別に理由があるわけではなく、単純に本当に思い当たらなかったのだ。

グレイの住んでいた、いわゆる王都の端っこの方で優秀なものがいると、最近は根こそぎパクスが引き抜いてしまっている。だからこそ余計に治安が悪化してきていたわけで、ある意味パクスは恩をあだで返していたような形になる。

もちろんパクスにも考えはあったのだ。

グレイにはあんなところではなく、日の当たるところに引っ越してきてほしいと。

だがグレイは頑なにあの家から王都の中央部にこようとはしなかった。

グレイからすれば、教え子の世話にはなりたくないとか、素性がばれて足を引っ張りたくないとかそんな理由があったのだが、はた目から見るとただの頑固爺であった。成分としては九十パーセントくらいその通りであるので、否定は難しい。

とにかくそんなわけで本当に紹介できそうな人材には思い当たらないのであった。

クルムはグレイを連れて街の栄えている場所を歩き、時折顔なじみの商人に軽く挨拶をする。

その日も何も見つからなかったが、挨拶回りもかねての行動であるし、見つからないことが日常であるので、クルムにとっては落ち込むような出来事ではなかった。

ちなみに翌日『また明日以降』という言葉を覚えていたグレイは、クルムにいつもよりも厳しい訓練を課した。

根に持つ爺の前では迂闊な発言を控えようと、こちらもしっかりと反省したクルムである。