軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

打ち解ける?

魔法というのは、まず体内にある魔法を使うための器官を目覚めさせるところから始まる。

目に見えない小さな穴が全身に山ほどあって、それが開いていれば大気中に存在する魔法の素みたいなものを取り込み、全身に巡らせることができるのだ。

そうなると体の全てが魔法の素をため込む器官となり、ため込んだ魔法の素を練り上げることで、魔法を発現させられるようになる。

これを子供のうちに開く理由は、身体が成長してくるにつれて魔法の素を取り込むための穴が強固にふさがっていってしまうからだ。それを大人になってから無理やり開けようとすると酷い痛みを伴う。

聞いた話によれば、全身を細い針で貫かれたような痛みなのだそうだ。

グレイの知ったことではないけれど。

大体の者は悲鳴を上げた上、全身から液体を垂れ流しながら失神することになる。

最後まで耐えた上に何かを言ってから気絶したクルムの精神力を、グレイは素直に大したものだと内心称賛していた。

ちなみに体内にため込んでいる魔法の素を使い切ってもなお、魔法を使用することは可能だ。代わりに寿命は縮まるけれど。

面倒なことに、それは実にシームレスに行われる。

痛みもなければ苦しみもない。

だから、魔法を使えるようになってからまず教えるべきことは、自分の体の中にため込まれている魔法の素がどれだけあるかを感覚的に察することである。

どんなに脅したところで、小さな子供は調子に乗って魔法を使って、突然こてんと死んでしまうようなこともあるので、穴を開くのはぎりぎり普通に耐えられる程度の痛みの時に行われるのが一般的だ。

それがすなわち、一桁台の年齢の頃、というわけである。

それでも調子に乗って死ぬ子供はいるが、それはもう自己責任だ。

ちなみにグレイは優秀な兄の嫉妬と悪戯によって魔法の穴を開かれて、両親にはもう死んだものとしてしばらくの間、その命を諦められていた。

グレイが今生きているのは、ただただ、そんな小さなころから、しっかりとした自意識に目覚めていたからに他ならない。

だからグレイは兄が好きではなかった。

罪悪感からかずっと近付いてこなかったくせに、グレイが頭角を現した途端に命を狙ってきたのとかも許せなかった。

それでも殺さないでやったのは、一応血のつながった兄だったからだ。

結局父と同時期に殺したけれど。

グレイが茶菓子を食べながら大昔の記憶に思いをはせて一時間ほど。

急に意識を取り戻したクルムは、息を深く吸い込んで、生まれて初めて空気のうまさを味わっていた。

それから全身が汗でべたつき、気持ちの悪い状態であることに気づき、続いてグレイが呑気にお茶と茶菓子をしばいている姿を見つけた。

クルムはそっとベッドから降りると、足音をできるだけ立てないようにゆっくりとグレイの元へ近づいていく。グレイは何やら物思いにふけっているようで、一切クルムの動きには気づいていないように見えた。

確かに魔法が使えるようになりたいと頼んだ。

しかしいきなり頭を鷲掴みにしてあの所業。

白目を剥いて気絶しているところすら見られたのだ。

もはや遠慮なんて存在しない関係である。

なんとしても脇腹辺りに一発重たいのを食らわせてやらねば気が済まない。

ウェスカに習った歩法でじりじりと近づいたクルムは、腕をゆっくりと引いた。

体格差を考えれば本当は鈍器が欲しかったが、近くに手ごろなものがなかったので仕方がない。

徒手空拳での戦い方は、多少なりともウェスカに習っている。

食らえ、と声には出さないが厳しい表情で拳を繰り出すクルム。

その数瞬後には、自分の拳を抑えて痛みに堪えることになっていた。

当然グレイは、クルムが目を覚ましたことなんかには気づいていたし、何やら攻撃してきそうな気配も察知していた。

まぁ、今思えばちょっとやりすぎた、とグレイも反省のような事はしている。

流石に王女様が人前で失禁してはまずいだろう。グレイ的にはしなかったからぎりぎりセーフか、くらいの判断だ。

なんにしてもちょっとだけ判断を誤った自覚はあるので、一発くらいは黙って殴らせてやろうと決めて、インパクトの瞬間に腹筋にぐっと力を入れたのである。

結果は見ての通りだ。

岩を殴ったのではないかと思うほどの腹の硬さに、手首を痛めたクルムである。

付け焼刃で妙なことをするのが悪い。

「馬鹿じゃのう」

「……あんなに苦しいのなら、もう少し説明が欲しかったのですが」

追い打ちの罵倒に、自分の間抜けた状況が理解できてしまっているクルムは言い返すことができなかった。

代わりに先ほどの酷い仕打ちに対する文句を述べてみる。

「一瞬の話じゃ。覚悟しても緊張が長引くだけじゃろ」

「……そうかもしれませんけど」

「一発貰ってやったんじゃからお相子じゃ」

「気づいてたんですね」

「当たり前じゃろ」

全然釣り合わない気がするけれど、殴ったのに何も反撃されない時点で、悪いとは思っているのかなと推測したクルムである。

相手が悪いと思っていることをいつまでも責めるのも心が狭い。

ため息一つでクルムは先ほどのことをあっさりと水に流した。

だんだんとグレイの行動に対して寛容になってきているクルム。

そうでないとこの年寄りと本音で付き合っていくのは難しいのだから仕方がない。

「ま、大人は漏らしたり叫んだりするもんじゃから、よく頑張った方じゃな。大したもんじゃよ」

聞けばやっぱり許せなくなるクルムである。

真顔でグレイを見上げながら尋ねる。

「もう一回殴っていいですか? 事実を聞いたら許せなくなりました」

「褒めてやっただけじゃろ」

「できれば力は抜いていてください」

「嫌じゃ。そんなことより魔法の講義をするぞ。これは命に係わるからのう」

グレイはテーブルを指でコツコツと叩いて、さっさと座れとクルムに示す。

もう一度殴る機会は今はないようだ。

クルムは唇をへの字に曲げながら、言われた通りに席に着く。

次に殴る時は、手首の痛みが引いてからにしようと考えながら。