軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

わだかまり

バッハ侯爵たちと別れたクルムは、グレイに一つ頼みごとをした。

それは、自分に与すると決まったバッハ侯爵陣営の立て直しである。

話の流れの都合上ボキボキのベコベコにしてしまった暗殺部隊を、そのまま放置しておくわけにはいかない。雑に五十人はやってしまったので、全員屋敷に連れ帰ったのはいいものの、このままでは戦力がた落ちである。

「というわけで、先生、スペルティア様、よろしくお願いいたします」

「どうしても私様の力が必要だというのならば仕方がない。君の尻拭い。まったく、本当にどうしようもなく手のかかる仕方のない男」

「やかましい、本音を言え本音を」

「金の山。よくやった、末の王女」

事の顛末を説明しているおかげで、グレイがただ暴力を振るったわけではないとスペルティアも分かっている。流石に意味もなく大量のけが人を輩出していれば、いくら目をお金の形に変えていたとしても、医療従事者として真面目な注意の一つや二つしたはずだ。多分。

そんなわけで、治癒室引きこもりのスペルティアが、珍しく爺と共に出張をすることになったわけである。

スペルティアの容姿は目立つ。

外出する際にはそれを隠すためにフード付きの長いローブを着用しているらしく、その日もご多分に漏れず全身を隠した怪しげな格好であった。

怪しげな背の高い爺と怪しげな背の高い美女が横並びでお散歩である。

王宮の中ですれ違った者が、あれは何だと噂するのは当然であった。

街に出てからもそれは同じであったが、グレイとスペルティアは気にせずに話をする。

「先日バミと会った」

「バミか。エルフに勝るとも劣らぬ美形だった。私様もよく覚えている」

「すっかりしわくちゃの爺じゃった」

この調子だとバミは本当にスペルティアの下を一度も訪れていないのだろう。

スペルティアの中にあるバミの容姿は、グレイが再会する前と変わっていない。

徹底的に視界に入らないように気をつけて生きてきたに違いない。

「そうか。人の一生は短い。…………彼は、君がいなくなってから、一度も私様の元を訪れなかった」

「そうらしいな」

「私様にしては珍しく、心配をして、文をしたためた。しかし、返ってこなかった。風の噂で随分と無茶をしていると聞いた。君が隣にいないのに、よく王宮で生き残っている」

「あれは儂なんぞいなくとも、なんだってできる男じゃ。侮るな」

スペルティアは横目でチラリとグレイを見てから、小さくため息を吐いて「そうか」と空気に溶けるほどの小さな声を漏らした。

グレイは強い男だ。

強すぎる男だ。

そして、信頼を置いた相手に信頼を置きすぎる節がある。

男たちはそれが嬉しいようだが、人一人の力には基本的に限界というものがある。

馬鹿な話だと思うと同時に、なぜだか少しだけ羨ましくもあった。

数十年も離れていたくせに、グレイのことだから、きっと半分忘れていたかもしれないのに、再会した途端にこれだ。

スペルティアは長年同じ王宮にいたはずなのに、一度も顔を見せなかったバミのおぼろげな顔を思い浮かべながら尋ねる。

「……私様は彼に嫌われている?」

「お主は性格が悪いからな」

「そうか」

グレイの心無い返答が、いつも通りの憎まれ口だと思っていても、スペルティアはなんとなく文句を言う気にもならなかった。

五十年。

スペルティアが怪我を治せることを知っていながら、一度も訪ねてこなかったのだ。客観的に考えて、嫌っている可能性が非常に高いことは事実である。

「…………馬鹿な奴らじゃ」

「私様は天才」

「やかましい。なぜ会いに来ないと乗り込めばよかろう。それで強請りの一つでもしてやればよいのじゃ」

「それはもうした」

「したんかい」

動けぬほどの重傷と聞いて、五度ほど押しかけたというのに、そのどの時も見事にかわされてしまった。部屋に入れてもらえない。もし部屋に入っても留守で一向に帰ってこない。そんなことばかりだった。

「ならそりゃあ……バミの奴が悪い。今度引きずってでも連れてきてやる」

「そうか、楽しみ」

クルムがいる時とは違った、少しばかり落ち着いた会話が続く。

貴族の邸宅が並ぶ細道を歩きながら、スペルティアがまた話しかける。

「なぜ国へ戻ってすぐに私様を訪ねなかった」

「その件についてはこの間金を払ったじゃろうが」

「何でも金で解決するのか」

「お主から言ったんじゃろうが、この守銭奴が」

「実際お金が一番大事」

「一言前の自分に言ってやれ」

適当な会話ばかりしているが、スペルティアはこういうエルフであった。

真面目なことばかり言っているかと思えば、妙なところでユーモアを見せてくる。

本気で相手にすると腹立たしいが、ずっと喋っていると段々馬鹿らしくて面白くなってくる。

「金はたまったか」

「足りない。まだまだ足りない」

「そうか。…………要塞軍にはそこそこ戦力がそろっておるぞ」

「……そうか」

「だが、王位継承争いが終わるまでは待ってみても良いかもしれん」

スペルティアは足を止めて少し前に進んだグレイの背中に尋ねる。

「末の王女は、ナックスに似ている?」

「まるで似ておらん、じゃが……」

そこでグレイはぴたりと言葉を止めた。

人通りの少ない道の正面に人影が三つ。

背後に三つ現れたのだ。

明らかに挟み込むような形であるのに、それらから敵意や殺意をあまり感じられないのが、どうにも不思議な感じであった。