軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

バッハ侯爵の悪あがき

小屋まで戻ってきたところで、残った暗殺者たちが正面に数人と、あちらこちらに隠れて待っていた。小屋を守るように配置されているのを見て、グレイは首をひねる。

これではまるで、小屋の中にバッハ侯爵が残っているかのようだ。

確かに中に人の気配はあるのだが、普通に考えていれば逃げているはずである。

さて、どうしたことかと顎鬚を撫でていると、小屋の扉が開き、苦々しい表情をしたバッハ侯爵が現れる。バッハ侯爵は、残存勢力とグレイたちの傷一つない様子を確認すると、奥歯をぎりりと鳴らしてクルムを睨みつけた。

クルムは平然とした顔でそれを受け止めて微笑む。

「帰り道に暗殺者が次々と襲ってきましたので、忠告のために戻ってきました」

「……殿下は、その老人の正体を知って共にいるのですかな?」

バッハ侯爵が知っているクルムは、もっとおしとやかでボヤッとした性格をしていた。今の時点でそれが猫を被っていた姿であることは確定しているが、それでもどこまで切れる相手なのかはまだ分からない。

クルムからの皮肉を無視した、付け入る隙を探るためのジャブだった。

もはやなりふり構っている余裕はない。

「私の教育係ですね」

「グレイ=フォン=アルムガルド。親兄弟を殺し、王族を殺めたこともある大罪人ですぞ」

「え?」

驚いたのはクルムではなくファンファである。

ファンファが聞いているグレイの情報は、凄腕の冒険者であった、ということくらいであるから、驚いて当然だ。

「その話からすると……、バッハ侯爵、あなたも今日で王族殺人未遂の大罪人ですね。それも二人まとめてですから、なかなか罪は重たいのではないでしょうか?」

「知っているのですな」

「既に国外追放期間は過ぎ、罪は償った後です。なんの問題がありますか?」

バッハ侯爵からすれば、クルムはそんな大罪人というジョーカーを、平気で自らの陣営に引き入れたという解釈になる。バッハ侯爵から見ても、並外れた度胸の持ち主であり、その器の大きさが途端に見えなくなった瞬間であった。

本当は偶然の出会いから、引けぬところまできて受け入れた形だが、今この瞬間に話だけ聞けばそんな経緯は分からない。

バッハ侯爵は父が当主である間に、さんざんグレイの話を聞かされているから、その融通の利かなさをよく知っている。気にくわないからと多くの高位貴族と敵対。王族相手でもそれは変わらず、共にいた王子をしても手におえない暴れ者だったらしい。

挙句、王宮での突然の暴挙。

あの『剃刀』大臣バミ=レックスが、命を投げうって説得したお陰で一時は手を引いたが、それがなければ、王族への被害はさらに広がっていただろうと言われている。

まともにコントロールの利くような人間じゃないのだ。

暗殺ならばまだしも、公衆の面前で真正面から王族を殺して堂々と王宮から去って行ったものなど、後にも先にもグレイしかいない。

爺になったから衰えているだろうなんてとんでもない。

襲った地点からここに戻ってくる速さをざっと計算しても、ほぼノンストップでバッハ侯爵の手の者を退けてきただろうことが分かる。

「いずれ国に災いを招きますぞ」

「私はそうは思いません」

クルムはゆっくりと首を振って、バッハ侯爵の揺さぶりを相手にもしない。

「まぁ、もしそうなるとすれば、それは私のいたらなさによるものでしょうね」

齢十三歳。

見た目は年齢にふさわしい少女でしかないというのに、その落ち着いた姿は、やけに威厳のあるものに見えて来る。ただの神輿として半分馬鹿にされているケルンと比べてしまうと、どうしたってクルムの方が王にふさわしいように見えてしまうのは仕方のないことであった。

ケルンは現実が見えていない。

王族らしい堂々とした振る舞いをしていれば、いずれは旧貴族派が自分を王にするために盛り立ててくれると信じている。

言われたことはきちんとこなすし、権威を下げるようなことはしない。

ただ、それだけだ。

毒にも薬にもならぬ存在。

いや、時折我を出して汚いことをするなと言ってくる分、バッハ侯爵からすれば毒成分の方がやや強いくらいだ。おかげでユゥバ子爵のような、ただ真面目に仕事をしているだけで、どうしたら政権を本気で手に入れられるか考えていないような輩がのさばってしまっている。

担ぐには物足りない、とずっと思ってきた。

そして、この王女と組んでいれば、バッハ侯爵家はもっとうまくやれるのではないか、とも一瞬思ってしまった。

しかし、相手側には憎き仇であるアルムガルドがいる上、これだけのことをしでかして生きて帰れるわけがない。

とっくに手遅れだ。

あの情けない父の言う通り、アルムガルドに手を出すべきではなかったのだ。

だが、手を出さずにくすぶっていたとしても、今となっては何かが上手くいっていた、とも思えないが。

「お主、なぜ逃げなかった」

バッハ侯爵が最後の攻撃指令を出そうとしたところで、不意にグレイが口を開いた。先ほどさんざんぱら煽り倒してくれた時の煽るような雰囲気はなく、ただ純粋な疑問であった。

「…………自ら育てたものを信じず逃げて、私に何が残る」

「ほう、暗殺者など捨て駒ではないのか?」

「捨て駒であり、私自身だ」

バッハ侯爵は暗殺部隊を失くした時の自分の家の影響力の低さを、散々思い知っている。馬鹿にしたものを、蔑んできたものを見返すために、人生をかけて暗殺部隊の再建に臨んできたのだ。

ここですべて失えば、その先に残るものは何もない。

バッハ侯爵の歩んできた人生は全て無駄だったということになる。

暗殺部隊の者たちも、それを知っているからこそ、忠誠心が厚いし、命懸けの行動もいとわない。

「なるほどのう……、ただの糞ではないか」

「何を言うか、化け物め……」

「バッハ侯爵様」

グレイの言うことが理解できずに、今度こそとバッハ侯爵が息を吸ったところで、今度はクルムが声を上げた。

いちいちタイミングの良い主従で腹立たしいことだ。

「さて、私には今からでも交渉に応じる余地があります。互いに本音のところでお話ができるのではないかと思いますが、いかがでしょうか?」

振り上げようとした手が、急に重たくなる。

諦め、もういいと自暴自棄になったところに、妙な希望のようなものをちらつかせて来る。

悪魔の誘いか、救いの手か。

バッハ侯爵はその内心を何とかして見通すべく、クルムの瞳をじっと睨みつけるのであった。