軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

糞スライム(屍纏い)

昼前まで山登りをして、実に十三の魔物を退治してきたグレイは、不意に地面に注目して「ふぅむ」と唸った。

つられて地面を見たクルムは、何かぬらぬらと光るものが岩陰に向かって一筋伸びていることに気が付く。

「これはなんです?」

「これはじゃな……」

グレイが説明をしようとした瞬間、岩陰からころりと何かが姿を現した。

そちらに目を向けたクルムは、その巨大な球体に目を見張る。

人間想像もつかないようなものを目にすると、一瞬思考が停止するものだ。

それは、日の光を反射して、奇妙に虹色に光っていた。

さりとてそれは虹のように美しくなく、脂の浮いた濁った水のような汚らしさを感じるもので、生理的嫌悪感を持たざるを得ない。

表面を覆う膜のようなぬめりの中には、大小さまざまな骨が蠢いている。

しかしそれは、生物の形を構成するように、関節を持ってうまく組み合わさっているのではなく、ただぐちゃぐちゃに、むりやり一つの塊にしただけの骨の集合体でしかなかった。

その中にはいくつもの生き物の頭部も混ざっていることから、それが元々そんな骨を備えて生まれた生き物でないこともわかってしまう。

クルムは観察をするうちに、その骨の中に一瞬、人のしゃれこうべと、金属製の剣を見つけてしまい、急速に背筋が冷たくなった。

ごろり、とそれが転がると、飛び出した骨の部分がかちりとも、ぽきりとも言い難いような妙な音を立てる。

これまでグレイが倒して来た魔物が生物だとすれば、これは化生の類にしか見えない。クルムは思わず半歩じりっと足を下げてしまった。

転がり始めたそれは、時折その体内から細かな骨を弾き飛ばしながら、ただ真っすぐにグレイたちを押しつぶさんと迫ってくる。

グレイはぱっとクルムの腹に手を回すと、くるっと踵を返してその塊から逃走を始める。

信じられないことだった。

もちろん、急に抱え上げられたことではなく、あのグレイが、敵に背を向けて逃走を開始したことについてである。

「せ、せん! せんせい! かっ、勝てないっ、相手なのですか!?」

「馬鹿言うな、舌噛むから黙っとれ!」

ほんの数秒で最高速度に到達したグレイは、一度地面を蹴っただけで、数メートル先まで飛ぶように進んでいく。

もはや言われるまでもなく、クルムは言葉を発することができなかった。

目を回して意識を飛ばさないことだけで必死である。

やがて岩陰に入り急に足を止めたグレイは、その場にクルムをポイっと置いた。

なんとか目を回さずに済んでいたクルムが横を見ると、グレイが岩の外へ出て何かを口の中でぼそっと呟いた。

そして手のひらの上に生み出された魔法を、しつこく追いかけてきているであろう骨の塊に向けて投げつける。

「うぉりゃ!」

急ぎ顔を覗かせると、その魔法は骨の塊にまっすぐに吸い込まれていく。

何が起こるのかと思っていたクルムであったが、直後「何しとるんじゃ!」と、グレイに体ごと岩陰に引きずり込まれた。

「魂夜!」

グレイが声を出すと破裂音がして、辺りに骨が吹き飛ぶ音がしてくる。

当然のようにクルムたちの近くにも飛んできた骨が、地面を穿ち、岩を削っていく。それと同じくびちゃりと飛んできていた粘液は、クルムの近くに生えていた草の上に落ちると、じゅっと音を立てて草を一瞬にして溶かしてしまった。

「さぁて、上手くいったかのう」

さっさと立ち上がって岩陰から魔物が爆散した辺りを眺める。

クルムも何とか膝をついた姿勢から、岩に手をかけて立ち上がろうとしたところで、パシッと腕を掴まれる。

「糞スライムの体液に触れてはならんぞ」

「……触れるとどうなるんです?」

「溶ける」

「気をつけます……」

周囲に気をつかいながらそっと立ち上がったクルムが岩陰からそっと周りを見ると、あちこちに草花が溶けたあと。それから様々な骨が地面に散らばり突き刺さる、地獄のような光景が形作られていた。

「……あれも魔物ですか?」

「うむ」

「名前、何と言いましたっけ……?」

聞きなれない名前だったのでクルムが確認のために問いかけると、グレイは岩陰から出て爆散した中心地へと歩き出す。

「ああ、あれは 屍纏(しかばねまと) いじゃ」

「さっきと違いませんか?」

「さっきのは儂が勝手につけた名前じゃ」

ずんずんと進んでいくグレイの後を、クルムは恐る恐るついていく。

「体液が飛び散っていたら、歩くのも危険では?」

「本体を離れればすぐに効果を失うから大丈夫じゃ。もう問題はない」

「そうですか……」

グレイが歩いて到着した先には、真っ赤な掌大の球体が落ちている。

それはどくどくと脈打ちながら、少しずつ体液を分泌し、グレイから少しでも距離を取ろうと移動しているようであった。

グレイは足元に落ちていた石を拾い、手首だけでぴっとその球体に向けて投げつける。

そんな僅かな動作であっても、恐ろしい速度を持って球体に襲い掛かった石は、その球体の膜を破り、動きを完全に沈黙させてみせた。

「ようし、これを持って帰って加工させてやるとするかのう。どんな反応をするか楽しみじゃわい」

しばらく待ってから皮だけになってしまったベロンとした赤い何かを見て、グレイが意気揚々と笑う。

「……ああ、そんな話でしたね」

とんでもない魔物を倒した目的がそれだと思いだしたクルムは、なんだか急に現実に戻ってきたような気がして、肩の力を抜いて呆れた顔をしてみせるのであった。