軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

逃げたいカリヴ

カリヴは一歩家へ入った瞬間にぐっと体を沈めると、振り返りながら走りだそうとする。不意をついてこの場から逃げ出そうとしたのだろう。

しかし、立ち位置を変えたグレイに正面衝突するだけの結果に終わった。

「なんじゃ、よろけたのか?」

「……どいてくれ」

「いーや、どかん」

「くそ、悪く思うなよ!」

力づくでグレイを押しのけて行こうとしたカリヴであったが、最初は遠慮して、続けて全力で押しのけようとしてもうんともすんとも言わないことに、頭を混乱させた。

確かにグレイは体つきが非常に良いが、カリヴもまた、毎日ロブスたちの戦いについて回っているだけあってしっかりとした体つきをしている。普通に考えれば、どう見たって老人であるグレイを、ほんの僅かにも押しのけられないはずがない。

顔を真っ赤にして押しのけようとしても、結局出口は塞がれたままだった。

ロブスの方にチャレンジしない理由は、この朴念仁の強さをいつも近くで見ていて肌で知っているからだろう。

「おい、カリヴ、そんなに俺たちに会いたくねぇ理由があるか」

立ち上がってやってきていたヴァモスが、怒りをあらわにしてカリヴの背中に話しかける。しかしカリヴは返事をしない。

「だんまりかよ。俺はともかく、娘がはるばる王都からこんなとこまでおめぇを探してやってきたんだぞ! おい! 何とか言わねぇか!」

ヴァモスが肩を掴んでぐっと力を入れても、カリヴは振り返らない。

病気で痩せたヴァモスには、現役のカリヴをどうこうする力はなかった。

「てめぇ! この野郎!」

「爺ちゃん!」

ヴァモスが顔を真っ赤にしながら拳を振り上げたところで、ラーヴァが鋭くヴァモスを呼び止めた。

「やめてよ、爺ちゃん」

「おめぇは黙っとけ! この糞野郎の根性叩き直してやるのは俺の仕事だ!」

「爺ちゃんこそ黙ってて! 勝手に私のことで怒んないでよ!!」

「…………お、おぉ?」

ラーヴァの声は家中に響き渡り、近くで聞いたヴァモスなどは鼓膜が酷く揺らされてぐらりと来たほどだ。

「爺ちゃんありがとう、でもさ、そんなことどうだっていいんだ」

カリヴの真後ろまで歩いてきたラーヴァは、一度泣きそうな顔になってから、改めて表情を引き締める。

「……父ちゃん、家出てくときの約束覚えてるかよ」

「……ああ」

「じゃあどうなんだよ」

「そんなもの……」

カリヴは少しためらってから、ぐっと顎を上げて答える。

「随分と前から、俺が国一番の加工職人だ」

「……じゃあいいよ。私も加工職人になるんだ。まだまだ修行中だけど、父ちゃんは私に抜かれないようにそのままでいてくれよ」

「……ああ」

「爺ちゃん、最近病気がちでさ。でも、父ちゃんが何で死んだかはっきりさせてやるって、最近元気になったんだ。あんなでも、ずっと父ちゃんが死んだって聞いて悲しんでたんだ」

「……そうか」

「顔合わせてくれねぇかな」

カリヴはくしゃりと顔に皺を寄せて、酷く情けない表情になった。

しかしそれでもなお、頑固な態度を崩さず振り返ろうとしない。

「俺はな、お前らと顔を合わせる機会を捨てて、〈要塞軍〉で生きることを決めたんだ。合わせる顔なんてあるかよ」

「そんなこと……」

そんなこと思っていない、とラーヴァは言おうとして途中でやめた。

これはラーヴァたちではなく、カリヴの方の気持ちの問題だ。

何を言ったところで代々頑固な血筋を引いたこの親父は、振り返ったりしないだろう。それだけの覚悟で〈要塞軍〉に残ることを決めている。

「いや、折角来てくれたんだから会ったらいいじゃないすか」

「うるせぇ」

あっけらかんと言い放ったのはロブスだ。

いい意味でも悪い意味でも……、前者の場合が九割を占めるが、とにかく空気を読まない男であった。

しかしそれは正しく、本人以外の気持ちの全てを代弁していた。

「さぁ、どいてくれ。喋るべきことは喋った」

カリヴは目の前にそびえたつグレイを睨みつける。

「嫌じゃが?」

グレイは顎鬚をなでながら、もしや話を何も聞いていなかったのではと思うほど、一切の迷いなく要求を拒否した。

カリヴは一瞬呆けてから、がりがりと頭をかいて、それから今度はロブスの前に移動して「どいてくれ」と言った。

「別にいいすけど」

ロブスは別に退路を塞ごうと思って塞いでいたわけでもない。

最初から要求すれば退いていたことだろう。

ロブスが空けた道をカリヴが通り抜けようとした瞬間、残像を残してグレイが目の前に出現する。

「…………は?」

グレイは鬚をなでながら涼しい顔をしているが、わざとカリヴが立ち去るのを邪魔していることは明らかだ。

カリヴは左右に移動し、時にフェイントを入れながら通り抜けようとするが、そのすべてがグレイに阻まれる。無理やり押しのけようとしても、やはり微動だにしないから質が悪い。

やがてカリヴだけが一人息を乱す形で、状況は膠着状態に陥った。

先ほどまでのしんみりとした雰囲気はどこへやら。

どこか喜劇のような雰囲気まで漂い始めている。

「……ふん、無駄だ無駄。カリヴ、お前俺の父ちゃんの話覚えてるか?」

ヴァモスの質問にカリヴは答えない。

だからヴァモスは勝手に話を続ける。

「俺の父ちゃんは、貴重な素材を豊富に使って国一番の加工屋になった。当時そんな貴重な素材のほとんど全部を持ってきていたのがこの爺だ。ちょいとここらで鍛えたところで逃げられるかよ」

ラーヴァとカリヴのやり取りに納得したのか、それともグレイとの滑稽なやり取りに馬鹿らしくなったのか、ヴァモスの言葉からはすっかり険が取れていた。

「何でそんな爺がこんなに元気なんだよ……」

「まぁ、俺の先生っすからね。俺もこの間普通に負けたし」

「お前が……負けた?」

「普通に負けたっす」

目の前にそびえる壁が、思ったよりも高いことを知らされたカリヴは、変な顔をしてほんの僅かに後ずさりした。