軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

センチメンタル老人

寝て起きたらグレイとアンが普通に会話していることに、家長以外の家族たちも、クルムもぎょっとした顔をした。どちらも中々癖の強い老人であるから、何が起こったのかと動揺するのも無理からぬことだ。

〈サッシャー家〉の面々には家長から早めに情報を共有されたが、クルムはグレイと二人で話す時まで情報が回ってこない。朝食を終えて出発したところでようやく隣に並んで話をすることができた。

「何かありました?」

「昔の知り合いだっただけじゃ。ま、気にするでない。しかし……、この先は強めの魔物が出る可能性があるのう」

グレイもまた冒険者時代には旧アルムガルド領の街を避けるようにして移動していたので、その辺りに入り込んだことはなかった。当然〈要塞軍〉もやってきていないので、何かしらの魔物の巣窟になっている可能性がある。

「この先、ですか? 分かっているのならば引き返せばいいのでは?」

クルムは〈サッシャー家〉が旧アルムガルド領の街へ向かっているとは知らない。

危ないならば行かなければいいという提案は当たり前のものであった。

「……というか、まるで目的地があるかのような話し方ですね」

「察しの良いことじゃ。あの老婆、アンは旧アルムガルド領の出身でな。この先には儂の生まれ故郷がある。今や誰も住んでいないそうじゃが」

グレイが遠く先を見つめながら顎鬚をなでる。

クルムは横目でその表情をしばらく観察してから、「故郷ですか」とだけ呟いた。

王都で生まれて王都で育ったクルムには、故郷という概念が今一つしっくりこない。

敵がたくさんいる王宮はあまり好きではないが、ただ、自分がこうして出かけている間に王都が滅んで廃墟になってしまったらどんな気持ちだろうと想像してみる。

そうしてなんだか薄ら寒いような感覚を覚えて、想像を中断した。

喪失感なのか、無力感なのか、他にもいろいろな気持ちが混ざった妙な感覚だ。

とにかく、気持ちの良いものではなかった。

「すまんがちょいとばかり立ち寄らせてもらえんかのう。昔世話になった者の墓参りじゃ」

「……もともとそんな予定でしたから、私のことはお気になさらず」

今日のグレイはどこか大人しい。

いつもの様な張り合いのないグレイが少しばかり心配になるが、これが普通の大人というものである。

今日はあまり余計な雑談もせずに、一行は気を引き締めてひたすらに森に飲み込まれた道を進んでいく。

遠くに見える崩れた壁の隙間から、これまた朽ちかけた家が覗いていた。

アンが足を止め、廃墟の街をじっと見つめる。

胸中に様々な思いが去来しているのだろう。しかしその表情は険しいままで、あまり良い思いがやってきていないことは確かだった。

風が吹いて周囲の木々が揺れ、それに紛れてみしりと小さな音がする。

僅かな変化でも聞き逃さないのは、優秀な冒険者の証だ。

グレイと家長とその妻、それに二人の息子は一斉に振り返って音の方向を確認した。

木の上には白い毛を纏った黒目しかない猿のように見える魔物が、石を手に持って振りかぶり、正に投擲したところだった。

石はまっすぐにアンに向けて投げられている。

この中では弱そうに見え、しかも孤立しているアンを正確に狙っての攻撃であった。

石など身体強化をしていればそれほどの脅威ではない。

ただ、今からでは身体強化の支援魔法は間に合わないのが普通だ。

武器で迎撃をするか、身を躱すかの二択になる。

年老いたとはいえ、ちゃんと気付くことができていれば、アンもそんな攻撃は容易く躱していたことだろう。

しかしアンは実に数十年ぶりの故郷の荒れ果てた姿に、心を奪われている最中だった。ベテラン冒険者にして痛恨の失敗である。

石がまさにアンに迫ろうというとき、咄嗟の判断で家長が剣を抜いて間に入ったが、その前にぬっと巨体が現れて腕を振るった。

「糞猿がっ!」

投げられた石を、それよりも二周りは大きな拳が迎撃すると、破裂音がして石が弾ける。ついで木の上にいた猿が、驚愕する間もなく「ぎゃっ!」と声を上げて地面に落ちた。

グレイが弾いた石の一部が、猿の体を散弾のように打ちのめしたのだ。

「油断しすぎじゃ」

振り返って目を見開いていたアンに対して、グレイが一言放つ。

「相変わらずめちゃくちゃをするね。そのよくわからない魔法も含めて」

「随分と強くなったじゃろう」

戦いに入っていつもの調子が戻ってきたグレイに、クルムはなぜか安心をしながら小さく笑った。それにしても曲芸の様な見事な迎撃である。

一匹の猿がやられると周囲からぞろぞろと白い毛の猿が現れる。

隠れて様子を見ていたのだ。

魔物の名前は黒点猿。

一匹一匹の実力は大したことないが、隠密能力に長けている。

その上それなりに知性があるので、人の嫌がることをするのも得意で油断することのできない相手だ。

「そんなことは前の戦いで分かっていたよ。まったく……」

アンは口の中でもごもごと何かをしゃべる。

直後、何を言っているのだろうと耳を澄ませたクルムの耳膜を、老婆の怒りの声が震わせた。

「人のふるさとで我が物顔をしているんじゃあないよ!」

突如地面から伸びた岩で作られた棘が、十数頭はいる黒点猿の体を次々と串刺しにしていく。三頭ほどは慌てて回避したが、そちらは〈サッシャー家〉の家長の妻が放った尖った石に貫かれて絶命することとなった。

「悪かったね、油断して。こっからは警戒していくよ」

「目的地はどこじゃ?」

「もちろん、私の実家さ」

アンは冒険者の嫁となり、長く〈サッシャー家〉を支えた女傑だ。

先ほどまですっかり感傷にふけっていたはずが、いつのまにやらすっかり戦う女の顔に戻っていた。