軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

殺すのは母の想い

「……ま、ご……むすめ?」

まずい……。

クリフォードは、ニタァアとイヤらしく笑うガバスの言葉に、思わず口元を手で押さえた。

『ぐひひ……』

「……まさ……か……」

まさか……である。

ガバスを誘拐犯として仕立て上げられたのには、クリフォードがメイルンの義理の兄、親族だからという理由があったからである。

『そう、ワシの孫娘だぁ……娘も心配しておるぞ?』

まずい……まずいまずい……。

ガバス アヤブドールを舐めすぎていた。

そこまでするか。この男、自分を追い詰める為に、メイルンを娘にしたというのだ。

親族だから……そのアドバンテージが吹き飛んだ……。

いや、むしろメイルンがガバスサイドな分、不利なのはクリフォードの方だ。

いや……そうじゃない……。

この話で一番ヤバいのはそんな事ではない。

クリフォードが顔を真っ青にしているのは、もう一つの理由……それは――

大貴族 ガバス アヤブドールの孫娘を誘拐してしまったこと……。

『いるのだろぅ? ワシの孫娘がなあ……』

ただの孫娘を誘拐するとは、話が違う……。

貴族の中でも高位に位置するアヤブドール家の、正式な孫娘を誘拐したとなれば、自分は大犯罪者、テロリスト扱いでもおかしくない。

それだけは認める訳にはいかない。

「……いやですねぇ閣下。まだ孫ではないでしょう?」

『……ふむ』

そうだ……認める訳にはいかない。

大貴族の孫を誘拐したと認める訳にはいかない。

クリフォードは冷静に、焦る頭に言い聞かせる。

「……ブラフは困りますよ」

『……』

確かにガバスの言葉には肝を冷やしたが……間違いなくブラフだと分かる。

いくらガバスが、本当にテレサを孫娘として手続きをしようとしても不可能だからだ。なぜならテレサはクリフォードの手元にいる。

本人が手元にいない以上、手続きは不可能だ。

「私は……閣下の孫娘を誘拐などしておりませんよ……ああ、でも姪のテレサが遊びに来ていましたね……お返ししましょう」

とはいえ、恐らくメイルンは養子にしたのだろう。そしてテレサも手元に戻り次第、孫として手続きをするはず。

完敗である。悔しささえない。

大犯罪者になる前に手放すしかクリフォードに手はないのだから。恐怖の方が強い。

『……ふむ、殊勝だな』

「ええ、平民のテレサをお返ししますよ」

平民……おかしな言い方だが、これだけはハッキリしておかなければならない。

いくら誘拐したのが明らかだとしても、誘拐した時には間違いなく平民だったと主張しておかなければ……。

『くくく……ダメだなぁ……ダメに決まっておるだろ?』

「……なにを」

『貴様は間違いなくワシの孫を誘拐したのだ……それで済むはずがないだろ?』

ガバスの目が細められ、クリフォードを射抜く。

「……ですからそれは――」

「本当ですよ」

それを返したのは成り行きを見守っていたメーテルだ。

「テレサ アヤブドール……間違いなく手続きが完了してますわ。だからこその、この厳戒態勢なのですよ」

「嘘だ! 違う、そんなはずはない! そんな時間など――」

『ぐふぁはははっ! 本人確認も済んでおるぞ! 指紋声紋魔力紋! 有りとあらゆる本人確認をして孫娘の手続きを行っているわ!』

「あ…………」

ここに来て……ようやくクリフォードは気づく事が出来た。自分は完全に嵌められたことに……。

テレサは二人いた……。

最初に誘拐したテレサB……そして後に誘拐したテレサA。テレサAが本物だとすると……。

「……わざと……誘拐させられた……」

『ぐふっ、ぶはは! ちなみにだがなぁ……映像も残っておるぞ? キサマの所の職員が誘拐する瞬間が!』

映像を記録する魔道具……一般的に広まっている魔道具ではあるが。大きな欠点がある。繊細な魔力のせいで常に揺れ動く魔力を調節しなければならない。

つまり、常に誰かが撮影していないと機能しない。突発的に起こる事象を記録するなど不可能なのだ。

それなのに、誘拐の場面を記録されるなど、分かっていないと出来ることではない。

完全に嵌められている。

正式にガバスの孫娘となったテレサを誘拐させられた。……詰んでいる。

なら……テレサBは……なんなのだ?

『どうした? そんなに唆る表情をして……』

ニヤニヤとした大貴族の声が頭の中で反響する。

『幽霊にでも化かされたんじゃないか? ぶぁっヒャヒャヒャヒャ!』

クリフォードは両膝を地面に打ち付ける。

もう、自分は終わりだ。いや終わったのではない、終わらされたのだ。ガバスにより完膚なきまで潰された。

正式に孫娘にするだけでクリフォードは手を出せなくなるはずだった……。なのに誘拐をさせられた……。潰されたのだ。

「それでは行きましょうか」

「……はは、……そうですね」

いっそ清々しいほどの負けっぷりに、クリフォードは諦めと笑いが込み上げてくる。

「……完敗ですね。悪党としての格を思いしりましたよ。まさかオモカトルまで利用して潰してくるとは……徹底している……」

どれか一つでも致命傷の策をこれでもかとトッピングされたのだ……。逆に冷静にもなる。

「そうですね……貴方は嵌められたし、私達は利用されたのでしょう……ですが――」

「がぁっ!」

クリフォードの顔面が地面に押し付けられる。メーテルがネクタイを掴んで地面に引き倒したのだ。

ギリギリと人間離れした力でネクタイを引く力が強まる。

蹲っているクリフォードの耳元でメーテルがドスの利いた声で囁いた。

「子を思う母親の嘆きが……本物かどうかは分かりますわ……」

「……ぐっ……お……や?」

それだけ言うとメーテルはネクタイから手を離す。

「ゲホッゲホッ! ……メイルン……ですか」

クリフォードは痛む首を撫でながら、納得をした。

『オモカトルの花』、高位貴族の夫人だけで構成されたその集まりは子を持つ母親の集いでもある。その主な活動内容は孤児院の出資や、虐待を受ける子供の保護など多義にわたるが、一貫して『子を守る』だ。

ガバスのやった事は繋ぎを作っただけ。ガバスにオモカトルの説得など出来ないだろう。

苛烈な夫人達を動かしたのは、母親のメイルンの訴えだったのだ。

服の汚れを払いながらも薄く笑うクリフォードの表情は憑き物が落ちたように穏やかだった。

『最後に……一つ聞いてよいか?』

「……なんでしょう?」

ガバスがクリフォードに話しかける。そのガバスの顔からは嘲りではなく単純な疑問が浮かんでいた。

『何故……運命力だったのだ?』

「……」

『メイルンから貴様の目的は聞いておる。なぜ不確かでよく分からない運命力などにこだわったのだ? あっただろ、若さが欲しかったり力が欲しかったのなら他に幾らでも確実な手段があったはずだ』

「……あぁ、そういえば何故でしょうね」

クリフォードは何かを思い出すような顔をする。

「そうか……あえて言うなら『言い訳』ですかね」

「……」

「単純で下らない理由です……好きになった女性がいたのですが、僕は選ばれなかった……僕と彼、何が違うのか。選ばれなかった言い訳が欲しかったんですよ」

クリフォードはヒビの入ったメガネを掛け直す。

「僕が選ばれなかったのは……彼より劣っていた運命力のせいだってね……それ以外は勝っているつもりでしたから……でも、それでも彼女の瞳に僕が映ることはなかったのでしょうね……」

おどけて肩を竦めるポーズをとる。

「下らないでしょ?」

『……ふん。そうでもないわ……』

「僕も一つ聞いていいですか?」

『……いいだろう』

「テレサBはいったい何だったのですか?」

『……ふっ』

ガバスは薄く笑う。

『……何だそれ? ……知らんけど』

その後、遊園地に捜索の手が広まり、隅々まで探された……。

しかし、必死の捜索にも関わらずテレサ アヤブドールは発見されなかった。