作品タイトル不明
いらねぇだろ?
豚貴族ことガバス アヤブドールは絶対絶命の危機にあった。貴族である筈なのに身の回りには護衛も存在しない。
それなのに、目の前にはニヤニヤと自分を殺そうとしている最悪の殺し屋。プレジールヴィイと、血の繋がりのある実の息子が迫っている。
「父上……いえ、ガバスよ。民の為に当主の指輪を渡して下さい。そしてアナタは息子の私が止めさせてもらう」
そんな瀕死の豚貴族に息子が覚悟を決めたような声で語りかける。息子、クロートザック アヤブドール。
非常に整った顔立ちだと親ながらにガバスは思う。
「ハハッ! 何度も言っておるだろ。これはワシの指輪だザックにはやれんのう」
刺された腹を押さえながらも、醜悪な笑みを浮かべながら豚貴族はのたまう。しかし、その瞳には自分は死ぬのだという諦めの光があった。
「残念です。アナタは最後までそうなのですね。……いいでしょう屋敷のどこかにはあるのでしょうから」
そういってクロートザックが右腕を挙げると、殺人鬼プレジールヴィイが待ってましたとばかりに歩みを進めた。
「ふん、これがワシの最後か……」
目を瞑る。
「…………まさに……悪党の最後って感じっスね……」
ガララ……と瓦礫が崩れる音がすぐ近くで聞こえ、豚貴族は僅かに目を開いた。瓦礫から這い出してきたのは最近豚貴族の頭を悩ませてきた少女だ。
「……おいおい、どんな小細工だ? ガキが生きていられる威力じゃないんだけどな」
プレジールヴィイは心底不思議な顔で立ち止まる。強者として生きてきた彼には、少女の存命がありえない事だと分かっていたからだ。
「ふん、生きておったか小娘。そのまま死んだふりをしておけば助かったものを」
「……」
豚貴族も驚きなぎらもいつもの憎まれ口を叩く。
ポタリ、ポタリと少女は血を流しながら浅い呼吸を繰り返している。生きていたのは驚愕だが瀕死なことに変わりはないようだ。
「まさかワシの最期がこんな意味の分からぬ小娘と一緒だとは思わんかったぞ」
「ははは、何を悲観してるんスか……『死にたがり』の癖に……」
少女の言葉に豚貴族が目を見開いた。
「…………なんだと? 誰が死にたがりだ」
瞬間、少女は豚貴族に掴み掛かった。
「アンタだよ!」
いつもの小狡そうな少女の表情ではなく、真っ直ぐな怒りの目に豚貴族は視線を逸らしてしまった。
直視出来なかった。
一縷の嘘も許さないとばかりの目に気押されてしまったから。
――――――――――――――――――――――
本当は随分と前から気づいていた。
「アンタは死にたがりだ!」
豚貴族はずっと自殺をしようとしていたんだ。
「…………」
豚貴族は目を逸らしたまま俯く。まるで叱られた子供だね。
最初は単純な気付きだった。豚貴族は馬鹿なんかじゃないって。ちゃんと考える事ができるんだって。
馬鹿じゃない、それなのに時折、馬鹿な行動を取るんだ。護衛を遠ざけたり、一人で出歩いたり。
「アンタは!」
その理由が分からなくて馬鹿だと思っていたんだ。
でもその理由に予想が付いてしまった。
そして、その事に気づいて私は酷く豚貴族に対して腹がたった。
酷く下らない理由だ。
「息子に命を狙われてショックだったんだ!」
「…………何を言うかと思えば……ワシは……」
「生きる為に抵抗していた?」
「…………」
逃がさない。この期に及んで言い訳で逃げようとする豚貴族の襟首を掴んで睨みつける。
「違うね! お前は言い訳をする為に抵抗していただけだ!」
逸らす顔を無理矢理コチラに向ける。逃がさない。
「認めたく無かったんだ! 自分が傷ついている事に!」
言い訳はさせない。逃がさない。
「だからアンタは肝心な所で護衛を遠ざけるんだ! 面倒とか嘘ついて! 実際に狙われても抵抗してるふりして! 死ぬつもりはないって! そんなつもりはないって自分に言い訳をした!」
軍人執事が此処にいないのもそう。馬鹿息子が殺しにくることを知って豚貴族が出張をさせたんだ。殺されるのを邪魔されないように。
軍人執事には馬鹿息子が来ることを知らせなかったんだろうね。
「…………」
「傷ついたんだ! だってアンタは……」
息子を大切に思っていたから。
だから傷ついた。
本当は殺すのを防ぐ簡単な手段があった。
気づいてないはずがないだろ。自分の命を狙ってる人物が馬鹿息子だと分かっているなら、馬鹿息子を暗殺すればいいんだから。
豚貴族には馬鹿息子より手段は多かったはずだ。
でもしなかった。大切な息子だから……。
傷ついたんだ。豚貴族には息子に対する愛情が確かにあったんだ。その息子に命を狙われて、自暴自棄になっていたんだ。
そしてそれを認めたくなかったんだ。
だから私は腹がたった。
「いい事教えてやるよ」
あの馬鹿息子の為に傷ついて死のうとしているのが無性に腹がたった。
「あいつは間違ってる。正しいかどうかじゃない。生きるという生物として間違ってる」
「…………生物として……」
やっぱり親子だね。馬鹿息子がやってる事も自殺なんだよ。……しかも自覚のない。
「本来ならアンタを殺そうとするなんて無謀なんだよ。アンタの方が権力もあって簡単に殺せるんだから。でもそれすら分かってないんだよ……アンタの息子は」
「…………」
豚貴族が温情を与えてるから生きていられるんだ。
「あいつは繰り返すよ。アンタを殺した後もさ。勝てない相手に策もなく喧嘩を売る。それでも上手く行くって根拠のない勘違いしながら。その時、相手はアンタみたいに大人しく殺されるかな?」
ライオンに喧嘩を売るシカだよ。でもシカは殺されるなんて微塵も思ってないんだ。それは生物として間違ってる。殺されるとわかって喧嘩を売ってるんじゃない、殺されるなんて思ってないんだ。
「それでもアイツが大切なら……叱れよ。……正しさは教えてやれないかもだけど……間違いは教えてやれる。……アンタ親父だろ?」
豚貴族は驚いたような、それでいて憑き物が落ちたような顔をしていた。
「まぁそれでもダメだったら」
私は悪巧みをする様にニィイイと醜悪に歪める。
悪魔の誘いのように。
「見限れよ。いらねぇだろあんな馬鹿息子」
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「何をごちゃごちゃ言っているか分かりませんが、そろそろいいですかね?」
唐突に始まった知らない子供による、自分の悪口に思考が停止していた馬鹿息子が怒りの顔を見せる。
「どこの子どもかは知りませんが、貴族を愚弄したのです。貴女の将来の為にも躾をするのが私の優しさでしょう」
「…………」
「く、くはは、くははははは! ひひひひひひひひ!」
お、なんか豚貴族が狂ったように笑い出したぞ。
頭大丈夫? てか悪そうなツラで笑うなぁ。
私と違って豚貴族はそっちの方がお似合いだよ。
「なぁザック! やはりお前に当主の指輪はやれんなぁ」
「父上、まだ言っているのですか? そんな物は後で……」
「まぁ聞くがいい、お前に渡せない理由を教えてやろう」
「理由ですか……アナタが当主の席にしがみつきたいだけでしょう」
「違うなぁ」
豚貴族はニタニタと相手の神経を逆撫でするような顔をした。
「それはなぁ……ザック、お前が当主の器じゃないからだ」
世界がヒビ割れた音がした。