作品タイトル不明
花を愛でる趣味はない
「おや、お貴族様も食べます?」
「……キサマ、何故ここにいる……と言っても小娘に何を言っても無駄な事か」
疲れた表情の豚貴族が諦めたように呟く。どうやら豚貴族の中で私は気にしてもしょうかないというポジションに落ち着いたらしい。
精神衛生上それが一番面倒がないんだろう。
ここは真夜中の中庭だ。
前に豚貴族と追いかけっこをしたメルヘンな庭園で、テーブルに座り厨房から失敬してきたお菓子をパクついていたら豚貴族がやってきたんだよね。
「そこに座るなと言っているだろうが……」
「後から来といて随分ですねぇ、先に座ってたのは私の方なんですけど?」
テーブルの席に座ってるのが気に食わないらしい。
卓上に広げたお菓子の包み紙を開けながら遺憾の意を示す。文句があるならアンタが帰りなさいよ。
へへへ、ここは私の縄張りだぜ。
「ここに入る許可など出しておらんわ……」
「いやぁ、素敵な庭園ッスねえ。ここってあんまり見回りの兵士様が巡回に来ないんで過ごしやすいんすよ」
景色もよくて雰囲気も抜群、見回りも滅多に来なくて座るためのテーブルや椅子も完備されてるのだから私の憩いの場になるのも当たり前だよね!
「ふん、当たり前だ。基本的には庭師以外は立ち入り禁止の場所だからな。なにかある訳でもないから巡回も余程の事がない限り回ってはこん」
遠回しに入ってくるんじゃねぇよと言われた気がしたが、言っても無駄なのは分かっているのか直接非難はしてこない。
「それより、命が狙われてる癖によく一人で出歩こうとしますね。私が気にする事じゃないっすけど」
「ハンッ、護衛など息が詰まるわ!」
でたよ馬鹿理論。
「一人になりたいなら自室に籠ってりゃ良いでしょうに……」
「なぜワシがそんな事を気にせねばならんのだ。この庭園とてワシの自室みたいなもんじゃろうが」
そらごもっとも、豚貴族からしたら自宅の一部か。でかい屋敷だから施設の感覚でいたけど、結局は豚貴族にとって自宅の感覚なんだろうね。
まぁだからと言って命が狙われている事に変わりはないんだけど。
「はぁ……事が片づけばさっさとキサマを追い出すんだがな」
豚貴族は椅子に座りながら空を見上げる。
「意外っすね……利用価値が無くなれば始末するって言うと思ってたんすけど?」
だから私も豚貴族を利用するだけして逃げる算段だったんだよ……。
「そうしてもいいのだがな。キサマは最初からワシ以外に見られ過ぎた。そしてそれをワシが利用した以上、キサマを始末するのは面倒になった。地位のある者にとって、殺すという行為はお手軽な解決方法ではないのだ。むしろ面倒が増えるだけだな」
お前は殺されそうになってるけどな。それを差し引いても殺した方がお得だと思われてんのか?
「キサマはたぶんだが、前時代的な貴族のイメージがあるようだな。貴族に逆らったら問答無用で殺され、許しを乞えばやはり殺される。そんな物は昔の幻想だ。罪が明るみに出れば捕まるし大衆に責められれば頭を下げねばならん。嫌な世の中だ」
ああ、そうか……。ここは貴族制度が残ったまま発展した世界。権力者が絶対の力を持つ時代じゃないんだ。
「まぁもっとも、平民に比べて死体の処理など簡単に出来るのが権力者というのだがなぁ」
豚貴族はニチャリと醜悪な笑みを浮かべる。
まぁ言いたい事は分かる。金があれば手段も多くなるだろうしコネもある。たかが平民と比べて同じステージに立っているはずがないんだ。
「かといってよく分からん不気味な小娘を始末してリスクを背負うなど効率の悪い事はせん。殺すのは最終手段のリスクあるゴリ押しだ、殺すリスクと殺さないリスクの天秤が傾いた時に行動を初めて起こすのだ。もっとも、そうなる前に相手を破滅させるのが貴族の手腕だがな」
さすが最終手段のリスクあるゴリ押しを実行されているお貴族様は言う事が違いますね。
まぁお陰で、何となくこの世界の貴族事情が少しだけ分かってきたぞ。
豚貴族はこう言ったが、きっと大多数の平民はそう思ってないんじゃないか? 平民は貴族に逆らってはいけないという感覚はあるはずだ。実際に実行する力は持ってるんだからね。
ただ内情は、小さい事で一々殺すのは面倒が大きいって事だろう。
だからまぁ舐められない様にそう思わせてる所もあるんだろうね。
「それにしてもお貴族様は毎日私の牢屋に来てますけど仕事とか大丈夫なんすか? 領主なんでしょ?」
これは常々思っていた事。毎日スパイの対策会議を開いてるけど、領主としての仕事はどうした。
「ふん、街を運営するのにワシがいちいち首を突っ込んでいたら仕事など終わるか。領主の仕事は問題があったときに対策を決めることだけだ。でなければワシはこの街から二度と出られんわい。街の運営はワシの仕事ではない。何もしなくても充分に街は回っとるわ」
よく分からんがそんなもんか? それともこの豚貴族が頭悪いだけか判断できないね。
「小娘……キサマは大昔からタイムスリップしてきたとか言わんよな?」
「言わん言わん。それだけ前時代的な考えだってことね」
タイムスリップの概念あるんだね。創作が発達している証拠だ。
「それじゃあ私は牢屋に戻りますわ。お貴族様も暗殺者に遭遇しないようお気をつけて」
そう言って私は豚貴族の横をジェットブーツで通り過ぎる。
「…………庭園の花を摘んだのは小娘か?」
私の背中越しに豚貴族が呟きかけてきた。
「そうっすよ。……勝手に摘んで悪かったね」
「………………いや、いい」
豚貴族の声は少し沈んでいたようだった。
四阿を抜けて庭園を進むと私が摘んだ花が、私が置いた時のまま横たわっていた。
置いた花を一輪、手に取る。
「いったい誰の墓なんだろうね……」