作品タイトル不明
帝国へ。三策
「一応、どっちへ進むのか・・・聞いても?」
橋の下をのぞきながら、恐る恐るといった様子で聞いてくるライザード。
「そっちへ行きたいのか?」
「構造を考えれば、無駄足が確実でしょう?」
冷静に橋の下を流れる汚水を指して言う。
構造――つっても、あくまで予想だが。
この汚水の川は生活排水。橋を渡った先の住居から流れ出たものを、この壁にある穴へ一度集めて、そこから更に川へと放流する仕組みだ。
だから、橋の下を通って川に沿って移動しても得られるものはねぇだろう。
「なら、残ってる方に行くしかねぇわな?」
「だからこそ聞いたに決まってるでしょう。本気ですか?」
「他に選択肢があるか?」
「このままここへ、馬車だけ隠すというのは?」
「今、馬車は隠れてるか?」
「橋の真下へ入れれば見えませんよ」
「もう一つ先の橋からは丸見えだけどな?」
俺は後ろにある別の橋を親指で示しながら言う。
そう、川があるんだ。橋が1つなわけがない。なにより、1つ橋がないなら、市場の商人ももう少し詳しく位置を教えたことだろう。
それでも、どうしてもライザードは穴に入りたくなさそうだった。
理由は・・・言わなくてもわかるか。
「馬だって嫌がるでしょう?」
「嫌がってたらここへ下りてきてねぇだろ。動物はあんまりこういうニオイを気にしねぇよ。天敵のでもなけりゃぁな。場所についても、安全かどうか分かれば大人しいもんだ」
どうにか、臭くて汚いであろう穴へ入らずに済む答えを捻り出そうとするライザードだが、悲しいかな・・・そんなもんがあれば既に解決してるんだ。
「橋を越えれば一等地だ。高級店の世話になるか? 高級店なら、その値段から部屋も空いてるかもしれねぇ。けど、いいのか? 高級店ともなれば、お前の正体ぐらい見破ってくるぞ?」
ぐっ! っと呻くような声。
ライザード自身も自分の立場をよく理解している。自分が帝国に対して、どう思っていたのか。それが自分に跳ね返ってくる。自身が思っていた以上の力で。
なぜならライザードは皇太子の嫡子。いわば次の皇太子。その価値や存在の重さ、旨みをわからない馬鹿じゃない。
正体の露見は地獄の蓋が開くのと同義。
やがてゆっくりと力が抜け落ち項垂れると、ライザードは降参した。
ガラガラと、車輪が奏でる一定の音だけが響く穴の中。
外光が届かないのは当然の話で、しかし暗いかと言われれば思ったほどでもない。
洞窟と同じく火を焚く勇気はないが、その必要もなかった。
地面が均等になされているのと同様に、壁にも人工の技術がふんだんに使われており、足元と上部に光る何かが取り付けられていた。
その何かがなんなのか? 見ればわかるかもしれねぇが。上部のは遠く、足元のは覗き込みたいと思わねぇから、何かはわからねぇままでいい。ただ、薄暗い程度の感覚だった。
穴に入るのを渋ったライザードは、子供らしくマルチナの後ろに引っ付いている。
ビクビクと怯えているその姿は、普段の小生意気な姿と違って可愛げがあるからか、頼られているマルチナもいい表情をしてやがる。
そういえば、コイツも教師だったなと。どうでもいい感想を持ちながら、前を行く。
先頭は俺。隣にはサン。最初の馬車の馬をヤーレンが引き、そのお隣をマルチナとライザード。残る蒸気の騎乗者の面子はそれぞれ馬車の後ろまで。
そして、それができるぐらい・・・穴の中が広い。
こっち側だけじゃねぇ。反対側もだ。
端から馬車が通ることさえ考慮されていたかのように。
「静かだな」
「そりゃぁな」
「それに広い」
「不気味なぐらいにな」
恐らく同じようなことを考えていたであろうサンから話しかけてくる。
「罠だとは・・・思わないのか?」
「どうだろうな。この先に浄化の魔法道具があるなら、おかしくはねぇさ」
「それを運び込むための広さ、か」
「補修や調整の手間もあるだろうしな」
「それは・・・確かにそうだな。でも、そんなに大きい魔法道具があるなら、音が響いてきそうなものだけど」
「・・・・・・物にもよるだろうよ」
そう答えてはみたものの、サンの疑問は当然だ。
魔法道具は大型になるほど仕掛けめいてくる。その都合上、音も出るってもんだ。
それなのに―――本当に静かだ。
虫や鼠の1匹すらいねぇせいで、足音と車輪の音、後は下水の水音ぐらいしか聞こえて来ねぇ。
まぁ、ビビり散らかしているライザードからすれば、よっぽど良いことなのかもしれねぇが・・・注意しておくに越したことはない。