作品タイトル不明
客間から本間
「やっぱり反応がおかしいのが気になるな。本来ならば、こちらから植え付けた知識や印象を元に勝手に行動するはずなのだが・・・いつまでたってもその気配がない」
「ですが、失敗というわけでもないのでしょう? この様子なわけですから。なにか、心当たりなんかはありませんか?」
「もちろん、ある。この精神喪失に近い状態は、ごく普通の精神魔法を掛けた時の症状にほど近い」
「であれば問題ないのでは? その知識や印象は今からでも送り込めるのでしょう?」
「いや、それは無理だ。人の精神はそれほど単調なものではないからな。この状態から特定の情報を与えるには、彼らと親しい関係が必要になる。当然、私にそのようなものはない。したがって、情報を植え付けるのは不可能だ」
「ではどうするのです⁉ 命令を聞かないのでは、後から不審がられるだけになってしまいますよ⁉」
「それは間違った認識だ。与えられないのは特定の情報・・・指向性といってもいいな。そういった判断などをこの状態では自分で行えないだろう? だから、誰からの情報なのかが重要になる。親しい人物の言うことならば、とりあえずは聞いておくか・・・と脳が処理出来るが、そうでなければ警戒心を突破できないというだけだ。逆を言えば、赤の他人に言われても納得できるような命令なら従わせることが可能だ」
「まどろっこしいですな? 実演していただけますかな?」
「そうだな・・・例えば、立ってくれないか?」
それを聞いた俺達は、視点を動かさずにすくっと立ち上がる。
「なるほど。簡単なお願いならば聞いてくれるというわけですか」
「お願い・・・確かに。そんな言い方もできるか」
「ではこのまま別の場所へも誘導できるでしょうか?」
「不当な命令だと判断されなければ大丈夫だろう。言葉に気を付けるんだ。貴方の立場を利用すると考えてもいい。ここは軍の施設で、貴方は階級の高い軍人。軍の規則だと説明すれば、多少強引なお願いでも通るはずだ」
「では移動するとしましょうか。あまりここに長居してしまうと、別の問題が発生するかもしれませんからな」
別の問題? と気になるところだが、
「お2人共。大変恐縮なのですが、談話室には次の利用予定がありまして、話の続きは別室で行いますので、後ろを付いてきてください」
ゴーリスが歩き出しちまっちゃぁしょうがねぇ。
部屋の出入り口へ向かう、その一瞬。
椅子と机の隙間を抜けるために身体の向きを変える一瞬に、魔法使いの姿が見えた。
外套と繋がった頭巾を目深まで被っている魔法使い。
顔は見えねぇが、その外套――どこか見覚えがあるような・・・。
だが、視線は正面へ注がなければならねぇ。
口惜しい思いを引きずりながら、俺達はゴーリスの後を付ける。
しかし、その思いは部屋を出てからも続いた。
さっきとは違う廊下を歩く中、それでも視線は動かせねぇ。
余程心配性なのか、ゴーリスは何度も振り返るし、そうでなくとも別の兵士とすれ違うこともあった。
不審に思われるわけにはいかねぇ騙し合い。
――故に。
目的地を前にしても、俺は動かざるを得るほかなかった。