作品タイトル不明
軽々とした約束
最後の目印である放置された大岩を目前にして、不安を煽るわけにもいかねぇからな。
ここで混乱されたら最悪がある。
この大岩から洞窟までは直線距離でおよそ100M。
足場はほぼ平坦で、間に木が生えているとはいえ、目視できる範囲だ。
それに、嘘は言ってねぇ。
「最後にもう一度、確認するぞ。複数人で1匹を狙え。誰と同じ的を狙うかは移動時の班分けで決めていい。倒したと思ったら、次を狙え。的が無くなるまで休むな。誰かが攻撃してるからいいと思って手を緩めるな。確実に息の根を止めろ。敵は勝ち目なんざなくても飛び込んでくるぞ」
岩裏で振り返り、生徒達に言い聞かせる。
その視界の端に洞窟周りを哨戒するゴブリンの姿を捉え、感情を揺さぶられる生徒達へ向けて。
恐れに身を震わせるもの、醜悪さに顔をしかめるもの、初めて見るモンスターに息をひそめるもの、迫る実戦に唾を呑むもの。
そんな中で質問の声が。
「私達は魔法で攻撃するだけ・・・ですのよね?」
「そうだ。敵が近寄ってくるまでに狙いを定めて魔法を当てられるようにしろ」
「それはいいのですけれど。万が一、近付かれてしまった場合には、どうなりますの? 先生が御1人で私達全員をお守りになってくださいますの? それにゴブリンは弓を持っていると聞きましたけれど、それはどうなさるのでしょうか? それにお答え頂けなければ、私は・・・」
ビューティーが当然の不安を口にする。
だが、
「ああ。お前らが俺の後ろにいる限り、安全は保障してやる。そのための仕込みも、昨日の晩に済ませてある。横槍も気にするな。お前らはただ、動く的目掛けて魔法を撃て。それだけで十分な経験になるさ」
対策はバッチリ。
グレイウルフは単独行動が多く。その性質上、これだけ集まっている俺達に仕掛けてくることはない。
パニックフラワーマッシュには、奴が嫌う匂いを放つ匂い袋を設置。
リバーサルスネークは頭上から奇襲してくるモンスターだが、地面の上にいるなら、ほとんどただの蛇だ。毒も持たねぇし、地面からの攻撃は不得手。だから、重力魔法で木から引きはがせば勝手に逃げていく。それも、昨日の内に実行済み。
この洞窟周辺にはもう、ゴブリン以外のモンスターは居やしねぇ。
「絶対に・・・ですの?」
「もちろん。絶対に、だ」
そんな俺の自信に満ち溢れる声か態度に納得したのか、
「わかりましたわ。騙されて差し上げます。ですので、どうか。最後まで騙してくださいまし」
それから食い下がることはなかった。
それと呼応するように、他の生徒達も覚悟を決めたのか、目に光が灯る。
それは戦闘の意思。
ただ1人。一番後ろで不安げな顔をするのは女教師だが、あそこまでは管轄外だ。
全員へ見えるように攻撃の合図を出し、岩陰から前へ。
そこには資料にあった通り、弓を背負った部隊が居た。
すると、20Mも進まないうちにゴブリンから視認され、すぐさま敵認定。
携えた弓に矢を番え、狙いもそぞろに手を放す。
間違いなく最初に見つかったのは俺だが、放たれた矢は俺より遠く、手なんざ届かねぇようなところを飛んで、後ろを走る生徒達の下へ。
矢が飛んできそうになった生徒達は、慌てて避けようとして衝突し、転げ、醜態を晒したまま逃げられなくなる。
『うわぁあああああ‼‼‼』
という悲鳴が上がる。
それを見る矢を放ったゴブリンもしたり顔。
しかし、そうするには早すぎるだろう。
矢はまだまだ到達しない。
木の隙間を抜け、偶然にも生徒へ当たりそうになった矢は、俺の横。遥か遠くを突き抜ける瞬間――、パキリと。
砥がれず、なまくらとなった矢じりが割れる音を伴って。矢は弾かれクルクルと空中を泳ぎ、勢いよく墜ちる。
それにより驚いたのは生徒達ではなく、ゴブリンの方だろう。
浮かべた笑みは引き剝がされ、開いた口はふさがらない。
そんな下っ端を怒鳴り散らすのはおそらく隊長だろう。
もっと撃て! と言ってるような身振り手振りで部隊を動かす。
冷や水を浴びせられたように動き出すゴブリン共が、次々と矢を放つが・・・結果は同じ、見えない壁に弾かれて墜ちる。
そう。まるで、どこかで見た虹を秘めた壁だ。
何本も飛んでくる矢が、けれどその全てが目の前で墜ちていくのを見ていれば、臆病風に吹かれた生徒達であっても、気を取り直すのに造作もない。
転げた者たちも、そうじゃねぇ者たちも。
立ち上がり、歩き出す。
脅威にならないと余裕の顔で。
これで、戦闘に必要な第1段階”恐れを振り切る”は通過した。
業を煮やしたのか、あるいは矢が尽きたのか。
ゴブリン共はそこらに転がってた武器を持って突撃してくる。
ここからすぐに第2段階。
生徒達がこの壁を越えられるか・・・こればっかりは、俺がどうにかできる問題でもねぇ。
だが、子供の内なら―――簡単に乗り越えられそうでもある。