作品タイトル不明
思考、策護
一通り自己紹介が終わったところで。
「最初に言った通り、贔屓はしねぇ。それはどっちの意味でも、だ。商家や騎士爵の出であっても、それに合わせて優しくしてやるつもりもねぇ。ただ、出自が違えば常識も違ってくるはずだ。それを知ってるかどうかでも、対応は変わる。だから、平等を目指す意味で。最初の授業は、お前たちの知識を聞かせてもらう。貴族の常識、領主の常道、商家の定石、交流における常軌など。自己紹介の延長でいい。わかる範囲で自分を、あるいは実家を表現しろ」
授業という体を使って、情報を追加させる。
これはお互いの意識や認識を擦り合わせるための提案だ。
以後の争いを減らすための画策でもある。
貴族の流儀を知らねぇ奴に、知らねぇ方が悪いというのは簡単だが、子供にそれを言うのは酷なことだ。
だがしかし、子供だからで許されるとも限らねぇ。
学園も括りで言えば公の範疇。
ここで起きた問題も、当然。実家へ波及する。
そういった要素を減らし、お互いを許しあえるようにするための行為だ。
もちろん。これだけで全てが上手くいくわけじゃねぇが、知らないままに理解は出来ねぇ。その問題を俺だけで抱えることも出来やしねぇ。
だからこそ、お互いに持ち合うための第一歩だ。
知ってたはずだよな? という・・・弱みを押し付け合うための、な。
知らねぇのは知らねぇ奴が悪いが、忘れたのなら忘れた奴が忘れた悪くなる。
つまり、俺が責任から逃れるための手段でもある。
っつーか、こうでもしておかねぇと俺が説教できる立場じゃなくなっちまうからな。そうなりゃ教師の役も果たせなくなる。最低限、必要な工夫と言えるだろう。
「いきなりこんなことを言われて動揺するのはわかる。なにを話せばいいかわからねぇんだろう? だから、まずは疑問の解消がてら共通の認識を持つことの意味や、それがどういうことかを理解してもらうために手本を見せる。それを基になにを話すか、どう話すかを決めてみろ。それでも迷った時には俺が聞きたいことを質問する」
先の発表から、ざわざわと騒ぎ始めていた教室がまた、シンと鎮まる。
「そんじゃ手始めに。教会の洗礼について、気になったから話していくぞ」
折角なので黒板にも書きつつ話を始める。
「大抵の貴族や裕福層は名前に中間名を持つ。これは生まれた子供を加護教の教会へ連れていき洗礼を受けることで与えられるもんだ。俺の場合はCで、意味は猫だそうだ。教会側から言わせれば、この中間名は洗礼を受けた人物の印象、あるいは特徴が反映されたものらしいが、俺自身にその自覚はない。家系で似通った中間名が付くことも多く、それが真実かどうかは不明だ」
黒板には教会と書き、その下に俺自身の名前。さらに中間名へ線を引いて、その隣に加護と書き足す。
「ここで重要なのは、中間名を持っている人間は幼い頃に教会で洗礼を受けているということだ。その洗礼や中間名にどれだけの意味があるのかは計り知れねぇが、教会にお布施をしてまで洗礼を受けたという事実は保証される。それは子供への愛の証明のためかもしれねぇし、ただの慣習かもしれねぇ。だが、この教室にはその中間名を持たねぇ人間もいる。貴族や富裕層は特別な理由でもなけりゃぁ外面を気にして洗礼には連れていくもんだ。エイラス・マンサ! そのことについて、親からなにか聞いてはねぇか?」
この教室にいる中間名を持たない内の1人、エイラスへと話を振る。
「えっとですね! 実は私にも中間名はあるんです! でも、学園では名乗っちゃダメだってお父さんに言われてます!」
「その理由は聞いたか?」
「はい! 学園では貴族様方が多いので、庶民である私は皆様より下になるよう振舞いなさいと言われました‼」
選民思想の果てのようなとんでもねぇ教育がされていたことを、やけに力強く話してくれるもんだ。
おかげで若干また教室がざわつきだしたぞ。
まぁ、わかりやすい理由で助かったな。
「理由はわかった。その事情もな。だが、これで共通の認識を持つことの重要性は理解できただろ? こんな事情があるとも知らずに、中間名を持たないからとコイツのことを馬鹿にしていたら、後に恥をかいていたのはどっちだったか・・・なにより。そういう態度をとる、とらざるを得ない理由も、理解できるだろう」
なんてことねぇよくある話だが、それ故に想像がしやすかったのか。
ざわついた教室はゆっくりと鎮まり、こちらに見える顔が少しだけ引き締まる。
「お前達は家名をも背負ってることを忘れるな。学園で起こした問題でも、学園内だけで収まるとは限らねぇ。理解を深めることは許容を増やすことだ。許されたいと思うなら内情を示せ、許さなければと思うならそれを理解しろ。俺はお前らを平等に扱うと言ったが、周りまでもがお前らを平等には見てくれねぇぞ。礼儀知らずや狭量などと呼ばれたくなければ、自分がどうするべきなのか・・・周りの情報から判断できるようになれ。これはその練習だ。それを踏まえてなにを話すべきか、どんな自分を知ってほしいかを考えろ」
それを聞いた子供達はそれぞれ必死になって、血相を変えて考える。
それは仕方がない。なにせ、この教室には皇族の一員たるライザードがいるんだ。お目こぼしをいただかなければ大事になる可能性だってある。
逆に、ライザードにも釘は刺した。
理解を持てと。持たざれば狭量であると。
これぐらいであの態度がどうにかなるとも思わねぇが、最初が肝心だからな。
後はなるようになれだ。
それに、生徒のことを知るいい機会でもある。
出身や特徴を知っていれば、役に立つこともあるだろう。