軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9、スパダリヒロインと重たい男の片鱗

レティシアの指にはまっている『反転の魔導具』が淡く輝き出す。すると彼女の足元に魔法陣が現れ、目が眩むほどの光の柱が立ち昇った。

その光がおさまった時、現れたのは銀の髪に涼やかな青い瞳が印象的な美青年。

この姿のレティシアこそ、氷の竜帝と呼ばれるSSランクの傭兵騎士である。

ふぅ、と息を吐いて髪を掻き上ると、店内から黄色い悲鳴が沸き上がった。恐怖や驚愕より感嘆が勝つ。それほどまでにレティシア――ひいては竜帝の造形は美しい。しかし自身の顔の良さを熟知している彼女は、周囲の反応に当たり前だと動じる様子はなかった。

『反転の魔導具』は対象者の服すら『反転』させる。

建国記念パーティー用にと特注された可憐なドレスは黒の燕尾服に変わり、その手には白手袋がはめられていた。どんな服装でも着こなす自信はあるが、相手の好みかどうかはまた別だ。

レティシアは振り返ってジルベールの様子をうかがった。

最初は目を白黒させていた彼だが、すぐに気付いて「オルレシアン家の家宝……」と呟いたので特別説明は必要無さそうだ。知識と知恵のある者は素晴らしい。

竜帝状態のままジルベールに微笑みかけると、彼は恥ずかしそうに顔をそむけた。

なんだその反応は。

(ベル・プペーの時は好みではないと言われたが。まさかこちらの姿の方が好みなのか? それはそれで複雑だが。……いっそ私が旦那様になるか? いや、さすがにないか)

首を傾げながら片手間に氷竜たちをけしかけていく。ぎゃあ、ぐえ、ひぃ、と個性豊かな悲鳴と共に壁や柱に磔にされる男たち。

「お前、氷の……どういうことだ一体!? この計画を事前に察知し、人形姫に化けて懐に入り込んでいたのか!?」

「あはは! 面白い解釈の仕方だが、まったく違う。見たままだ。オルレシアンのベル・プペーも氷の竜帝も、どちらも私。レティシアのことだ。魔法でちょいと姿を変えたに過ぎん」

「ちょいとで姿なんて変えられねぇよ……」

男はぐったりとした様子で頭を垂れた。

既に戦意は喪失。抵抗する気はないらしい。

「氷の竜帝は正体不明。……今の説明が本当なら、そうだろうなとしかいえねぇよ。オルレシアンの人形姫の中身がこれだと知ったらぶっ倒れる奴だって出てくるだろうさ。なのに、なぜ、わざわざこんな場で明かそうなどと考えたんだ」

「深い意味はない。ジルベール様のご威光だけでは足りぬようなので足しただけだ。貴様らのような無頼漢には公爵家のベル・プペーより氷の竜帝に喧嘩を売った――つまり、権力よりも純然たる力で押さえつけた方が効果があると考えた。それだけさ」

「はぁ?」

ジルベールという皇族の威光に加え、オルレシアン家の権力と、氷の竜帝としての純粋な力に刃向う気概のある者がいるとすれば、何も持たぬ者だけだ。少しでもわが身可愛さがあれば手を出そうとは思わない。

そんなことくらいこの男だって分かっているだろうに。――いや、不思議に思っているのはそこではないか。

レティシアは「ああ」とつまらなそうに呟いた。

「鈍い奴だな。旦那様が身を挺してまで守りたいと願った店だ。妻の私が助力するのは当然のこと。それ以上の理由など必要なかろう? 私の息がかかっていると知れば、手を出してくる輩などそうはいないさ」

「つ、妻?」

「ははっ! この姿で妻は少々おかしいか! ならば元に戻ろうか」

もう一度光の柱が立ち昇り、次の瞬間そこには可憐なベル・プペーが立っていた。

もはや疑いようもない。オルレシアンの人形姫と氷の竜帝は同一人物なのだと、誰もが理解した。

「さて、話の続きだが、そもそも嫁の貰い手がなくなるので勘弁してくれと母に――オルレシアン家から泣きつかれていたので正体を隠していただけだ。貰い手は出来たし、私は家から出ることになる。この制約も無効だ。なぁ、ジルベール様」

「へ?」

「娶ってくれるだろう? 旦那様」

まさか自分に話題が飛んでくるとは思っていなかったのか、ジルベールはビクリと肩を震わせて不安げにレティシアを見た。

「俺、で、いいのか? こんな、呪われた俺で……」

「その目は呪いなどではないさ」

レティシアは無頼漢どもが全員動けなくなっていることを確認し、ジルベールの前に立った。俯きかげんな彼の顎に手をよせ、無理やりに上を向かせる。困惑を示すかのように揺れる紅の瞳は、それでも美しかった。

こんなにも美しいものを呪いなどと。無粋にもほどがある。

「独自に調べてみたが、この目を持つ者は生来感情の発露が下手――言い換えると甘え方が下手なのだと分かった。ゆえに思いつめやすい。私は貴方の全てを受け入れるつもりだ。心に留め置く感情は不要。だから遠慮なく私に甘えてくれ。必ず幸せにするよ」

「そ、んな、こと……」

「ああ、そうだな。いきなりそうしろと言われても難しい。だが心配は無用。甘えられぬと言うのなら私が無理やり暴いて甘えさせてやろう」

「あ、暴くって……どの、ように、だ……?」

「さぁ? どのようにだろうな。そこはジルベール様の好みを探っていくことにしよう」

レティシアの親指がジルベールの唇をなぞる。すると彼の瞳からじんわりと理性が蕩けだした。この相手ならば情けない姿を見せようが、重たい感情を向けようが、離れていかない。幻滅しない。すべて受け止めてくれる。――ジルベールはようやく婚約者の度量の広さを理解し、うっすらと微笑んだ。

曲がらない強靭な精神とすべてを受け止める包容力。それでいて、自分の思い通りに動かそうとする傲慢さと、絶対的な自信。

彼は「たまらないな」と熱っぽい声で呟いた。

これは無理やり暴かなくともすぐ周囲の目など気にせず甘えてくるようになるだろう――と、レティシアは嬉しそうに微笑む。

「あ、あのー、悪いがそういうのは後で――」

「悪いが、旦那様を口説いている最中だ。お口はチャックでお待ち願おうか。それとも絶対零度の氷で強制停止がお好みかい?」

「うっ……」

顔面まで凍らされてはたまらないと、男は一瞬で口をつぐんだ。ついでに店内にいるジルベール以外の者も全員、物音ひとつ立てないでおこうと誓った。

人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、どころの騒ぎではない。氷竜にぱくっと食われて氷の標本にされてしまいそうな、妙な威圧感が今の彼女の周りには漂っていた。

知らぬは当人ばかりなり、である。