軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

書籍発売直前記念SS「竜帝様の竜帝様」

レティシアは常々思っていた。

日々、頑張っている旦那様を労いたいと。

しかし労う方法に悩んでいた。ベッドの上でひたすら甘やかすのがもはや日課となっている今。それ以上のものを提供せねば期待外れもいいところだ。

彼女は悩んだ。

悩んだ末――。

「旦那様、今日は一緒に湯に浸かろう。お背中をお流ししたい!」

部屋の真ん中で仁王立ちをし、意気揚々と胸を叩く。

「……え?」

本日の仕事がひと段落し、ようやくレティシアとの時間を堪能できるとばかりに部屋の戸を開け放ったジルベールは一瞬にして固まった。手に持っていた書類たちがバサバサと床に落ちて散らばる。

その顔は心配になるほど真っ赤に染まっていた。

「れ、レティ、落ち着こう。うん。確かに俺たちは夫婦であるけれども、そういうのはまだもう少し早いのではないかと、いつも言っていると思うのだが。今日は一体どうしたんだ?」

「もっともっと旦那様を労ってさしあげたいのだ。そろそろ良い頃合いだろう? 何が駄目なんだ?」

「だから、それは……」

書類をかき集め、とんとんと床を使って整える。

「恥ずかしい、と?」

「分かっているなら聞かないでくれ」

書類の束を掲げて顔の半分を隠すジルベール。

その初心な反応につい笑みがこぼれる。だが問題はない。妻たる者、旦那様の反応くらい予想できている。女性との浮名を派手に流しておきながら、その実、まったく女性に免疫のない彼だ。ならば攻略方法は一つ。

レティシアは右手にはめている反転の魔導具を彼の前に突き出した。

「ジルベール様、恥ずかしがる必要はない。本日は竜帝の姿であなたを労おう」

「……え?」

そうだとも。女性に免疫がないのならば、男性としてお供をすればいいだけの事。

反転の魔導具とは、その名の通り所有者の身体を反転させることができる稀有な石のことだ。レティシアの場合、女性を男性にという形で使用している。

老若男女問わず魅了する『氷の竜帝』。その正体がベル・プペー――美しい人形と名高いレティシアだと知る者は少ない。

「少々変則的だが、男同士ならば問題は――」

「無理だ」

レティシアの肩に手を置き、言い聞かせるようにゆっくりと顔を横に振るジルベール。

先程まで顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた男だとは到底思えぬほど、真に迫った表情をしている。有体に言えば真顔だ。冗談など微塵も含まれていない剣呑さ。更には「駄目」ではなく「無理」ときたものだ。

完全なる拒絶である。一体どうして。

これにはさすがのレティシアも驚いて目を瞬かせた。

「無理とはどういう……」

「風呂場という空間をよく考えてみてくれ。服を着て入る場所だと思うか? 否、全裸だ。身に着けるものすべてを脱ぎ去って生まれたままの姿で対峙する事になる。あの竜帝様とだ」

「ああ、そうだな。……ええと、つまり?」

「竜帝様の竜帝様は竜帝様なんだろう!?」

突如、ジルベールは拳を激しく地面に打ち付けた。

「いきなりどうしたジルベール様!?」

「知っているか、レティ。いや、キミならば知っているはずだ。竜帝様はすべてにおいて完璧。いうなれば雄の中の雄。キミと竜帝様が同一だと分かっているからこそ、隣に並べぬこともあると理解してほしい!」

「すまない。話がよく……」

というか、竜帝様の竜帝様とはなんだ。謎かけの一種だろうか。

「レティ、すまない。キミの心遣いは有難いと思ってはいる。だが、俺は……俺は……どうしても竜帝様の竜帝様に張り合える自信がないんだ……!!」

「ジルベール様!?」

書類を抱えたまま走り去っていくジルベール。もはや逃げたに等しい。一人取り残されたレティシアは茫然と開け放たれたドアを見つめるしかなかった。

後日。このままでは妻の矜持が廃ると、父アドルフに一連の事件に関するジルベールの意図を手紙で問うたのだが、返ってきたのはなぜか母からの手紙であった。

内容は――。

『アドルフは腹が捻じれるほど笑ったせいで腰をやられベッドから起き上がれなくなりました。仕方なく母が代筆しています。レティシア、ジルベール様の言うことはしっかり聞いて、困らせるのではありませんよ』

という短いものだった。

「……どういうことだ」

そんなに面白い内容だっただろうか。

しかし結局、竜帝様の竜帝様とはなんなのか。謎のままではないか。

レティシアは手紙をくしゃりと握りしめ、ため息をつくしかなかった。