軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10、氷の竜帝

「やはりいたか」

ジルベールが低く唸った。

参加者は既に部屋の外へ退避済み。広く開けた視界に飛び込んできたのは、大柄の男にレオンが吹き飛ばされる光景だった。あのままでは壁と激突する。急ぎ地面を蹴り、兄を後ろから抱きとめた。

「――ぐ、すまない」

「無理に立ち上がろうとするな。その右手、随分腫れている。剣は握れんだろう」

レティシアは小さな氷竜を作り出すと、レオンの右手に巻きつける。

「腫れなら一時間ほど。折れていれば一日はかかる。すまんな、氷漬けにするのは得意だが回復魔法はてんで才能がない」

「はは、そもそも回復魔法の使い手は非常に稀だと説明した方がいいかな?」

「こんなものただの児戯だ。本物の回復術者には鼻で笑われるよ」

痛みに顔を顰めるレオンに対し「後は任せておけ」と告げ前を見据える。

仮面を被り、仕立ての良い服を隙なく着込んだ男性――恐らくは件の商人。彼を守るようにして立ち塞がる大柄の男がこちらを睨みつけていた。筋骨隆々。凶悪な顔つき。一般人ならば姿を見ただけで逃げ出すであろう圧を纏っている。

こんな目立つ男、見逃すはずもないが。この世界には自身の容姿を誤魔化す術は少なからずある。性別の反転はさすがに無理でも、目立たなくさせる、背を小さく見せる程度であればやってやれないことはない。

男の周囲にはレオンの部下たちが転がっている。

命に別状はなさそうだが、あの男を抑えるのは難しそうだ。立っているのも数名。包囲が瓦解するのにそう時間はかからないだろう。

駆け寄ってきたジルベール共々レオンを後ろに隠し、するりと目を細める。

「彼はアルバン。手練れだ。気を付けてくれ」

「アルバン? 聞き覚えがあるな」

「そうだろうとも。キミが『氷の竜帝』として台頭する前にSSランク最強の一人として君臨していた傭兵騎士さ。キミと顔を合わせる間もなくどこかに引き抜かれたと噂になっていたが。やはり彼に飼われていたようだ。フォコンの情報は実に素晴らしいな」

「ふむ、想定の範囲内というわけだな。ならば良し。保険とはこの事だったのだな」

足元から氷竜を数体呼び出し臨戦態勢を取らせる。国家調査部隊の者たちはそれなりに戦闘面も優秀だが基本は隠密行動。純粋な力比べならば傭兵騎士の上位者には及ばない。ここは竜帝の出番である。

レティシアは一歩歩みを進める。――と、ジルベールがマントの裾を掴んだ。

「ジルベール様?」

「知略を尽くそうとも、たった一人で戦局を覆せる一騎当千の英傑。どれだけ綿密に策を練ろうと、頭から叩き潰されるんじゃたまったものじゃないよ。だから俺は逆立ちしたって勝てないさ――キミにね」

「ハハ。なるほど、昨日の答え合わせか」

「純粋な力の前には頭脳なんて紙切れ同然になることもあるんだよ。こういった場面では特にね。……レオン殿のことは俺に任せてくれ。頼んだよ、レティ」

「ああ、任された」

レティシアはマントを脱ぐとジルベールの身体にかけて微笑んだ。

とりあえずはレオンとジルベール、彼らに一匹ずつ氷竜をつけて護衛の代わりにする。氷竜たちは即座に自分の仕事を理解したようだ。二人の傍に侍るといってらっしゃいませと言わんばかりに頭を垂れた。

「そういえば、ジルベール様にはまだ私の戦い方を存分に見てもらった事がなかったな」

「防衛力の高さならよく知ってはいるんだが」

「ははは! そんなもの私の一部でしかないよ」

コツン、コツン、と静かな部屋にかかとを叩く音が響く。

「さて、それでは出撃しよう。たっぷり見惚れて、惚れ直すといい」

レティシアがパチン、と指を鳴らす。すると足元から普段の何倍も巨大な氷竜が八体出現し、その首を大きく伸ばして部屋を掌握した。特に戦闘に特化した八体。一切の戯れなしに即刻押しつぶす構えだ。

静やかなサファイヤブルーの瞳が今は獲物を狩る捕食者のように爛々と輝いている。

「氷の竜帝本領発揮だ。悪いが踏み台にさせてもらおう」

「ワハハハハ! 噂の竜帝様とお手合わせ願えるとはな! 何の踏み台かは知らんが、全力で戦えるのならば何でも良い! さぁどけどけ! 巻き込むぞ!」

竜帝が戦場へ出てくるかは五分五分だと考えていたらしいアルバンは、臨戦態勢の彼を見て高らかに笑った。そして足元に転がっている男たちを壁際に投げていく。

(すでに立ち上がれぬというのに、更にダメージを与える気か馬鹿者)

レティシアは氷竜に命じて男たちを優しくキャッチさせ、ゆっくりと壁際に落とした。

「おや、お優しい事で」

「君が雑すぎるだけだ。分かっていると思うが、主を逃がしたければ私を倒す事だ。不可能だとは思うがね。一瞬で終わらせる」

「強く出たものだ! ここを抜ければ亡命の手筈は済んでいる。文字通り生きるか死ぬかだ! 後がない者の底力、甘く見てもらっては困るぞ!」

「はぁ、実に野蛮だ。もっと優雅に来てほしいものだが」

「痴れ事を!」

アルバンが地面を蹴りあげる。

その瞬間――パキン、と世界が凍る音がして部屋の半分が氷に覆われた。

「……ふぅ」

レティシアの吐き出した息が白い靄となって宙を流れ、伏せられた睫毛が白磁の肌に艶やかな影を落とす。

氷竜を従えて、氷点下の世界に君臨するその様は、まさしく竜帝と呼ぶにふさわしい貫禄を称えていた。