軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白魔導師、獅子と出会う

大きく穴が空いた天井からは青々とした空が見え、心地よい日差しが俺の体を照らしている。

十数秒前、俺はどこか知らぬ土地の遥か上空に転移させられた。

それに気がついた瞬間、マキナに対する怒りも焦りもすぐに消え去った。

何せ、すぐそこには死が待っていたのだから。

今はそれどころではないと、本能が俺の中に渦巻く複雑な感情を、隅へと追いやったのだ。

「嘘、だろ……」

困惑する俺などお構いなしに、風を切りながら身体は速度を上げ落下を続ける。一瞬、諦めも頭を過ったが、すぐにそんな考えを振り払い、生き残るにはどうすべきか頭を回転させた。

収納魔法を発動し、魔杖を取り出す。

まず、身体強化に防御力上昇、これを可能な限り自身へとかけておいた。

とは言えこの高度を前にしては、まだ足りないだろう。

さて。どうすべきか。

そう考えているうちに、一瞬だが体が魔法陣に包まれ、浮いたのだ。

体に負担がかからぬよう減速しながら、ふわりと宙に浮く。

おそらくマキナの仕業だろう。

転移先を上空に選んだのは障害物と転移座標が重なるという最悪の事故を避けるため……つまりわざとであり、落下対策もしっかり織り込んでいたわけだ。

助かったと思った。

同時に、そうならそのくらいは言っておいてくれとも思った。

分かっていたならば、こんな手に汗握りながら、必死に思考を巡らせる必要もなかったのだから。

「ふぅ……たすか」

しかし、安堵したその矢先、俺を浮遊させる魔法陣が霧散し、消滅した。

「へぇ?」

そしてそのまま落下し、今に至ると言うわけだ。

死ぬほどの高度ではなかったものの、木造の家屋の天井を突き破るほどの力で衝突したわけで、全身、特に背中が痛い。

そんなわけでどこかの誰かの小屋に落下した俺はこうして今、どうしたものかと天を仰ぐに至るわけだが。

「怒られるよな、これ」

落下する際に見えたが、俺が転移したのはどこか小さな村の上空だった。

ぱっと見だが、観光客も来なさそうな田舎の小さな集落といった感じだ。木造の家屋が十数件立ち並んだこじんまりとした村で、豊かな自然の中で農作物の育成に励んでいる様子だった。

作業する村人は数名確認できたが、流石に落下最中の俺に気がついている者はいなさそうだった。

まぁ、小屋に墜落した音でもうバレているだろうが。

真摯に謝れば許してもらえるだろうか?

そんな風に、これからどうするか頭を悩ませていると、小屋の扉が開いた。

「なんだ、お前! 盗人か!」

小屋の持ち主と思われる中年の男性が、鋭利な 鋤(すき) を構えながら怒鳴る。

俺を盗人と判断した男からは、刺しかねないほどの怒りが見てとれた。

獣人特有の獣のような耳が逆立っている。

「すまない、魔法の実験をしていたら、飛ばされてしまったんだ。小屋の件は申し訳ない。修理費は、聖教国につけておいてくれ。ロイドと名前を出せば伝わるはずだから……」

「聖教国?」

「そこから来たんだ」

ゆっくりと起き上がりながら抵抗するつもりはないと、両手を上げる。杖は男性が扉を開ける前に収納魔法でしまっておいたため、手には何も持っていない状態だ。

一部嘘を織り交ぜたのは、マキナの存在を公にして良いものか悩んだことと、その存在を明かすことでむしろ話がややこしくなると判断してのことだった。

この言い訳が通じればいいのだが。

「お前、適当こいてんだろ!」

鋤の先端をこちらへと向けながら、ゆっくりとにじり寄ってくる。

そう疑われるのも当然か。

さて。それじゃ、逃げるとするか。

「すまない! 絶対に聖教国に弁償させるから、今は見逃してくれ」

魔杖を取り出し、自身に身体強化をかける。農村の住人だけあって筋力、体力はあるようだが、戦闘には不慣れなようで、攻撃を回避しながら背後に回るのは簡単だった。

鋤は武器としては槍がもっとも形状が近い。であれば、距離を詰めれば容易に無力化できる。これが槍の扱いに 慣れた人であれば、そうはいかなかっただろうが、素人であれば楽勝だ。

「よし、このまま森に……」

小屋を出てすぐ、探知魔法を発動し、逃走経路を考えようとした瞬間。

こちらへと迫ってくる気配が感知された。

咄嗟の判断で、その何かを視認することを諦め、左へと全力で跳んだ。

それから一秒も立たぬ間に、俺の先ほどまでいた場所を何者かの右手が掴む。

「っち、掴み損ねた!」

何が面白いのかは知らないが、目の前の女は心底楽しそうに笑みを浮かべ、鋭い八重歯を覗かせた。黒いサラシのようなものを胸に巻いており、バキバキに割れた腹筋が露わになっている。

獅子のような耳に、黄金の短髪。

背丈は俺よりも高い。ざっと見る感じ、百八十くらいだろうか。

その女の黄金の瞳に睨まれた瞬間、背筋がゾッとするような恐怖が体を包み込んだ。

本能が絶えず危険信号を送ってくる。

ーー逃げないと死ぬ。

俺は全力で強化した脚力で、別の家屋の屋根へと飛び乗った。

この女の直線上にいるのは危険と判断してのことだった。

最善策は遮蔽物を利用しながら、森まで逃げること。彼女がこの村の住人であるならば、家屋を突き破るような無茶はしまい。

確証はないが、そう願うしかなかった。

ここで長々と逃走し続けても、いずれは他の村人が寄ってきてしまう。それはとりあえず避けたい展開だ。

あの獣人が破壊しなさそうな人工物を盾に移動していこうと方向転換した俺の眼前に、例の獣人が着地する。

まさか一瞬で、建物を破壊することなく、俺の進行方向に回り込んだというのか?

「どんなフィジカルしてるんだ?」

「よし、今度こそ!」

神速と表現するに相応しい速度で迫る女の手を、魔杖の「触れれない」という特性を利用し防ぐ。

触れようとした瞬間に、バチッと僅かに稲妻が走る。

「危なっ!」

魔杖が彼女を拒絶したその瞬間、女は手を引っ込め僅かに後退した。

魔杖の存在を知らないものからすれば、何が起こったのか理解に苦しむはず。

その隙に……

しかし、そんな余裕もなく、またしても女の右手が俺を掴まんと迫ってきた。

それを先ほどと同じように防ごうとした瞬間、右手を杖に触れる直前で止め、空いている逆の手で、杖を握る俺の『手首』を力強く掴んだ。

ただ掴まれただけなのに、ミシミシと骨が軋むような音が聞こえる。

「しまっ……」

「フェイントだよ!」

掴まれた腕を強引に引くが、びくともしない。

ギリギリ目で終えるか否かという速度で迫る右手が寸前で止まるとは、想像できなかった。

お陰でまんまと捕まった。

力じゃ敵わない……なら、

魔杖をわざと手放し、地面へとつく寸前で魔杖を女へと目掛けて蹴り上げた。

接触する寸前で、魔杖からバチバチと稲妻が走った。

魔杖のそれは無理に触れ続けようとしない限りは大した脅威じゃないが、初見なら、過剰に恐れざるを得ない。

予想通り、女は俺の腕を離し、大きく後ろへと飛んだ。

「へぇ、おもしれぇ」

金髪の女は真っ直ぐとその黄金の瞳で見据えながら、舌なめずりした。

迫る手をギリギリで回避しながら、建物を飛び移り逃げ続ける。

少しずつ息が上がり始める俺に対し、彼女からは全く呼吸に乱れが見られない。

これまで多くの強者をこの目で見てきたが、少なくとも過去に俺が出会って来たどんな人物よりも彼女のフィジカルが強かった。

しかも、恐ろしいことに、彼女はこれでも本気じゃない。

その拳は開いたまま、執拗なまでに俺を掴むことに拘っている。威圧感こそ凄まじいが、その中に殺気の類は一切ない。

この状況を心底楽しんでいる。

それなのにこっちは身体強化してる上、視力も強化魔法で底上げし、やっと動きを追い回避できている。

一瞬でも気を緩めれば、あるいは向こうが本気を出してくれば捕まる。

俺の体力だけが一方的に、着実に削られていく。

長期戦に落ち込むのも悪手、ならば……

「いけるか……」

図書館にこもっていた時からずっと習得できないかと考えていた。

そして先ほど、実際に体験した。

成功したことはなかったが、今なら……

「 転移(テレポート) 」

一瞬、淡い光を発した後、俺の体は建物の内部へと転移していた。

「できた……」

壁一枚向こう側、されど成功には違いない。

って、今は喜んでいる場合じゃないな。

隠蔽魔法で己の気配を極限まで薄める。

これで……

「おい」

背後の壁から声がしたかと思うと、逃げる間もなく壁から腕が突き出された。

その手は正確に俺の首根っこを掴み、壁もろとも俺の体を外へと引き摺り出し、そのまま投げ出される。

地面を転がる俺を、金髪の獣人は相変わらず楽しそうに笑みを浮かべながら、見下ろしていた。

「がはっ……」

口の中を切ったようで、鉄の味が口内に広がった。

赤黒い血が口の端から流れ落ちる。

全身も目立った怪我はなさそうだが、何箇所も打撲している。

そんな体を無理やり起こしながら、時間を稼ごうと頭を回転させた。

「なぜ、わかった?」

「普通に?」

「……そうか」

考えるための時間稼ぎにさえならなかったな。

抵抗を諦めようとする俺の内心を見透かしてか、残念そうな顔でため息をこぼす。

「何だ? もう終わりか? せっかく、私と追いかけっこが成立するやつが見つかったと思ったのに」

「あいにく俺は支援職で、こういうのは苦手なんだ」

「支援職? これで?」

金髪の女は少し目を見開きながら、首を傾げた。

「支援職としてもまだまだなんだ」

「あ? あぁ……そういう意味で言ったんじゃねぇけど……まぁいい。テメェ、盗人じゃねぇだろ? 飛ばされたってのも嘘じゃなさそうだ。実際に、空に急に現れたのは分かったし」

「見ていたのか?」

俺が盗人ではない、と理解してもらえたこと以上に「分かった」という表現に引っかかり、そこに違和感を覚えた。

「見えた」のではなく「分かった」他という表現。それに、落下する最中とは言えこんな目立つ髪色をした女性を見逃すとは考えにくい。

「いや、見ちゃいねぇけど。私は五感が優れていてな。家ん中にいたが、上空に気配が現れたのはすぐ分かったぜ」

「五感で合ってるのか? それ」

上空に現れたことに気がついたのが五感、とは俄かに信じがたいが、俺が建物の中に身を潜めても意味がなかったのは五感の方だろう。隠蔽魔法さえ破る五感とは、これもまた信じがたいが、それは俺の魔法の練度が低かったということで納得がいく。

「それで、テメェの名は?」

「……ロイドだ」

魔杖を突き立て、支えにしながら立ち上がる。

こうして正面に立って改めて見ると、その背丈の高さがより際立つ。また、俺とは違い汗一つかいている様子がなかった。

やはり、息も上がっていない。

「ロイド、ね。私の名前はガオン、この村一の戦士だ!」

「この村一?」

「おう、実は村からあんま離れたことがなくてな! ここの奴ら以外とは会ったこともねぇぜ!」

それでこの村一、と評したわけだ。

「村からは出ないのか?」

これほどの腕があれば、どこに行っても重宝されるだろうし、何より彼女の言動の節々から退屈しているような空気を感じ取っていた。

退屈ゆえに、俺という異物に歓喜し、追いかけっこ?に興じていたのではないかと。

「そりゃ、私にはこの村を守る責務があるからな! それに、私は村からでちゃダメって決まりなんだ」

「そう、なのか」

「おう!」

それからガオンの説得の甲斐あって、村民に盗人ではないことをわかってもらう事ができた。ここの村の獣人は、ガオンにかなりの信頼を寄せているらしく、ガオンの一言で完全に納得した。

ガオンの圧倒的な暴力を前に、無理に納得している様子じゃない。

まぁ、ガオンが言うならそうなんだろう、という感じだ。

たった一人の意見でその他の総意さえ覆す光景は、部外者の俺からすると異様で、おかしなものにも見えたが、お陰様で捕まらずに済んだ。

それどころか、ガオンに気に入られたことでこの村に宿泊できることとなった。

泊まるのはガオンの家で、木造の平屋だった。

そこそこ広く、余っている部屋を貸していただけた。

また、泊まるために一室用意してくれるだけじゃなく、夕食まで頂くこととなった。畑で採れた新鮮な野菜を使った天ぷらはどれも美味しく、とにかく野菜の旨みが今まで食べたものとは段違いだった。

初めは他人の家族との食事なんて気まずいシチュエーション、嫌だなぁと思い、適当に理由をつけ断ろうとも考えていたが、気まずさに耐えてでも食べておいて良かったと素直に思える。

天ぷらを平らげた後、ガオンがどこか別の部屋に行ったことを確認し、会話がないのも気まずかったため、気になっていたことを恐る恐るガオンの父に問いかける。

「何でガオンを村から出さないんだ?」

ガオンの父はその問いを聞き、しばし黙った。

ガオンの父だが、あの娘の父と言われ納得するだけの体躯の持ち主だった。しかし、聞くところによると運動神経はそこそこだそうで、力は強いが、運動神経自体は平均的。一方、今台所にいる母は華奢だが卓越した運動神経をお持ちだそう。

その二人の秀でた点を抽出したような存在がガオンだった。

本来、そういった出来事は親にとって喜ばしいことのはず。

しかし、ガオンは“その限度“を超えてしまっていた。

「……怖いからだ」

「怖い? まぁ確かに、都会には悪い人も多い……」

「いや、ガオンの第六感は悪意さえ見抜く。故にその心配はない」

「そうか……」

やっぱりあれ、第六感的なものだったのか。

「それにガオンはああ見えて勉強もできなくはない。何せ、卓越した記憶力と思考速度を兼ね備えている。村で算術大会をひらけば、間違いなく優勝はガオンだ。抜けているところはあるがな」

何から何までチートじみた才能を兼ね備えた存在。

そんな娘を誇らしげに語る。

俺はそれに「そうですか」とだけ返す。

「やっぱり、こうして聞いてると、村から出してもいいんじゃないかと思うんだが」

俺の言葉を聞き、ガオンの父はゆっくりと首を横に振った。

「ガオンは、おそらくは帝国最強の肉体の持ち主だ。この周辺であれば、仮に四肢を封じられ、目隠しされていようと、ガオンに傷一つでもつけれるモンスターはいない。しかし、村を出ると話は違う。世界は広い、我々には想像もし得ない強大な存在だっているかもしれん」

「それは、そうかも知れないな」

前半、ツッコむべきか怪しい内容があった気がするが、後半に至っては同意できるし、会話は止めずに話を進めてもらう。

「それに、この村を一歩出ればガオンが目立つことは避けられん。帝国だけで見てもガオンの力が必要とされる場所はこの世に五万とあるだろう。でもな、そうなるとガオンが命の危機に晒される危険性も高まるのだ。そして仮に、ガオンが無敗であり続けようと、今度はそこに嫉妬し、よくない感情を抱く輩が現れるやもしれん」

この村にいる限りは、ガオンが命の危険にさらされることはまずあり得ない。

この村にいる限りは、理不尽な悪意が向けられる心配もない。

小さい頃からガオンを知っている村の皆にとって、どれだけガオンが才能に溢れた存在であれ、嫉妬の対象にはなり得ない。その成長を喜び、共に見守ってきた。年下からも、頼りある姉貴として慕われている。

しかし、村の外となれば別。

ガオンはあまりにも優秀すぎるのだ。

優れた才能は、時に自身に禍を呼び寄せ、人生を破滅させんとする。

俺の脳裏に、ボロボロになったユイの姿がチラついた。

「確かに、そうかもな」

俺にもガオンの父の気持ちが少しだけ理解できた。

娘が……自分の大切な存在が傷つく姿なんて、見たいはずがない。

「勿論、ガオン本人が村を出るときっぱり言えば、それを止めるつもりはない。ダメ、というのももう何年も前に言っただけで、今や強要していない。あくまでも娘の人生は娘のもの。親にできるのは、娘がより良い人生を選択できるよう、サポートすることだけだ」

うちの師匠にも是非聞かせてやりたい。そんな言葉は喉元で止まり、声に出ることはなかった。

ひょっとすると師匠もやり方はともあれ、そういう思いが根本にあって、厳しく魔法を叩き込んだのかもしれないと思ってしまったからだ。であれば、不器用すぎるだろうと思わずにはいられないが。

「ま、と言うわけだ。あぁ、そうだ。確かここより人の多い街にゆきたいんだっけか」

「人探しを強要……じゃなくて、お願いされていて。もう少し、情報が得られそうな街にゆきたいんだ」

「そうか。なら、隣街だな。隣の街に行くなら、簡易的だが地図を書いておこう。それと、村人の使っている目印も教えておく」

「いいのか?」

「あぁ……というか、そうでもしないと次の街には辿り着けん」

「それは助かる、何から何まで……なんと礼を言えばいいか」

「いいんだ。ロイド、には感謝している。ガオンのあんなに楽しそうな顔、久しぶりに見た。村のものじゃ、あれの相手は治らんからな」

「そ、そうか」

であるならば、死ぬような思いをした甲斐があった。

多分……。

そんなわけで翌朝。村人から簡易的な地図を書いてもらい、俺はその村をさった。地図には大雑把に、どの方向に何があり、大体何日かかるか記されている。また、村人が隣町に行くのに使っている目印の見つけ方も教えていただいた。

一定間隔で木の根元に印をつけているようで、かなり地味で小さな印であり、言われなければ気が付き用はない。

そんな俺が向かう最終的な場所は『帝都』だ。

マキナに言われている俺の姉とやらが、どこにいるかは分からず、帝都周辺にいる確証はまるでない。それでもとりあえずの目的地として、帝都を目指すにはいくつか理由はある。

「帝国領内から人一人、ノーヒントで探せって無理難題だよな。まずは帝都の現状を調べないと」

「なんだよ、全くヒントはねぇのか?」

「俺なら分かるって曖昧なヒントくらいしかもらってないな。なんか、マーキングがされているらしいが、それも具体的には分からないし」

「へぇ、そりゃかなり難航しそうだな、姉探しは」

「あぁ……ん?」

自然と会話していたが、俺は今一人で、これも独り言のはずだ。

隣に目を向けると、地図を覗き込むガオンの姿があった。

「何でいるんだ?」

「いやぁ、面白そうなことしてんなって」

そう言い、ニヤリと八重歯を見せる。

「実の、見たことのない姉を探してるんだろ? 手伝うぜ」

「いや、別に人手には困ってない」

「はぁ? 困ってっから私が何で村を出ねぇか聞いたんじゃねーのかよ!?」

「それは純粋に、気になったから聞いただけだ」

他意はない。

仮にガオンを連れて行ったところで、ただ不要に目立つだけなのは目に見えている。戦力が全くの不要というわけではないが、ガオンに頼るつもりはない。

「親父も止める気はねぇみたいだしな」

俺とガオンの父との会話もバッチリ聞いていたらしい。

近くにはいなかったはずだが、本当にどういう聴覚をしているのか。

「あの話が聞こえてたなら、村の人たちがどうしてガオンを外にださないか、その理由も聞いたんだろ?」

「まぁな。心配してくれること自体は嫌じゃねぇ。でも、余計なお世話ってやつだ。私とて、いつまでも村にいうるつもりは初めからねぇ。そのタイミングが、数ヶ月早まっただけだ。それに、私はお前を結構気に入ってる。何せ、私と少しでも追いかけっこが成立したやつはモンスター含め、一度もなかったからな」

「手加減された上でだけどな」

「まぁいいじゃねぇか!」

ガオンに背中を二度叩かれ咽せる。本人は軽く叩いているつもりなのだろうが、踏ん張っていないと倒れるほどの馬鹿力。

「それによ、テメェといると退屈しなさそうだ。これは勘だけどな」

勘だと、ガオンは自嘲するが、あながち外れてはいないことには感心せざるを得ない。自分のこれまでを振り返ると、確かに退屈とは程遠いものだったからだ。

それが幸か不幸かは、別の話として。

「改めて、私の名前はガオン。村一番の戦士だ!」

ガオンがすっと右手を差し出す。

差し出されたこの手から逃れる術はない。

本能がそう断言すると同時に、俺は考えることをやめた。

「ロイド、白魔導師だ。よろしく」

ガオンの手を掴むと、さらに強い力で握り返された。

こうして、帝国での冒険が幕を開けた。