作品タイトル不明
白魔導師、と獣王祭 1日目!
◇
獣王祭初日。
帝都の特に闘技場付近には、多くの屋台が出店しており、大勢の人でごった返していた。やはり、帝国でのイベントである以上、全体の割合は獣人の方が多いものも、人間もそれなりの数おり、明日にはさらに増えるだろう。
メインイベントを明日に控える今日でこの盛り上がり。
「うわぁ、凄い人……あーし、出なくてよかったわ。明日のトーナメント」
人混みにのまれながら、そう呟くアイラの声が辛うじて拾えた。
確かにこれでは、ある程度どころか、相当腕に自信のあるものしか参加できまい。半端な腕なら死ぬ……ことはないが、恥をかくことになるだろう。
「なぁ、あそこのフライドポテト! 面白れぇ味付けがいっぱいある。行ってみようぜ!」
ちなみに出場予定であり、なんなら目玉選手の彼女はこの調子である。
本当に明日に試合を控えているのか、疑わしくなるほど、平然と祭りをエンジョイしていた。
すでに焼きそばやたこ焼き、牛串、など、俺やアイラ以上に食べている。
俺なら大事な日の前日にそんな暴食はできそうもない。
「あっ、ねぇねぇ……あそこのカラフルな飲み物もお洒落で良くない?」
アイラが指差した先では、カラフルに層を作る不思議な飲み物が売られていた。
「確かに、あれなんだろうな」
味に期待は持てないが、非常に好奇心をそそられる。
まぁ、俺は特に明日は試合を見てるだけだし、気楽に楽しんでも問題はない。
そんな風に祭りをエンジョイしている俺たち三人だが、ただそれだけだと言うのに多くの人の目を集めていた。
「おい、あれって……」
「帝都を救った三人だろ?」
「あの筋肉質な獣人って、明日のトーナメント出るんじゃないのか? 随分と余裕そうだな」
「そりゃ、五隊長と魔王軍の四天王を倒した戦士だからな。優勝は余裕だろ」
俺やアイラはともかく、ガオンは特徴的で目立つ。
背も高いし、常に人の気を引くような不思議なオーラを纏っている。
故に、彼女がいる以上、人目を避けることはできない。
ならいっそ、コソコソせずに堂々と祭りを楽しんでやろう!と、三人で話し合って決めたわけだが。
いや、正確には二人に言いくるめられた形だけど。
そんな考えに耽っていたところ、人混みの中、黒いローブを纏った女性と肩がぶつかった。
「すみません」
「いえ、こちらこそ……」
短い会話を交わした後、女性は人混みへと消えていった。
不注意だった。こんな人混みだ。もっと気をつけなければ。
「って、あれ? ガオン、どうかしたのか?」
隣を歩いていたガオンは足を止め、ローブの女性が消えた方向をまじまじと見つめていた。そんなガオンを、アイラも不思議そうな表情で見ている。
「どーかしたの?」
「いや、ただ……凄い気配を感じたから」
「さっきの人に?」
「あぁ」
アイラがこちらを向き、目で問いかけてくるが、あいにくと俺は何も感じなかったため、首を横に振った。
俺はただ、一瞬、美しい金髪がチラリと見えただけでそれ以外は特に何も分からなかった。
顔もはっきりとは見ていない。
「ひょっとすると、大会出場者だったりして!」
「あり得るな。賞品、結構良いみたいだし」
帝国はガオンを倒すために、国宝クラスの賞品を用意した。
別にガオンを倒すのが五隊長でなくとも問題はない。
三大国中から強者を募る帝国の思惑を知り、しかし、それでもなお、俺はセリオンでも出てこない限り、彼女の勝利は硬いと踏んでいた。
しかし、そう簡単な話ではないかもしれない。
話に聞いたが、あの魔族との一戦の日、ガオンでさえ身の毛がよだつほどの何者かの気配を感じ、アイラはそれに救われたと語っていた。
そしてさっきのローブの金髪の女性。
そう言えば、昨日遭遇したムラサキの母……スミレもそんなことを仄めかしていた。
「悪い、ロイド、アイラ……先帰るわ」
呑気に楽しんでいる場合ではないと悟ったのか、そう言うとガオンは旅館へと戻っていった。
そう思わせるだけの気配を放っていたあのフードの女性の正体も気にはなるが、試しに杖を取り出し探知するも、魔族の気配はない。
今捕まっている四天王を除いて。
「……帰ちゃった」
「……そうだな」
まぁ、本来はこれが正しい気もするが。
取り残された俺とアイラ。
まだ「姉疑惑」の件を報告していないのも相まって、気まずさを覚えていた。
「そうだ。お使い頼まれてたんだった」
「お使い?」
別に気まずさを紛らわす嘘ではない。話題を作ったつもりもない。
確かに俺は昨日、ある人物にお使いを頼まれていた。そしてすっかり失念していた。
「ちょっとな」
「ふーん」
疑いの眼差しを俺へと向けるアイラ。ここまで凝視してもなお、彼女が俺を弟だと気がつくことはない。
そして俺も、どれだけ彼女の顔を見ても、ピンとは来ない。
やはりマキナの間違いなのではないかと思ってしまう。
「何、なんでロイドまであーしを見つめてるわけ」
「別に、なんとなく」
「ふーん、あっそ」
あぁ、どんどん報告しにくくなっていく。
◇
その晩、お使いと称し購入した屋台の品々を持って、俺は旅館を出た。
ガオンは明日に備えもう寝ており、アイラも以外にも、すんなりと見送ってくれた。闘技場の席は今日と明日の当日販売のみだそうだが、俺とアイラは帝国に特等席を用意してもらっている。
だから、早く寝る必要もない。ゆっくり家を出ればいい。
それだけにアイラがすんなりと見送ったことに違和感が残る。
念の為、探知魔法を使ったが、アイラが追ってきている様子はない。
「ま、いいか」
その方が好都合だ。
ガオンなら問題はないが、アイラにはあまり見られたくない。
俺は裏路地に入り、人気のない場所で足を止めた。
「いるんだろ?」
「あぁ」
建物の上から落ちてきたレットは、スタッと微かな音を立て、綺麗に着地した。
そう、俺にお使いを頼んだのはレットだ。レットは今日の祭りに参加できない分、せめて食べ物だけでもとお使いを頼んできたのだ。
「これ、頼まれてたやつ」
「おぉ、ありがとな」
別にお使いくらいたいした手間でもないし、頼まれる分には構わない。
収納魔法を使えば荷物にさえならないしな。
それでも、
「なぁ、なんで自分で買いに行かないんだ?」
そう、気にならずにはいられなかった。
これまで何だかんだレットは仮面をつけ、平然と街を闊歩していた。
それなのに、あの魔族との一戦以降、彼女は仮面をつけていたとしても、帝都を歩くのを明からさまに避けている。
それは勿論、俺たちが注目の的になりかねないのもあるだろう。
だとしても、祭りに参加できない、屋台にさえ行けない理由にはならない。
「それは、あれだ、今は人が多いから……」
そう言いながら、買った品々の入った袋を受け取ろうとレッドの伸ばした手を、ヒョイっとかわす。
「何を……」
「昼間、街中でコソコソしていただろ」
ぎくっと肩を振るわせるレット。分かりやすいな。
昨晩、お使いを頼まれた際、彼女にマーキングを事前にしておいた。
やり方は簡単だ。探知魔法は距離があろうと獣人と人間の魔力くらいは区別できる。だから彼女には俺の魔力を、人間の魔力を付与することで、独特な気配に仕立て上げた。
彼女がコソコソと動き回ったことはわかっている。
「流石だな、やっぱり……」
そう言うとレットは何を思ったのか、その仮面を外し、素顔を晒した。
別に顔を見ることは初めてではないが、覚悟の決まった彼女の表情に、こちらも気が締まる。
「その腕を見込んで、ロイドに協力して欲しいことがある」
「俺に?」
「あぁ……」
何を協力して欲しいのか、そもそも何故に俺なのか。
それはガオンらではダメなのか。気になるところは多々あるが、そんな俺の心中を察してか、レットはゆっくりと口を開いた。
「その前に。ロイドはバイオレットという名前に聞き覚えはあるか?」
「バイオレット? いや、全く」
その返事を聞いたレットは一度、視線を落とした後、改めて強い眼差しで俺を見据えた。
力強く、しかし、微かに揺れる瞳には、彼女の覚悟が映って見えた。
「剣の名家の大罪人……同門殺しのバイオレット。現在指名手配中の獣人の名前で、そして私の名前だ」
薄々、剣の名家とやらと関係があるとは察していた。
しかし、まさかそこまでとは、流石に予想外だ。
何せ、そんなイメージがなかったから。
初めて出会った時、彼女は不要な殺生を避けたが故に、依頼主に捕まり牢に入っていた。そのせいで酷い怪我を負った。
そこまでされようと、一般人である定食屋の店主や宿屋のラーナを、殺そうとしなかった。
共に旅をしていてもそうだ。彼女はそんな悪人さを感じさせる素振りは見せなかった。
あまりにも甘すぎる暗殺者……前に口にもしたが、はっきり言って彼女に暗殺者は向いていない。
それが彼女に抱いた印象である。
そしてそれは今もなお変わらない。
だから、大罪人とか、同族殺しとか言われても、すんなりと受け入れられない。
疑わしくさえ思ってしまう。
「本当、なのか?」
「そうだ、私は親も含め、身内を数人殺した」
その言葉を聞いてなお、信じきれない一方で、腑に落ちる点もあった。
「それでムラサキを避けるのか。身内を殺したから」
「いや、そう言うわけじゃない。彼女は、おそらく私に恨みも何もない。ただ、彼女の勘は鋭いから、バレないように近づかなかっただけだ。一応、顔見知りだし」
「そうなのか?」
「同じ剣の名家の出ではあるが、世間一般的な身内とは言い難い」
同じ家で、身内ではない。
随分と不思議な言い回しに首を傾げていると、レット……いや、バイオレットは説明を始めた。
「剣の名家は複雑なんだ。一家と言っても、その中には多くの家族があり、色々な剣術流派が存在する」
剣の名家は、帝都の外れにかなり大きな敷地を有しているらしく、そこにはいくつもの家屋が立ち並んでおり、その中で流派ごとに暮らしているそうだ。
そこで互いを間近に意識しながら、鍛錬を積む。
「そして、一家の中で五隊長の座についた者のいる流派が、本家になる」
「変わっているな」
「初代当主の取り決めなんだ。あえて複数の流派を同じ敷地に置き、一家とすることで、常に意識し競い合う環境を作る。そして、本家の座を奪い合うことで、剣の名家の実力を高く保つためにって」
名家としてあり続ける上で、腐敗しないように、という点では中々の得策といえよう。家の外だけでなく、内側にも敵を作ることで、常に緊張状態を保つ。名家の実権を握る本家は常に隊長の座を、失脚を願われる。だからそうならないために日々鍛錬するし、他所から見込みのある子供を養子や弟子に取ったりする。
そして他の流派のものは、隊長の座を奪うために同じく、日々鍛錬を積み続ける。弟子や養子をとったりする。
これは一見するとメリットが多く思えるが、同時に大きなデメリットも孕んでいた。
「しかし、初代当主の思惑通りにはならなかった。皆が皆、真っ当に五隊長を目指すわけじゃない。己が才能では叶わないと知り、暗殺や毒殺を試みるものが一定する。それだけじゃない。本家になるために、子供を五隊長にするために、虐待まがいの鍛錬も横行する始末だ」
生まれてくる子が剣を学びたいとは限らない。剣の道を極めたいとは限らない。それなのに、無理に鍛錬を積ませる。
強くなれと、プレッシャーをかける。
確かに初代当主の当初の目的通り、剣の名家としてその実力は衰えていない。
そこは狙い通りにいっていると言える。
しかし、こんなあり方は、腐敗してるも同然だ。
「うちの流派もそうだ。そんなくだらない流派争いに、妹を巻き込んだ。だから、殺した……妹を守るために」
そう語るバイオレットの表情は、声は、かつてないほど暗かった。同時に、殺しという選択をしたこと自体には後悔がないようにも見えた。
「……」
妹のために行った彼女の判断や行いの善悪は、とても俺には決めれそうにない。
俺は所詮部外者だ。
だから否定も、肯定もしない。
「妹さんは?」
「今はスミレが面倒見てくれている」
スミレが預かっていると聞き、昨日ぶつかった少女の顔が脳裏に浮かんだ。
「あー、あの子か」
なるほど。昨日その顔を見た際、どこかで見たことがあるような気がしていたが、納得が行った。
そうか……バイオレットの妹だったのか。通りで似ているわけだ。
「何? 会ったのか!?」
「昨日な」
そう言えば、俺に用があるみたいだったが。
何故だろう。それについて何故だかバイオレットに聞く気にはなれなかった。
だから、会った時のことだけを簡潔に話す。元気そうな妹の話を聞き、バイオレットは嬉しそうに口角を上げていた。
「そうか」
「それで? 何を協力して欲しいんだ?」
俺に何をやさせたいのか。
何故、俺なのか?
そんな問いに対するバイオレットの答えは、意外で、驚く内容だった。
「ムラサキを守って欲しい。他の流派の連中から」
「ムラサキを、か?」
五隊長最強とも名高い刀将……ムラサキを守る、そのあまりにも烏滸がましい内容に理解が追いつかない。
「あぁ、そうだ。奴らはこの大会で、疲弊したムラサキを殺すつもりだ」
「いやいや、そんなこと出来るのか?」
帝国の最高戦力の一角。
いくら大会で疲弊しているとは言え、倒せる相手には思えない。大前提、いくら彼女が疲弊しようと、会場には他の猛者がいる。流石にムラサキの命が狙われる事態が起これば、皆、協力して守りに入るだろう。
本家ではない、つまりはムラサキに勝てなかった獣人が、ガオンや他の五隊長に匹敵するとも思えない。
「暗殺者ギルドに、彼女の暗殺の依頼が届いた。私も集められる限りの情報を集めたが、全国の暗殺者ギルドに依頼が出されていた」
「……なるほど。ムラサキの命を狙うのは、剣の名家の獣人だけじゃないってことか」
俺の言葉にバイオレットは頷いた。
「破格の成功報酬だ。多分、相当強い奴らが動く。それこそ、帝国一の暗殺者が動いたっておかしくはない額だった」
「嘘だろ……」
バイオレットの言うことが確かなのであれば相当厄介だ。
「トーナメントに堂々と紛れ込む者もいれば、裏から策を講じてくる者もいるだろう。とても、私一人では手が回らない」
もし、それが本当なら、バイオレット一人でどうにかなる話じゃない。
俺一人加わったところで、焼け石に水な気がするが。
それより、
「どうして彼女を守りたいんだ?」
剣の名家の事情やムラサキの命が狙われていることはわかった。
しかし、それがバイオレットとなんの関係があると言うのか。
これだけ情報が出揃ったんだ。俺の中でも薄々察しはついているが、それでも彼女の口から聞いておきたかった。
「もしムラサキが死ねば、妹が……イリスが悲しむ。私はイリスにとって良き姉ではいられなかった。別に今更、良き姉に、家族になりたいとは思わない。それでもせめて、妹の居場所を、今の家族を守りたい。だから」
バイオレットは地面に両膝をつき、頭を深々と下げた。
「この通りだ……頼む!」
静まり返った夜の街に、彼女の懇願が響く。
剣の名家と暗殺者。
はっきり言って、俺が加わったところで相手取れるとは思えない。
しかし、日が当たるところには出れないバイオレットとは違い、俺には多くの選択肢が残されている。
例えば彼女は帝国軍に頼れないが、俺にはできる。
それに魔族とのの一件も相まって、帝国にはそこそこ顔が効く。
何より、
ユイなら、絶対に受ける。
「分かった……俺も協力しよう」
他人事とはいえ、人の命の危機を見過ごす気にはなれない。
もし、誰かピンチに陥ってると知り、それでも何もしなかったら。
そんな判断を下せば、俺は一生、ユイに合わせる顔がない。
ユイだけじゃない。ダッガス、クロス、シリカにもだ。
ここで断れば俺は二度と、彼女らのパーティーメンバーだと名乗れない。
「ありがとう、すまない」
こうして波乱のトーナメント戦が、幕を開ける。