作品タイトル不明
白魔導師、敗北する
◇
帝国一の商会に魔族が紛れ込んでいる。
数は一人だけだが、探知できないだけの可能性は否めない。
魔族絡みとなると、俺たちだけで手におえる話ではなさそうだ。
「帝国軍に伝えよう」
「まぁ、それが無難だろう」
チラリとレットの方を見ると、すでに逃げ出さんと動き出している最中だった。
「あ、あの、私は」
「行っていいぞ」
何なら、もう帰ってこなくてもいい。
そう伝える前に、素早くどこかへと消えた。流石は暗殺者。
さて。厄介なのも消えたことだし、帝国軍の元へと向かうとしよう。
「第二皇女と氷晶の勇者とは面識がある。多分、話は聞いてもらえるはずだ」
「なら、迷うことはないな」
それからすぐに帝国軍の拠点へと足を運んだ。
そこは帝都にある帝国軍の本拠地なだけあって、かなり厳重な警備が敷かれている。
ロウの屋敷の比じゃない。
尤も今回は、不法侵入じゃないため、警備の厳重さも塀の高さも気にする必要もないが。
真っ当に入場するために、入り口の門を守る兵士の男に声をかける。帝国軍の本拠地の門を守る兵士だけあって、かなりガッチリとした体つきをしている。
背丈や筋肉の大きさで言えば、ガオン以上だ。
当然、不審そうに俺を見つめる兵士の男。
「要件は?」
「帝都の中で、魔族の気配を捉えたんだ。それを報告しに」
どう言う経緯で、どこで魔族の気配を感じ取ったのか、事細かに説明する。
「ふむ、そうか。わかった、伝えておこう」
俺の説明を聞いた男は、随分とあっさりとした返事を返す。
「いや、できればもっと上の者に直接……」
「必要ない。俺から伝える、部外者は入れられん」
高圧的にそう話す男の言い分は理解できる。
「いや、お前は信用ならねぇ」
しかし、そんな兵士の男を前に、一歩強く踏み出るガオン。
男はわずかにガオンに怯むものの、それでも後には引き下がらない。
「お前の方が信用ならないだろ」
「何を……この方はかの第二皇女とも繋がりのあるロイド様だぞ」
ガオンが俺のことを見ろと言わんばかりに、強調する。
恥ずかしいからやめてくれ、と言ってる場合ではないため、ここは堪える。
俺の名前を知ってかいなか、耳がぴくりと動く。
「わかった、そのことも伝えておこう」
「むむむ……」
いくらガオンが強く、頭が回るとは言え、これ以上切れるカードはなかった。強行突破する手もないことはないが、先ほどの、俺の難航する姉探しに関する愚痴を聞いてか否か、無茶はしない。
流石にこれ以上、邪魔をしちゃいけなと思ってくれているのか。
「まぁ、ならいいか」
腑に落ちない点はあるが、帝国軍に報告はできた。
今は引き下がる他ない。
それからすぐ翌朝のことだ。
俺たちの泊まる宿に、身なりの整った一人の女性が訪れた。ちょうど、宿を出ようとしたところで声をかけられたが、いつから待っていたのやら。
魔族ではないが……。
女性は慣れた手つきで、名刺を差し出してくる。
そこには、例の商会の名が書かれていた。
予想外の展開に動揺はするも、それを悟らせまいとグッと堪える。
「ロイド様ですね。そちらはガオン様」
「そうだが?」
「会長がお話ししたいとのことです」
テミス商会の会長か。
「ほう? 断ったらどうなる?」
「ひっ、いえ、特には?」
ガオンの妙に圧のかかった言葉に、困惑する様子の女性。
怯える女性に、ガオンは申し訳なささえ感じ始める。
「いや……何でもない」
この展開を読めないと言うことは、つまり何も知らない一般職員ということだろう。
この局面で、一般職員を遣した理由は何か。一般職員には、魔族がいるということが通達されていないのか。
そして、会長直々に、という点も引っかかる。
「いいぜ、行く」
「おい、そんな軽率な」
「いいだろ、しかもこりゃ内部に入れる絶好のチャンスだ」
自信に満ち溢れた顔で、そう語るガオン。
ガオンの言い分には一理ある。探知魔法を発動しながら内部に入れば、今度は誰が魔族かまで判断できる。何故、未だ帝国からの連絡が来ないか、気になりはするが、その情報は帝国軍にとっても有益に働くはずだ。
しかし、リスクも多い。
「やめておくべきだ」
「いやだね、少なくとも私の直感は行けと言ってる」
一切の迷いがないガオンの黄金の瞳からは俺がどんな言葉をかけようと、絶対に行くという意思が伝わってきた。
「はぁ、分かった……俺も行く」
俺がそう答えるのを待っていたと言わんばかりに、口角を上げるガオン。
商会は、以前行った販売所からそう遠くない位置に建てられている。
立派な建物、ではあるものの、豪華さや華やかさという感じではなく、極シンプルで、無駄に派手な装飾はない。敷地を囲う壁などには鼠返しなど和な雰囲気を感じさせる要素があるが、内部の建物の外壁は白塗りで、王国や聖教国寄りの建築デザインと言える。
周りの景観には配慮しつつ、しかし内部はシンプルに。
外壁の門をくぐると、別の職員に出迎えられた。
俺はそっと腰に携えた剣の柄に触れる。いざという時に備え、購入していた武器だ。
実はこれ、剣ではなく杖であり、鞘から抜く事さえできない。
そもそも剣身など存在ぜず、持ってみるとわかるが、剣にしては軽い。柄に触れるだけで魔法を発動できるため、杖よりずっと怪しまれずに魔法を使えるのが利点だ。
この大陸において、日頃から剣を持ち歩いている冒険者は少なくはない。
勿論、街中で正当な理由なく抜刀すれば捕まるし、最悪、駆けつけた強者により簡単に殺されても文句は言えなくなる。
だから誰も不要に抜刀できないのだ。
当然、場所によっては持ち込みできないこともあるが、今回に限って言えば、武器を取り上げはしないだろうと確信していた。呼び出したということは魔族の件は会長に伝わっているとみていい。それで、魔族が潜んでいる場所に、武器の所持は無しでお越しください、なんて言えないだろうし、仮に言われれば無視して帰れば良い。
「どうぞ、こちらです」
読み通り、この偽物の剣が没収されることはなかった。
しかし、予想外のものが提示された。
契約書だ。手に取ってみるが、普通に紙である。
そこに書かれていることは要約すれば、
『商会の所有物の破壊をしない』
『商会の会長、ならびに商会所属の職員に危害を加えない』
この二つである。
そしてこれに同意するのであれば、署名するように書かれている。
至って普通どころか、常識的に考えてやってはならないことだ。改めて、確認するようなことではない。
「これは必須か?」
「はい。これに署名しない限り入れれないと仰せつかっております」
「こっちは呼ばれてきてやってる立場なのにか?」
ガオンの言う通り、招待された身としてはこれに同意する理由がない。
何より、俺たちには最悪、危害を加えるという選択肢がある。
「別に大した内容じゃねぇ。さっさと書いていくぞ」
ガオンがスラスラと自身の名前を書く。
それに続き、俺も仕方なく名前を書いた。
「では、こちらです」
階段を登り、ついた先は三階の最奥の部屋だった。
両開きの扉を職員がコンコンとノックする。
「いいよ、入れてくれ」
扉の先にいたのは、赤色の長髪を後ろで束ねる、メガネをした女性だった。きっちりとした着こなしで、机にある書類を淡々と捌きくその姿勢からは、真面目そうな雰囲気が伝わってくる。
「今日はわざわざお呼び立てしてすみません。どうぞ、そちらにおかけください」
赤髪の女性に促されるがまま、ソファーに腰を下ろす。
赤髪の女性も、今やっている書類を処理した後、俺たちの座るソファーと机を挟んで対面にある別のソファーに腰掛ける。
「初めまして。会長のテラです。まず、私の急なお願いを聞いて頂き、ありがとうございます」
「いえ、それで要件はやはり」
「はい。先日、帝国軍の方から魔族が潜んでいるかもしれないとの報告がございまして」
「職員は知らないようだったが?」
ガオンのストレートな質問を受け、一度扉に目をやった。
近くに職員がいないことを確認したのだろう。
「えぇ、職員に伝えるとパニックになりかねませんし、何より、うちに魔族がいたとして、あえて気がつかないフリをしてる方が、帝国軍も捕まえやすいでしょう」
「なるほど、ね。筋は通ってるな」
ガオンが質問し、気を引いている隙に、俺は軽く手の甲を柄にあて、探知魔法を発動する。
今日はいないかもしれないが、一応……
探知魔法を発動してすぐ、俺は驚愕し、同時に動揺した。
すぐに、何事もなかったかのようなふりをする。しかし、そんな微妙な異変さえ、ガオンは見過ごさない。
「ロイド、どうした」
ガオンに伝えるべきか否か。
しかし、俺が迷っている間に、ガオンは俺の内心に察しをつけてしまう。
「そうか、なるほどね」
ガオンが椅子から飛び上がり、正面に座る魔族の首元を掴まんと飛びかかる。
だが、そこで予想外の事態が起こった。
ガオンの手が魔族の女の眼前で止まったのだ。
ガオンが意図して寸止めしたのかとも思ったが、ガオンの表情には困惑が浮かんでおり、そう言うわけではないと悟る。
俺はどうすべきか悩んでいると、ガオンに掴まれ、大きく後ろに引っ張られた。
戸惑う俺とガオンを見て、目の前の魔族が笑みを溢す。
「契約したでしょう?」
「契約……て、まさかあれか!」
「はい、こうして効力が発揮してると言うことは、しっかりと内容をご理解した上で、サインしたのでしょう?」
確かに、内容を読み、理解した上で名前を書いた。
「闇属性魔法、契約の秘術……契約内容を現実に強制する魔法で、破ることはまずできません」
俺の知らない魔法、秘術というくらいだし、魔族だけに伝わる類の魔法か。
「契約内容で相手に危害を加えることはできなかったり、内容が複雑になれば発動時の消費魔力が激しくなります。他にも色々と制約がありますが、その分、成立さえしてしまえばこの上なく強力な魔法です」
「そうかよ……最悪の可能性も配慮してたが、偽名も無駄だったってわけか」
珍しく、ガオンの顔には笑みもなく、余裕が感じあれなかった。あのムラサキとの戦いでさえ、笑っていたガオンが、だ。
と言うか、あれ、偽名だったのか。
そんなこととも知らずに、本名を書いた俺がバカみたいじゃないか。
「どこに逃げ、どこに頼るつもりかは察しがつきますが、無駄ですよ。この街の冒険者の大半と帝国軍はある程度これに類似する契約をすでに成立させています」
この商会で売買する上で、会員になる必要があるらしいが、なるほど、このためか。
会員登録と言えば、違和感なく契約を結べるし、会員登録自体に料金が発生するわけでもないため、断る理由はない。それに多くの人は、他の人も登録しているんだし、大丈夫だろうと言う心理も働く。
帝国軍も何らかの契約を結んでいるようだが、これも責められはしない。
商会に物理的に危害を加えない、なんて契約が現実的に強制されるなんて、誰が想像できようか。
「っち、これはマズいな。こっちは職員はもちろん、職員に支給されてる商会保有の武具も壊せねぇ。建物ぶっぱの強引脱出もできねぇ」
「なら」
俺はガオンの腕を掴み、転移魔法を発動する。
そのまま、建物の外へと転移してしまう。
「流石! 私と鬼ごっこできる逸材!」
「言ってる場合か!」
「はっ……にしても不味いな。あいつには契約書の内容を現実に強制する力を持ってる。魔力消費は最初の発動の瞬間のみ、となるとヤベェのが、おそらくあいつと契約しているのが十や二十じゃ済まねぇって点だ」
帝都の大半の冒険者や帝国軍も、似たような契約書にサインしていた場合、あの魔族はほぼ誰からの攻撃も受けない無敵の存在と言うことになる。
背後で、何かが迫る音が聞こえる。
「おいおい、嘘だろ」
背後から迫るテラへと視線を向ける。
窓から飛び降りたのだろう。壁にある僅かな足場になりそうな場所を使い、巧みな身のこなしで追いかけてくる。まさか、動けるタイプだったとは、読み違えたな。
「いいんですか?」
テラが余裕綽々とした様で語りかけてくる。
「何がだ?」
「もし、逃げるようでしたら、こちらはこの帝都で無差別殺人を働くくらい容易なのですよ?」
テラの言葉を聞き、俺とガオンが足を止める。
「帝都に住まう人々、すべてが人質ってことか」
「分かったでしょう。この街で私を倒せる戦力はおらず、もし、あなた方が逃げれば私は帝都を破壊することさえできる。それで死ぬ獣人の数は、千や二千では済まないでしょうね」
帝国軍さえ、彼女は止めようがない可能性が高い。冒険者も、下手すればその大半が彼女に手を出せない。
どこまでその魔の手が及んでいるか分からない。
「それが嫌なのでしたら、地下牢への自主投獄をお勧めいたします」
言うことを聞かなくては大勢の帝都に住まう人間が死ぬ。
それは何としても避けなくてはならない。
最悪、俺が捕まる分にはいい。しかし、ガオンを捉えさせるわけにはいかない。元を辿ればこの旅にガオンがこの旅に加わったのは俺が原因だ。
ガオンは俺が巻き込んでしまったようなもの。
それに、希望がないわけでもない。
今、この街にはたった一人、そんな契約を結んでいない強者が一人いるではないか。
だから今は、
「契約をしよう」
「契約、ですか?」
テラは俺の予想外の提案に驚きつつも、冷静にこちらを凝視する。
「そうだ。ガオンはここで知ったこと、起こったことを誰にも伝えない。それと引き換えに……俺は嘘偽りなく知りうる限りの『古代魔法』の情報を洗いざらいはく、これでどうだ?」
古代魔法に関する情報、魔族には喉から手が出るほど欲しいはずだ。
闇属性魔法「契約の秘術」の説明によれば、強制的に結んだ契約は成立しない。つまり、帝都の人を人質に取ってしまった以上、これ以上俺たちに何らかの契約を強制することはできない。それでも俺たちを監禁し、拷問はできるだろう。しかし、それは普通の拷問と相違ない。
つまり、隠し放題、嘘つき放題。
そしてそれを確かめる術は一切なし。
だからこそ、真実のみしか話さないと言う契約には価値がある。
古代魔法に関する情報……あえてリスクを承知でこの契約を飲むメリットがある。
テラはしばらく、悩んだのち、答える。
「いいでしょう。その契約を飲みます」
テラが一枚の契約書を生成する。
内容は要約すると以下の通りだ。
『どんな手段においても、テラに関する情報を誰にも伝えない』
『テラとガオンは互いに、危害を加えるような行動の一切の禁じる』
『ロイドの保有する古代魔法の情報を嘘偽りなく、正直に話す』
そしてそこに俺がサインし、ガオンも渋々サインする。
「ロイド……」
これで、ガオンはテラに対して、なにもできなくなってしまう。
ガオンは俺が抜け道のようなものを作ると予想したのかもしれないが、そんなものは一切考えていない。
ただ、彼が気がついてくれることに賭けたのだった。