軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10.アンリエットは男の面子とやらを知る

「こら。野菜スープにしなさいな」

注文票に『揚げ鶏プレート(特盛り)ビーフシチュー付き』と書いているリオンからそれを奪い取ったアンリエットが厳しい声で言うも、注文票はあっという間に取り返され、そのまま流れるように店員の手に渡ってしまった。

「あー!」

「うるせえなあ。ったく、何なんだ」

「リオンはダイエットしたことがないから分からないのね、可哀想に」

「憐れんだ目で見んな。つか、なんで、そんな勘違いしてんの?」

「さっき、重いの気にしてたじゃないの」

「……体重の話じゃねえよ」

がっくし。

そんな効果音が聞こえてきそうな項垂れ方をするリオンに、アンリエットは意図が分からず首を傾げた。

──この国にやってくるまでの旅の途中で遭った誘拐未遂事件のようなドラマもトキメキ感もなく、あっさり脱出し、救出(?)された今。

状況を整理するより先に空腹が勝ち、アンリエットは何事もなかったかのようにリオンと共に食事をするため食堂に入っていた。

「美味しいわ!」

「そりゃあ良かった」

つい三十分前までシプレの森にある小屋に閉じ込められていたとは思えない、その通常運転ぶりに、リオンは少々呆れた顔を向けていた。

皿の中身が半分になったところで、ふとアンリエットの中に疑問が生まれた。

「ねえ、リオン? あの黒い格好の人達って……その……?」

アンリエットが続きの言葉を言い淀んでいると、潜めた声で「 殺(や) ったに決まってんでしょ」と返ってきて、驚いて持っていたスプーンを落としてしまった。

リオンは手を挙げて店員に新しいスプーンを持ってくるように頼むと、「でも殿下は 殺(や) んなかった」と小声で続ける。

「当たり前でしょ? 例えカビでも、あれは一国の王子よ?」

「相変わらずの言いようだな。んで? どうする? 俺ならバレずにできるけど」

何が『バレずにできる』のか。

いや、言わずもがな。言うな。

「やめなさい。大丈夫だから」

「ふ。嘘だっつの、誰も殺してない。警邏と騎士団呼んであるから、今頃は町の司法局への移送中だろ。取り調べで身元が割れりゃ、フィルモアネガン国に正式な文書も送られる」

「もう……驚かせないでよ、本気で信じちゃったじゃない」

「でも、あいつはまだお嬢様のこと諦めてないし、殺せばよかったって後悔してるとこ」

「大丈夫なのに」

「楽観的過ぎ。あんた、誘拐されたの分かってる? 全然大丈夫じゃねえんだよ」

「分かってるわ。でも……」

本当に大丈夫なのよ、と続けかけた言葉は、リオンの無言の「分かってないだろ?」という視線に押し潰された。

小説によると記憶喪失(になる予定)のスティーヴンは、領地での休養を終えたジェラルディンと運命的な出会いを果たす。

時期的には、今から数か月後というところだろうか。

そのとき、アンリエットはその場にいない。

だが、それを言って信じてもらえるかどうかは別の話だ。……おそらく無理だろう。

「私、こっちのギルドに頼んで、殿下をフィルモアネガン国に送り届けてもらおうと思っているの。ちょっとだけお金はかかってしまうけど、迎えに来られるよりはリスクが少ないでしょう? だから、司法局とギルドに寄りたいなって……」

「は? 何言ってんの?」

「だって、仕方ないじゃない。そうするしかないんだもの」

アンリエットは、一体どうしてこんなにも機嫌が悪いのかしら、と内心で首を傾げる。

「クソカビ野郎の不始末をお嬢様がするのが不満なんだよ」

「あら? 心の声に返事ができるなんて、さすがリオンね。結婚しましょ、そうしましょう?」

「声に出てんだよ。あと、結婚はしねえ」

リオンのイライラを隠しきれない声色に、アンリエットはしょんぼり俯く。

「…………分かったわ、結婚は諦める。……もう言わない。しつこくしてごめんなさい」

そろそろリオンのことは諦めるようにしよう。

と、見せかけて、次のプロポーズは時間を置いて、一年後を目途にしよう。視線を落とす角度と声の震わせ方を、きちんと計算した「もう言わない」の言葉の前には「(しばらくは)」という心の中で呟いた言葉がくる。

アンリエットは、しょんぼり(超演技)しながら、新たに運ばれてきたスープに手を付ける。

丸一日何も食べていなかったので、温かいスープがお腹にじんわり沁みる。美味しい。

ふう、と一息ついてから目線を上げると、拗ねた顔のリオンがビーフシチューを睨み付けていた。

にんじんが大き過ぎて悲しいのだろうか?

まったく、子供である。好き。

「リオン、どうしたの? にんじんさん、私が食べてあげようか?」

リオンの嫌いなにんじんを食べてあげられるというメリットがあるので結婚して~、と心の中で付け加えるのを忘れない。

好感度は、こうしてこつこつ積み上げるのがアンリエット流だ。真似してくれてもいいぞ。

「……自分で食える」

「まあ、偉い。おりこうさんね」

褒めるのも忘れない。これは基本中の基本だ。

「ガキ扱いすんな」

ばくっと、ほとんど噛まずににんじんを食べるリオンを褒めたのに、リオンはまだ機嫌を直さない。

「? してないわ。そもそも同い年じゃないの。それにお誕生日はあなたの方が早いでしょ? 良かったわね、私よりもお兄さんよ」

「……っち」

「あらあら、舌打ちなんてどうしたの?」

今日は怒りん坊の日なのだろうか。

アンリエットにはそういう日は多いが、リオンがこうなることは稀だ。いや、もしかして初めてだろうか?

リオンの初めてゲットだぜ! と心の中でガッツポーズを決め、アンリエットはほくほく顔で食事を進める。

「お嬢様」

「なあに? にんじん?」

「違う、さっきの、話……」

「さっきの、って……?」

「けっ……こ、ん……の話……」

俯いているせいか、いつもより体が小さく見える。その上、耳まで赤い。

ああ、可愛い。テンションが上がる。

小さくて聞こえないなんてことはない。彼の言葉なら聞き逃さない自信がある。

が、大きな声で言ってほしい。

「まあ、小さな声だこと。もっと大きな声ではっきりと言いなさいな!」

「……」

「リオン?」

「………こっちの国でも、半年後に剣術大会がある」

話題を変えたいのか、逃げたいのか分からない声音だった。

フィルモアネガン国の剣術大会は四年に一度だが、ティヴィソル国では二年に一度開催される。

そのため、剣を持つ者にとっては、こちらの国の方がチャンスが多いとされている。

「あら、そうなの? リオンも出るの?」

「出る」

「横断幕作って応援しに行くわね」

「……後生だからやめろ」

「あなたの『後生』、多くない?」

「お嬢様相手なら誰だって多くなる……ってまた話が脱線するし……くそっ」

うっきうき! なアンリエットに、不機嫌マックスなリオン。

「……だから、俺が、勝ったら……さっきの話を……」

「『さっき』? にんじん?」

「違う」

「んふふふふ」

『さっきの話』がにんじんの話ではないことなんて知っているのに、ごにょごにょ話すリオンに、アンリエットの悪戯心がにょっきり現れる。

「……」

「分かってる。結婚の話でしょう? なあに? それが終わったら私に求婚でもしてくれるの?」

「そんなわけない」と即座に否定されるだろうと思いながら聞けば、返ってきたのは、まさかの「そうだ」だった。

しかもかなり真剣な声色で。

「え?」

「俺が勝ったら……つうか優勝したら俺から申し込むから、お嬢様から求婚すんのはやめろ」

一拍置いてから、言い訳のように続ける。

「お嬢様には分からないだろうけど、俺にも『男の面子』ってのがあるんだ」

「そ、そんなの、分からないわ……」

「じゃあ、今、分かれ。何も持ってない男が、高嶺の花に求婚するんだから格好くらい付けさせろ、後生だから」

「……」

「……」

「や、やっぱり、あなたの『後生』、多くない?」

気恥ずかしくてふざけると、リオンは、ふっと笑った。

「お嬢様相手だからな」

その顔がなんだかずるくて口をぱくぱくさせてしまう。

そして、「黙って待ってろ」と言って言葉を締めると、彼は無言で食事を再開した。

アンリエットは首元まで赤く染めながらスプーンを口に運ぶが、さきほどまで美味しいと感じていた食事の味が、今はよく分からなかった。