軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【影、再び】

裏世界ソルシアの探索が進むにつれ、表の世界から来るプレイヤーが増えていた。

当初、トワが【果ての道標】でガラスの床を砕いて開けた穴には、入場条件がなかった。最初にゼクスやレナたちも一緒に入れたように。

しかし、運営が裏世界を『正式なエリア』として実装した際に、入場条件が設定された。「旅人系職業のみ入場可能」。トワたちと一緒に最初に入ったメンバーには既得権として入場許可が残されたが、新規の入場は旅人系に限られてしまった。

旅人の集いのメンバーを中心に、二百人以上の旅人が裏世界に来ている。ソルシアの街は──賑やかになっていた。

だが、問題も起きた。

水曜夜。ハルからメッセージが来た。

ハル:「トワさん! 大変です! ソルシアの南東エリアで、PKが出ました!」

トワ:「PK……裏世界でか?」

ハル:「はい。〈翠蛇の牙〉のメンバーが五人、裏世界に入ってきてます。旅人の集いのメンバーが、三人、やられました」

〈翠蛇の牙〉。翡翠の密林で旅人の集いを襲ったPKギルド。──彼らも旅人クラスに転職して、裏世界に侵入してきた。

トワ:「ということは、奴らも旅人に転職したのか」

ハル:「上位旅人職の『風来坊』に転職したみたいです。旅人系の職業なら裏世界に入れるので……」

風来坊、蓮も選んだ上位旅人職の一つ。戦闘寄りのスキルツリーを持つ。

PKに向いているクラスだ。

「トワ。わるいひとが、ソルシアにきた」

「大丈夫だ、お前の故郷を荒らさせはしない。――直ぐに行くぞ」

裏世界ソルシアの南東──復元が不完全なエリア。建物が半壊し、道が入り組んでいる。PKが隠れるにはおあつらえ向きの地形だ。

【見聞録】を起動した。今となっては、裏世界でもスキルは正常に動作する。

プレイヤー反応、五人。全員PKステータス──赤いネームプレート。Lv82〜87。風来坊。

そして──三人の旅人が地面に倒れている。デスペナルティ状態。装備が散らばっている。旅人の集いのメンバーだ。

「はっはっは! 旅人は弱えなぁ!」

「Lv1の雑魚が、ソルシアなんて歩いてんじゃねえよ!」

「装備は大したことねえが──ソルシアの素材アイテムは高く売れるぜ!」

五人のPKが、倒れた旅人たちの持ち物を漁っていた。

密林の時と同じ光景。だが、この時のトワの気持ちは、前回と同じではない。

ソルシアは、セレスの故郷だ。ノクスが一人で守り続けた世界だ。記憶を集めて蘇らせた場所だ。──その聖地を荒らしている。

「セレス。【月光の目】で、周囲に他のプレイヤーがいないか確認してくれ」

「やってみる。──あ。いる。ハルと、あと……十二人。たびびとのつどいのひと」

ハルが十二人の旅人を連れてきている。──しかし、全員Lv1。戦闘力はない。

ハルからメッセージ。

ハル:「トワさん。わたしたちも来ました。戦えなくても、できることはあります」

トワ:「何をする気だ」

ハル:「密林の時と同じです。わたしたちにしかできない仕事をします」

密林の時、ジャガーノート戦で旅人の集いが根を斬った。Lv1でもできる仕事だ。

トワ:「いったい、何を考えている?」

ハル:「このエリアは復元が不完全です。でも、わたしたちが【記憶断片】を集めれば、この地域の地形を安定させられます。安定した地形なら、トワさんが戦いやすい」

トワはなるほどと頷いた。

これはハルが自分で考えた作戦だ。師匠の指示ではなく、自分の判断で動いている。

彼女なりに、成長しているんだ。

トワ:「いい判断だ。──じゃあ、任せたぞ」

ハル:「はい!」

ハルが十二人の旅人を率いて散開した。不安定な地形の中から【記憶断片】を探し始める。

冬夜はPKたちの前に姿を現した。

「──お前たち」

五人が振り返った。

「……ん? Lv1? 旅人? なんだ、カモがもう一匹──」

言い終わる前に、トワの【果ての道標】が炎を纏って振り下ろされた。

過去のソルシアで受けた火の精霊の祝福。炎の剣。

リーダー格のPKが一撃で吹き飛んだ。HPの半分が消える。

「な──!? どういうことだ、こいつLv1の火力じゃ──」

「トワだ!! あのトワだ!! 今すぐ逃げ──」

背中を向けた時には、もう遅かった。

【見聞録】で五人全員の位置を把握。0秒で弓に切り替え、逃げようとした二人の脚を射抜く。

0秒で槍に切り替え、三人目に突進。

0秒で杖に切り替え、四人目に雷の精霊の祝福──雷撃。

0秒で剣に戻し、五人目──リーダーに三連斬。

八秒で、五人が全滅。

ハルの旅人たちが【記憶断片】を集め、この地域の地形が安定してきた。不安定だった地面が固まり、壊れかけの壁が修復される。

PKたちはデスペナルティで始まりの町に送還された。裏世界からは追い出された形になる。

倒れていた三人の旅人を蘇生した。マルクが駆けつけて回復を飛ばす。

「大丈夫ですか。怪我は」

「あ、ありがとうございます……トワさんが、来てくれて……」

「わたしたちも、もっと強くならないとね」

ハルも現場に駆けつけてきた。

「トワさん。地形、安定させました!」

「よくやった。──今回は、お前の判断でみんなが動いたな」

「はい。師匠に教わったことじゃなくて、自分で考えてみました。ちょっと……出過ぎた真似だったかもしれませんけど……」

「いや、それでいい。これでもう、ハルは俺の弟子じゃないな」

「え……弟子じゃない? もう……師匠のそばにいちゃダメですか……?」

「そうじゃない。お前は弟子を卒業して、『仲間』になったってことだ」

トワがハルの肩をぽんと叩く。

ハルの目に、じわりと涙が浮かび上がった。

「なかま……わたし、師匠の弟子じゃなくて──仲間……」

「ハル、ないてる? セレス、しんぱい」

「なっ、なななっ……泣いてません! ただ、ちょっと嬉しいだけです!」

「それ、なくっていう」

「泣いてない! 泣いてないもん!」

旅人の集いのメンバーたちが、少し離れた場所から三人を見ていた。

「ハルちゃん、泣いてるね」

「トワさんに仲間って認められたんだ……そりゃあ泣くよ」

「でも、泣いてないって言い張ってるよ」

「泣いてるのに泣いてないって言うの、トワさんの影響だよね。何とかのせいとか言うやつ」

「師弟って、似るんだなぁ」

ハルが袖で目を拭いて、顔を上げた。

「あの……トワさん。仲間になったら、もう師匠って呼んじゃダメですか?」

「いや、それは……」

「ダメ、ですか?」

潤んだ目、紅潮した頬、訴えかけるような上目遣い。

流石にこんないたいけな小動物みたいなハルを、強く突き返すことはできず……。

「なら、まあ……好きにしろ」

「じゃあ! たまに師匠って呼びますね、癖なので!」

「癖なら……仕方ないな」

「あと、あの! 仲間になったお祝いに、一つお願いがあるんですけど」

「なんだ?」

「……頭、撫でてもらえませんか。師匠が前にセレスちゃんを撫でてるの見て、ずっと……その……羨ましかったので……」

冬夜は少し面食らった。それは思いもしてなかったお願いである。

そしてセレスはトワの肩から、ハルをじーっと見ていた。目が細い、あの審査の時の目だ。

「ハル。トワになでてもらうのは──セレスのとっけん」

「えっ、独占!?」

「セレスがいちばん。これはゆずれない」

「わ、わたし一回だけでいいんです! 一回!」

セレスが腕を組んだ。手のひらサイズの妖精が腕を組んでいる。何の威圧感もないが、というのは火に油なので黙っておこう。

「……じゃあ、さんびょう」

「三秒!?」

「さんびょうだけ、ゆるす。セレスのとくべつきょか」

「ありがとうございます、セレスちゃん!」

「俺に取捨選択の自由はないのか……?」

「トワ、ハルのあたま、なでる」

「……」

冬夜はハルの頭に手を置いた。オレンジ色の髪をくしゃっと撫でる。

一秒。二秒。

ハルが──目を閉じて、ぎゅっと拳を握っていた。耳まで赤くなっている。

そして、三秒。

「はい、おわり!」セレスが宣言した。

「あ、もう三秒──」

「おわり!」

ハルが名残惜しそうに目を開けた。

「……ありがとうございました。一生の思い出にします」

「大袈裟だ」

「大袈裟じゃないです。──師匠に頭撫でてもらうの、ずっと夢だったんです」

旅人の集いのメンバーが後ろでざわめいた。

「トワさんがハルちゃんの頭を!」

「俺も撫でてほしい!」

「お前はおっさんだろ」

「おっさんでも撫でてほしい時はある!」

「……いつの間に、こんなことになったんだ」

外野からのガヤに、トワは聞こえないふりをして歩き出した。

セレスは、なぜか自慢げだった。