軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「目撃者」

翌日の大学の講義中、冬夜のスマホが何度も震えた。

マナーモードにしているが、机の上に置いているので振動が伝わってくる。通知の頻度がおかしい。

講義が終わってから確認した。

BCOの公式アカウントがポストしていた。

「【お知らせ】新エリア『終夜の回廊』『銀月の草原』について、現在エリアボスの初討伐および各エリアの初踏破がすでに達成されていることを確認しております。踏破者の方、おめでとうございます」

リプライ欄。

──「踏破者=トワ確定だろこれ」

──「あの人しかいねえよ」

──「グラオザーム倒した翌日に、ソロでエリアボス倒して新マップ踏破って何?」

──「Lv1の旅人にサーバーファーストを全部持っていかれるゲーム」

──「運営もトワのこと把握してそうだな」

──「っていうかさ、回廊のエリアボスってソロで倒せるの? 推奨Lv85パーティ向けコンテンツなんだけど」

冬夜は食堂で昼食を食べながら、画面をスクロールした。

有名攻略サイトが特集記事を組んでいた。

「BCO最大の謎──Lv1旅人『トワ』の全スキル考察【随時更新】」

記事には、レイド中のミコトの配信映像を解析して推測されたスキル構成、ダメージ計算式からの逆算で推定されたステータス、そして【旅路の極意】の存在についての仮説が書かれていた。

──「たとえば移動距離がステータスに変換される隠しスキルがあるとすれば、全マップ踏破済みのトワのATK/DEFはLv90超えのプレイヤーを凌駕する計算になる」

ほぼ正解だった。

冬夜は味噌汁を飲んで、スマホをポケットにしまった。

──まあ、放っておけばそのうち飽きるだろう。

そう思っていた。

午後七時。ログイン。

接続先は昨日のログアウト地点──銀月の草原。

草原に降り立った瞬間、【見聞録】が反応した。

プレイヤー反応。複数。

──四人。いずれもLv85以上。草原の入口付近に固まっている。

冬夜の眉がわずかに動いた。

終夜の回廊を抜けてここまで来たプレイヤーがいる。回廊のエリアボスをパーティで攻略したのだろう。トワが倒してから一日。攻略情報が出回れば、腕に覚えのあるプレイヤーたちが後に続くのは当然だった。

問題は、自分の存在に気づかれるかどうかだ。

草原は広い。距離を取れば接触は避けられる。冬夜は北東方面──昨日歩き残した方角へ向かい、四人組から離れるルートを取った。

だが。

「──あ。いた」

声がした。

振り返ると、四人組のうちの一人がこちらに向かって走ってきていた。女性アバターで、Lv87の剣士。ギルド名は〈深紅の牙〉。

「やっぱりトワだ! ねえみんな、トワがいる!!」

残りの三人も走ってくる。Lv85の僧侶、Lv86の魔法使い、Lv88の盗賊。全員が同じギルドのようだ。

「うわっ、マジだ。Lv1の旅人。本物じゃん」

「フォーラムでめちゃくちゃ話題になってる人だよね!?」

「こんなところで会えるとは……」

トワは足を止めた。逃げてもいいが、ここで煙幕を使うのは大人気ない。相手に敵意はなさそうだ。

チャット欄に打った。

「……邪魔をするつもりはない。先に行く」

「ちょっと待って!」

Lv87の剣士──名前は「レナ」と表示されている。彼女は慌てて手を振った。

「邪魔だなんて思ってないよ! あの、一つだけお願いがあるんだけど……」

トワは無言で待った。

「あのね、この先の草原の奥に、フィールドボスがいるみたいなの。じゃなくて、うちの斥候が偵察したんだけど、Lv90のボスで、四人じゃちょっと厳しそうで……」

「あっ! つまり、トワにボスを倒すのを手伝わせるってこと?」

仲間の盗賊が率直に言った。

「ちょっと……そうだけど、手伝わせるって言い方!」

レナが盗賊を小突く。

「でも、そうなんでしょ?」

「そうなんだけど……でも、相手はあの有名人だし……」

チャットログには、トワの言葉だけしばらく表示されなかった。

反応がない。無視されるか、それともブロックされるか。

四人が不安そうに見守る中、ようやくトワのチャットが打ち込まれた。

「その方角は、まだ歩いていない」

レナが首をかしげた。

「え……? それは、行く、ってこと?」

「地図を埋めたい。ボスがいるなら、倒さないと先に進めないだろう」

「あ、うん、そう……そうだね?」

レナが仲間を振り返ると、三人も一斉にうなずいた。

「そ、それじゃあお言葉に甘えて!」

「よろしく、トワさん!」

「どうか、よろしくお願いします!」

トワは特に返事をせず、北東へ向かって歩き出した。四人が慌てて後を追う。

「ねえ、トワさんって結構歩くの速くない?」

「つべこべ言ってないで、走れよレナ」

「いや、走ってるんだけど!?」

トワの移動速度が速い理由を、四人はまだ知らない。

アイテム名:【冒険のお守り】

種別:装備品。装備条件:Lv1〜5限定。

公式説明文:冒険者の旅路を見守る、小さなお守り。

効果:被ダメージ30%軽減。

隠し効果:装備中、移動速度が10%上昇する。

入手方法:チュートリアルクリア報酬(全プレイヤーが受け取るが、即お蔵入りにする)。

チュートリアルで全員がもらうお守り。被ダメージ軽減だけでなく、移動速度上昇の隠し効果がある。これも低レベル限定アイテムの常で、Lv5を超えた瞬間に装備が外れるため、誰も隠し効果に気づかない。

移動速度10%。さらに【道具通】で装備品の数値効果が二倍。つまり移動速度20%上昇。

七千時間、この速度で歩き続けた結果が、【旅路の極意】のあの数値だ。

四人がようやく追いつく。

「速い……! トワさん、もしかしてバフかけてる?」

トワは答えなかった。ただ、少しだけ歩く速度を落とした。

北東の端に辿り着いた。

草原が途切れ、銀色の砂浜が広がっていた。その先に、光る湖。湖の中央に、巨大な影が蠢いている。

【銀月の湖獣・フォルセイド Lv90 ──フィールドボス】

【見聞録】が情報を描き出す。HP、弱点属性、攻撃パターン──だが、やはり一部が「???」のまま埋まらない。初見の攻撃が存在する。

四人が湖を見て、息を呑んでいた。

「でっか……」

「Lv90かぁ……」

「四人じゃ絶対無理だったね、これ」

トワはチャットを打った。

「前衛は俺が出る。君たちは、遠距離から火力を出してくれ」

「えっ、Lv1が前衛?」

「いいから、やらせとけ」

盗賊が誇らしげな笑みを浮かべた。

「あいつは、千人レイドでMVP取った御方だぞ。ここは、お手並み拝見させてもらおう」

トワは【旅立ちの剣】を抜いて、湖に向かって歩き出した。

水面に足を踏み入れる。浅瀬を進む。フォルセイドがこちらに気づき、巨体を持ち上げた。

蛇と鯨を足したような姿だった。全長は三十メートルはある。口を開くと、水属性のブレスが充填される光が見える。

【見聞録】が攻撃パターンを読む。

──ブレス発射まで、2.4秒。

十分だ。

トワは駆けた。銀色の水飛沫を上げて、フォルセイドの懐に潜り込む。

三連斬。

戦いが、始まった。