軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

南へ

月曜日。大学、食堂。

冬夜は宮瀬の向かいで昼食を食べていた。最近は毎日のように一緒に食べている。

もう習慣の一部だ。

「ねえ久坂くん、聞いていい?」

「なんだ?」

「ゲームの中のセレスちゃんって、普段何してるの? 久坂くんがログアウトしてる間」

「草原で鹿の姿に戻って、草を食べたり、寝たりしているらしい」

「へえ……寂しくないのかな」

「本人は寂しいと言っている。毎回ログインすると『おそい!』と怒られる」

宮瀬は、微笑ましそうに目尻を垂れ下げた。その光景を想像しているのかもしれない。

「可愛いね。セレスちゃんって、どんな見た目なの?」

「手のひらに乗る大きさの……妖精? 一応は女の子だ。銀色の髪で、鹿の角と尻尾がある。白いワンピースを着ていて、背中に翼がある」

「えー、すっごく可愛い! 見てみたいなぁ」

「配信のアーカイブに映ってるぞ。ミコトの──」

「久坂くんの画面で見たいの」

自分のプレイ画面を宮瀬に見せる。

それは、トワとしての自分を、宮瀬に見せるということだ。

「……今度、考えておく」

「また考えておくだ。──でも、前よりは距離が近い言い方だね。前は、即答で断ってたもん」

「そうだったか?」

「前は、だけどね。……成長してるんだね、久坂くんも」

「成長では──」

「 事(・) 実(・) の(・) 修(・) 正(・) 、でしょ。知ってる」

思わず押し黙る冬夜を見て、宮瀬は嬉しそうに味噌汁を飲んでいた。

夜。ログイン。

セレスが飛んできた。今日はリンゴを抱えていない。代わりに、何か小さなものを口にくわえている。

「トワ! おかえり! みて、みて!」

セレスが口から出したのは、小さな花だった。銀月の草原に咲いている、白い花。

「セレスがみつけた。きれいだから、トワにあげる」

小さな手で、花をトワの胸元に差し出す。

冬夜は花を受け取った。

「ありがとう。……綺麗だな」

「えへへ」

セレスの角がぽわっと光った。これは嬉しい時の光り方だと、最近は光り方ひとつでセレスの機嫌が分かるようになってきた。

アイテム欄を確認すると、【銀月の花】というアイテムが追加されていた。効果はない。ただの花だ。でもストレージにしまわず、胸のポケットの位置に装備した。

「つけてくれた!」

「ああ、旅のお守りになるからな」

セレスが最高輝度で光り出したので、慌てて「光るな」と言った。

今夜の目的地は南方だ。【旅人の羅針盤】が指す方角──銀月の草原の南端、崖の下の霧底の森を通り抜け、さらにその先へ。

セレスの【覚醒形態】に乗り、【星渡り】で霧底の森の南端に転送した。

森を抜けると──景色が変わった。

緑。濃い緑。

熱帯の密林が広がっていた。

巨大な樹木、はびこる蔦、苔と落ち葉、湿った空気、鳥の声、虫の音、水の流れる音。

【新エリア「翡翠の密林」に到達しました】

【このエリアはあなたが最初の踏破者です】

「トワ! みどり! いっぱいみどり!」

セレスが目を輝かせている。

銀月の草原は銀色、霧底の森は暗い灰色、星砂の廃都は赤、天蓋の遺跡は白。

――そしてここは、鮮やかな緑。

全く違う世界だ。

「くうきが、あったかい。あと、むしがいる」

「熱帯だからな」

「むし、きらい」

「虫も生態系の一部だぞ」

「きらいなものは、きらい」

セレスがトワのフードの中に潜り込んだ。虫が苦手らしい。角だけがフードから飛び出している。

密林を歩き始めた。土がしっとりと湿り、歩いていくのも一苦労だ。【見聞録】がモンスター反応を大量に捉えた。密林は生態系が豊かで、モンスターの密度が高い。

【密林の巨蟲 Lv89】

【翡翠の蛇蜥蜴 Lv91】

【苔纏いのゴーレム Lv93】

レベル帯が高い。しかし、トワのATKは旅の蓄積で日々上がっている。

まずは巨蟲を、三連斬で一撃。蛇蜥蜴を弓の精密射撃で仕留める。ゴーレムは硬いが、弱点である苔で作られた核を【見聞録】で発見し、槍で貫く。

密林を進みながら、地図を塗っていく。

翡翠の密林を数日かけて探索した。踏破率は32%まで上がっている。

密林は広大で、奥に進むほど地形が複雑になる。巨木の根が迷路のように張り巡らされ、上下の層が入り組んでいる。【見聞録】がなければ道に迷う構造だ。

数日の間に、密林への入口──霧底の森の南端ルートが他のプレイヤーにも知られ始めたようだ。トワが開いた「崖下りの道」は旅人専用だが、霧底の森の南端には通常ルートも存在する。高レベルのパーティか、低レベルの旅人でも来ようと思えば通過できる。

そして、その日の夜。探索の途中で、異変があった。

【見聞録】がプレイヤー反応を捉えた。複数。しかも──戦闘中。

南東方向。プレイヤー十二人。うち八人がPKステータス表示──【プレイヤーキラー】。

赤いネームプレート。残り四人が……Lv1。旅人。

Lv1の旅人が四人? まさか──『旅人の集い』のメンバーか。

四人がPK八人に囲まれている。一方的に攻撃されている。Lv1の旅人がLv80台のPKに勝てるわけがない。

PKギルドの名前が【見聞録】に表示された。

〈翠蛇の牙〉

冬夜はその名前に見覚えがあった。BCOの公式フォーラムで何度か話題になっていたPKギルドだ。初心者狩りを専門にしている。弱いプレイヤーを狩って、装備やゴールドを奪う、BCOの害悪として知られる集団。

──旅人の集いのメンバーが、初心者狩りに遭っている。

冬夜は走り出した。

「セレス。方角は南東、最短ルートで行くぞ!」

「うん!」

セレスが覚醒形態に変わった。三倍速の疾走。密林の樹木の間を駆けていく。

現場に着いた。

四人のLv1旅人が、地面に倒れていた。HPはゼロ──デスペナルティ状態。

装備が散らばっている。みんな、奪われたのだ。

八人のPKが、倒れた旅人たちの上で笑っていた。

「ははは、Lv1が密林に来るなんてなぁ。いいカモだぜ」

「装備は大したことねえが、素材アイテムは結構持ってたな」

「旅人の集いとかいうコミュニティ、全員カモだろ。あいつら、戦闘力ゼロだし」

冬夜の内側で、何かが湧き起こった。

怒りではない、もっと形容しがたい、理解し難いものを見たときに抱く感情。

倒れているのは、みんな旅人だ。自分と同じ、旅をするために歩きたかった人たち。まだ弱くて、まだ何も知らなくて……でも、自分の足で歩こうとしていた。

その旅を、踏みにじっている。

セレスが小さな姿に戻って、トワの肩に降りた。

「トワ。あのひとたち、わるいひと?」

「ああ」

「トワ、おこってる?」

「怒っていない。──ただ、許せないだけだ」

トワは密林の木の上から、八人を見下ろした。

【見聞録】が八人のデータを読む。Lv82〜87。装備は中級。スキルは盗賊系が多い。──強くはない。数で押すタイプのPK集団だ。

木の上から──弓を構えた。

一射。必中の精密射撃。八人のリーダー格のHPが一撃で半分消えた。

「な──!? どこから──」

二射目。三射目。四射目。CTゼロ。矢の雨が降り注ぐ。

「上だ! 上にいるぞ!」

八人が見上げた。

──そこには、Lv1の旅人が立っていた。

「……Lv1? 旅人?」

「待て、あれ──」

「トワだ!! あのトワだ!!」

一人が叫んだ瞬間、八人の顔色が変わった。

トワが木から飛び降りた。着地と同時に三連斬。リーダー格が吹き飛ぶ。

0.17秒で槍に切り替え。突進。二人目を貫く。

0.17秒で杖。氷の魔法。三人目と四人目をまとめて凍らせる。

0.17秒で剣に戻して三連斬。五人目。

五秒で五人を倒した。

残り三人が逃げ出した。背を向けて、密林の奥へ走る。

トワは追わなかった。弓を構え──三人の足元に矢を一本ずつ撃ち込んだ。足元の地面に矢が突き刺さり、三人は「ひぃっ!」と悲鳴を上げて転んだ。

トワはチャットを打った。

「二度と旅人に手を出すな。次は足元じゃなく、お前たちに当てる」

「はっ、はいいいいいぃ!」

「すみません、ごめんなさい、命だけは!」

「もうしません、だから許して!!」

三人は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

去って行くPK集団を傍目に、セレスは肩の上で腕を組んでいる。

「トワ、つよい。でも──あのひとたち、またくる?」

「来るかもしれない。だから、対策を考えよう」

倒れていた四人の旅人が復活した。デスペナルティから回復し、目を開ける。

「あ……あれ? 俺たち、助かった……?」

「誰が──」

四人がトワの顔を見た瞬間に、硬直した。

「ト……トワさん!?」

「怪我はないか」

「は、はい! あの、ありがとうございます! 俺たち旅人の集いのメンバーで、密林を探索してたんですけど、急にPKに囲まれて──」

「装備は奪われたか」

「はい……旅人の手記とか、集めてた素材が全部……」

冬夜は自分のアイテムストレージを開いた。【旅人の手記】の在庫──まだ三百個以上ある。

四人に手記を十個ずつ渡した。

「え、こんなに!? いいんですか!?」

「旅人同士だ。気にするな」

四人は顔を見合わせて、思わず泣きそうな顔になった。

『ありがとうございます……!』

「気にするなと言っているだろ、俺も同じ旅人だ」

「ですが……あの、トワさん! 実は……」

「なんだ?」

「『旅人の集い』のメンバーは、他にもこの辺にいるんです。密林の探索を始めたんですけど、〈翠蛇の牙〉がこのエリアを縄張りにしてるらしくて、何人もやられてて──」

冬夜は視線を引き絞った。

「何人やられた」

「さあ……わかってるだけで、二十人以上……」

旅人の集いの百人のうち、二十人が初心者狩りに遭っている。

セレスがトワの肩で、拳を握りしめていた。

「トワ。セレス、ゆるさない。たびするひとを、いじめるやつ」

「ああ、俺も同じ気持ちだ」

冬夜は四人に言った。

「旅人の集いの全員に伝えろ。翡翠の密林で〈翠蛇の牙〉に遭ったら、逃げずに俺に連絡しろ。──俺が行く」

「トワさんが……!? 来てくれるんですか!?」

「旅人を守るのも、旅人の仕事だ」

四人の旅人が涙を流すと、なぜかセレスが自慢げに胸を張った。

「トワ、かっこいい!」

「かっこよくない。当たり前のことだ」

「かっこいいの! セレスがきめた!」

「そういうもんか」

「うん、そういうもの!」

とりあえずは、これでPKたちへの対策にはなるだろう。

しかし……簡単にうまくいかないのが、MMOだ。

自分のことを気に入らないと思っているやつは、きっと復讐しにくるだろう。

「まあ……それも旅の一部か」

「どうしたの、トワ?」

「いや、なんでもない」

トワは薄暗い森の奥を睨みながら、探索に戻っていった。