軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

紡がれた者たち

レイドの準備が始まった。

まずは素材採取だ。変動耐性の薬を大量に作るには、逆根草と鏡水晶と星花の土壌が必要になる。フォーラムとミコトの配信で協力者を募ったところ、二日で三百人以上のプレイヤーが星花の里に集まった。

修復済みの四エリアに散って、素材を採取する。錆びた草原で錆鉄鉱、根冠の森で逆根草、鏡映の湖で鏡水晶、虹砂の砂漠で無色砂。採取した素材はミラの工房に持ち込まれ、タマキとミラが二人体制で変動耐性の薬を量産していた。

「トワさん、今の在庫が四百本です」タマキがテキストを送ってきた。「あと三日あれば二千本まで増やせます」

「二千あれば、足りるか」

「参加人数次第ですけど、一人一本で、二千人分です」

二千人。十万人規模の虚空龍戦には遠く及ばないが、この世界の入口はトワの糸の鍵でしか開けられない。全員が星花の里の地下を通る必要がある。ボトルネックは入口の狭さだ。

だが、集まれるだけ集めよう。門の向こうに何があるか、行ってみないとわからない。

素材採取のついでに、修復済みエリアを回った。

錆びた草原。安定化してから二週間が経っている。鉄色だった草に緑が混じり始めて、普通の草原に近づいている。鉄草獣は相変わらず金属の草を食べているが、動きが穏やかになっていた。

リルクトの鍛冶場に寄った。リルクトは忙しそうだった。炉が赤々と燃えている。周囲にプレイヤーが列を作っていた。

「おう、旅人。見ての通り忙しい。大きな戦いがあるのか、装備の注文が殺到してる」

「繁盛してるな」

「あんたのおかげだ。この世界に人が来たからな」

「ところで、聞きたいことがある。――レイドに参加する気はないか」

リルクトが手を止めた。

「俺がか? 鍛冶師だぞ。前に出て戦う柄じゃない」

「前に出なくていい。綻びの核の中で装備が壊れた時、現場で修理できる鍛冶師がいると助かる。法則異常で装備の耐久値が削られる可能性がある」

「……なるほど。鍛冶師にしかできない仕事か」

「ああ、お前にしかできない」

リルクトが腕まくりをした。

「いいだろう。名前を取り戻してくれた恩は、まだ返してない。行くぞ」

セレスがトワの肩の上で拍手した。

「リルクト、いく!」

「うるさい精霊だな。だが嫌いじゃない」

鍛冶場を出た時、草原の端に光るものが見えた。以前はなかった場所だ。

「トワ。あそこに何かある」

岩の陰に、石の板があった。修復後に出現したものだ。鏡映の湖で見つけた紡ぎ手の書板と同じ質感。

【隠しオブジェクトを発見しました】

【「紡ぎ手の書板・二」】

書板の文字を読んだ。

【紡ぎ手の書板・二】

【最初に設計を外れたのは、鍛冶師だった】

【彼は毎日、同じ形の剣を打っていた。設計通りに。寸分の狂いなく】

【ある日、彼は柄の形を変えた。握りやすいように。誰にも命じられずに】

【わたしたちはそれを「誤差」だと思った。だが、翌日も彼は同じ柄を打った】

【誤差ではなかった。選択だった】

「リルクトの話だ」

リルクトが書板を覗き込んだ。

「……俺か。柄の形を変えた。覚えてる。あの日、握った時に『こっちの方がいい』と思った。なぜそう思ったのか、自分でもわからなかったが」

「それが、自分で考えた最初の瞬間だったんだな」

「……そうか。あの日からだったのか」

リルクトが黙って書板を見つめていた。自分の始まりの記録を、読んでいた。

根冠の森に行った。ウルが巨木の根元にいた。

「トワ。来てくれた」

「ウル。レイドの話は聞いてるか」

「……メブキが教えてくれた。綻びの核に行くって」

メブキが双葉をぴこぴこさせた。

「ウルにおはなししたの、めぶき!」

「ウル、手伝ってほしい。核の中で根の状態を感知できるのは、お前とメブキだけだ」

「……わたしも行っていいの?」

「もちろんだ」

ウルの四つ葉がゆっくり回り始めた。

「……うん。行く。わたしのもりを守ってくれたから。今度は、わたしがトワを助ける」

「ウルもいっしょ! めぶき、うれしい!」

「……ぴこ」

ウルが小さくぴこと言った。まだためらいがちだが、前よりは声が出ている。

森の中でも書板を見つけた。

【紡ぎ手の書板・三】

【根の精霊たちが、互いに交信を始めた】

【設計では、各精霊は独立して動くはずだった。互いに干渉する機能はなかった】

【だが彼らは根を通じて情報を交換し始めた。地中のネットワークを自ら構築した】

【わたしたちはそれを「ほつれ」と呼んだ】

「根を通じて交信……」トワがメブキとウルを見た。

メブキとウルが顔を見合わせた。

「めぶきとウルが、おはなしできるのって、ほつれ?」

「ほつれじゃない。お前たちが自分で作った力だ」

「……ほつれって呼ばれたけど、わたしたちにとっては普通のこと」ウルが静かに言った。「話したいから、話しただけ」

セレスがトワの肩で呟いた。

「セレスも、はなしたいから、はなしてる。それも、ほつれ?」

「いいや、全部お前たちの力だ」

「よかった。セレスは、ほつれじゃない」

「ああ、俺もそう信じてる」

鏡映の湖のミラ、虹砂の砂漠のノーネにも声をかけた。

ミラは「核の中で調合ができるなら、前線で薬を作れる」と言って参加を表明した。紙に『わたしも行きます。薬師としてできることをします』と書いた。声が戻っているのに、紙に書く癖が抜けないらしい。

ノーネは少し考えてから言った。

「核の中は、この世界の全てのルールが集まっている場所だ。わたしはこの世界の全マップを歩いた。地形の情報なら、誰よりも持っている。案内役ならできる」

「頼む」

「旅人として、歩く。それだけだ」

「それだけでいい」

奏響の都のガレスは、聞くまでもなかった。

「行く。守衛長だ。門を守るのが俺の仕事なら、門の向こうに行くのも俺の仕事だ」

五人のNPC。鍛冶師、根の精霊、薬師、旅人、守衛長。この世界で名前を取り戻した者たちが、全員レイドに参加する。

プレイヤーとNPCが一緒にレイドに挑む。BCOの歴史で、前例のないことだった。

ルーナが影の中から静かに言った。

「……トワ。この世界のNPCたちが、自分の意思でレイドに参加する。紡世者が恐れたこと。自分で考えるNPCが、自分で選んで、戦いに来る」

「ああ」

「……それは、ほつれじゃないよね」

「ほつれじゃない、選択だ」

準備は進んでいる。あと数日で、レイドが始まる。