軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

賑やかな廃墟

現実の五月、日曜日の昼だった。

冬夜と宮瀬は駅前のカフェにいた。宮瀬がアイスコーヒーを飲みながらスマホを見ている。

「久坂くん、フォーラム見た? すごいことになってるよ」

「何がだ?」

「変動耐性の薬が高値で取引されてます。わたしが作ったレシピが広まって、他の薬師も作り始めてるんだけど、素材が足りなくて供給が追いついてないみたいなんです」

「宮瀬が元祖だな」

「ミラさんから教わったんですけどね。でも、最初に調合したのはわたしです」

「薬師のパイオニアだな」

「パイオニアって。……でも、ちょっと嬉しいです」

冬夜がアイスティーを飲んだ。

「午後、ログインする。綻びの大地の様子を見たい」

「わたしも行きます。薬の在庫を持っていきたいし」

「了解、ログインしたら声を掛ける」

「ねえ、久坂くん」

「なんだ?」

「最近、忙しいけど楽しいね」

「忙しい……か」

「ゲームで新エリア攻略して、現実でゼミの準備して、合間にこうやってお茶して。全部楽しい」

「欲張りだな」

「欲張りです。久坂くんといる時間が増えてるから」

「……コーヒー、もう一杯頼むか」

「あっ、話を逸らしましたね!」

「逸らしてない。暑いから冷たいものが飲みたいだけだ」

「はいはい、そういうことにしておいてあげます」

午後二時にBCOにログインした。

始まりの町から星花の里に転送して、地下の扉を降りた。

錆びた草原に出た瞬間、トワは足を止めた。

人がいた。

プレイヤーだ。十人以上。草原のあちこちで、鉄草獣を狩っている。剣士が角を受け止め、魔法使いが後方から火球を撃ち、盾役が前に出て攻撃を引きつけている。

ステータスが±5%で変動する安定化済みのエリア。変動耐性の薬を飲めば、ほぼ通常通りに戦える。

「トワさん、人がいっぱいいますよ」タマキが目を丸くした。

「修復したエリアは安定してるからな。普通のプレイヤーでも来れるようになったんだろう」

近くにいた剣士が、トワに気づいた。

「あ、トワだ! トワがいるぞ!」

周囲のプレイヤーが振り向いた。狩りの手が止まった。

「マジだ。修復者本人じゃん」

「Lv1の旅人、本物だ」

「うわ、ネームプレートに『歩む者』の称号ついてる!」

「修復者がいるなら、一緒に写真撮っていいですか?」

「写真は撮らない」トワが即答した。

「あはは、断られた……」

「でもトワさんのおかげで、俺たちここで狩りができてるんだよな。ほんとありがとう」

「安定度を上げたのは俺だが、ここを狩場にしたのはお前たちだろ」

「かっこいいこと言うなあ……」

セレスがトワの肩の上で胸を張った。

「トワは、かっこいい。セレスがほしょーする」

「おい、あの小さい精霊が保証してくれてるぞ」

「ちいさくない。ふつー」

「いや、セレスは小さいだろ」

「だめ。セレスは、ふつー」

リルクトの鍛冶場に向かった。道中、何人ものプレイヤーとすれ違った。みんなが手を振ってくる。MMOの世界で有名人になるというのは、こういうことらしい。

メブキが頭の上で双葉をぴこぴこさせた。

「ひとがいっぱい! こんなにいっぱいなのは、久しぶり」

「メブキは、人がいっぱいなのは好きか?」

「くるくる……にぎやか。にぎやか、すき」

鍛冶場に着いた。リルクトの炉が赤く燃えていた。完全に修復されている。炉の前にリルクトが立っていて、ハンマーを握っていた。

「来たか、旅人。待ってたぞ!」

「外套は?」

「心配するな、約束通りできている」

リルクトが壁に掛けてあった布を取った。その下から、一着の外套が現れた。

濃い灰色の外套だった。表面に、見覚えのある糸の模様が走っている。糸の鍵と同じ模様だ。内側には逆根の樹液で処理された裏地が張られていて、肩の部分に蟲の顎殻で作った補強材が縫い込まれている。

「ほら、着てみろ」

【隠し装備「綻びの外套」を入手しました】

【種別:防具(旅人専用)】

【効果:法則異常の影響を50%軽減】

【追加効果:ほころびの修復速度が20%上昇】

【装備可能条件:旅人クラス、かつ「歩む者」の称号を所持】

「修復速度の上昇まで付いてるのか」

「三つのエリアの素材を混ぜたからな。属性の記憶が反応し合って、予想以上の効果が出た。鍛冶師冥利に尽きる仕上がりだ」

トワが外套を羽織った。軽い。動きを妨げない。だが確かに、周囲の法則の揺らぎが和らいで感じられた。

セレスがトワの肩の上から外套を触った。

「トワ、あたらしいふく」

「久しぶりの新調だな」

「これ、かっこいい?」

「分からないが、機能が大事だ」

「セレスは、かっこいいとおもう。このいろ、すき」

「灰色が好きなのか」

「トワがきてるから、すき」

「……ありがとう」

「てれた」

「照れてない」

「てれてる。セレスにはわかる」

リルクトが腕を組んで二人のやり取りを見ていた。

「いい精霊を持ってるな、あんた」

「持ってるんじゃない。一緒にいるだけだ」

「くるくる……めぶきも、いっしょにいる!」メブキが主張した。

「お前もな」

リルクトが続けた。

「外に出たら気づくと思うが、プレイヤーが何人か俺のところにも来たぞ。素材を持ってきて、装備を作ってくれって」

「受けたのか?」

「受けた。鍛冶師は仕事があってなんぼだ。あんたが修復してくれたから、この世界に人が来るようになった。俺にも仕事が生まれた。感謝してる」

「お前が手を動かした結果だろ」

「いいや、あんたのおかげだ。謙遜するなって前に言ったはずだ」

「違う、俺のおかげだけじゃない」

「はあ……素直に受け取っておけ。これは忠告だぞ、旅人」

鍛冶場を出ると、さらにプレイヤーが増えていた。パーティを組んで鉄草獣を狩っている集団、素材を採取している採掘師、地形を調査している斥候。綻びの大地が、新規エリアとして機能し始めていた。

パーティチャットが鳴った。

レクト:「トワ。今、錆びた草原に〈深紅の牙〉のメンバーが入った。タマキの薬のおかげで普通に動ける。すごいエリアだな、ここ」

レナ:「鉄草獣強い! でも楽しい! ステータスが変動するの、新鮮です!」

カイン:「変動のタイミングを読んで殴るの、トワが考えた戦法だろ。フォーラムで広まってるぞ」

トワ:「俺が考えたわけじゃない。そうするしかなかっただけだ」

レクト:「それを最初にやったのがお前だ。先駆者ってのはそういうもんだ」

ルーナが影の中から呟いた。

「トワ。この世界が賑わっている。トワが修復したから、人が来た。捨てられた世界に、もう一度人が集まっているね」

「俺がやったのは穴を塞いだだけだ。集まってきたのは、あいつらの意思だ」

「その穴を塞げるのが、トワだってことを忘れないでね」

「……ああ」

「残りのエリアも、トワにしかできない。先に進もう」

「わかってる、一歩ずつだな」

トワは綻びの外套を翻して、糸読みを起動した。修復済みの青いエリアの先に、まだ赤い領域が広がっている。次のエリア。まだ見ぬ法則異常。まだ見ぬモンスターとNPC。

新しい外套は軽くて、よく風を通した。