軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

深淵の章

アップデートの日。

MMOプレイヤーにとって、大型アップデートの実装日は年に数回しかないイベントだ。新しいシステム、新しいエリア、新しいボス。未知のコンテンツが一斉に解放される。

そしてメンテナンス明け――午後三時。

トワはログインした。隣には、旅人クラスであり弟子であるハルの姿も。

最初に変わったのは──始まりの町の空だった。

空の色が違う。いつもの青空に、紫色の筋が一本走っている。地平線の向こうから、夜空のような暗い線が伸びてきている。BCOの空に、深淵の気配が滲んでいる。

【ようこそ、BCO大型アップデート「深淵の章」へ】

【新エリア「深淵」が解放されました】

【新システム「深度」が実装されました】

【旅人クラスに新スキル「深読み」が追加されました】

【深淵への門──開放条件を確認してください】

システムメッセージが矢継ぎ早に流れてくる。だがトワが注目したのは、最後の一行だ。

「深淵への門──開放条件を確認」

始まりの町のグランの扉に向かった。地下。いつもの暗い通路に、グランが立っている。

「来たか、旅人」

「ああ……深淵の章だ」

「【深淵】への門が──目覚めた。だが、門はまだ開かぬ。お前が持つ祝福は二つ。月と星。あと一つ足りない」

「太陽の祝福は、カレンから受けるんだろ?」

「その通りだ。だが──ただ受け取れるものではなくなった」

「どういうことだ?」

グランの背後の壁に──新しい文字が浮かび上がっていた。

【深淵への門・開放条件(更新)】

【月の祝福──達成済み】

【星の祝福──達成済み】

【太陽の祝福──未達成】

【太陽の祝福取得条件:】

【①聖都ルクスの記憶封印を完全に解除する(現在:87%)】

【②聖王カレンのレベルをLv70以上にする(現在:達成済み)】

【③聖光の地下墓所を踏破する(未着手)】

【全条件達成後、カレンから太陽の祝福を受けることができます】

「太陽の祝福取得条件の条件が、三つ。──うち一つは、既に達成していますね」

ハルが画面を見て確認した。

「カレンさんのLv70は終わってますね。残りは、記憶封印の完全解除と地下墓所の踏破。二つです」

「記憶封印が87%──あと13%残ってるのか」

「エリーやフィオナなどの主要NPCは解除したが、街の住人全員ではない。まだ名前を取り戻していないNPCがいる」

「地下墓所は未着手。師匠の研究室がある場所ですよね」

残りの条件は二つ。どちらもすぐには達成できない。記憶封印の残り13%は地道にNPCの友好度を上げる必要がある。地下墓所は未踏破。しかし、カレンのLv70が済んでいるのは大きい。他のプレイヤーはここから始めなければならない。

「グラン。最後の鍵についても聞いておきたい」

「鍵は変わらぬ、お前の旅の中にあるものだ。深淵に降りた時に──自ずと見つかるだろう」

「降りてから見つかるのか。降りる前に必要なのではないのか」

「門を開くのに、鍵は要らぬ。三つの祝福で門は開く。鍵が必要なのは──その先だ。深淵の最奥にある扉。そこに辿り着いた時、鍵がなければ進めない」

「つまり、深淵の入口は祝福で開くが、最深部の扉には鍵が要る……と」

「そういうことだ。──だが焦るな、鍵は見つかる。お前が歩いてきた道の中に、必ず」

グランの言い回しは相変わらず具体性がないが、虚空の獣王アルケイアも同じことを言っていた。

歩いた結果として見つかる、と。

「わかった。まずは三つの条件を達成する。──深淵は、その後だ」

地上に戻ると、始まりの町が騒がしかった。

プレイヤーが大量にログインしている。アプデ直後のログインラッシュ。広場に人が溢れている。みんなシステムメッセージを読んで、新コンテンツの話をしている。

──「深淵のエリア、どこから入れるんだ!?」

──「入口が複数あるらしい。旅人クラスはグランの扉から。それ以外のプレイヤーは、エルシオンの各地にある深淵の穴から入れる」

──「エルシオンの穴って、前から闇が漏れてたやつか」

──「そう。世界中の底は繋がってるって設定だったろ。ソルシアの第一の穴、エルシオンの虚空エリアの亀裂、全部深淵に通じてる」

──「つまり入口は複数あるけど、行き着く先は同じ深淵か」

──「トワは旅人ルートで祝福の条件がある。俺ら一般プレイヤーは穴から直接入れるが、深度制限があるっぽい」

──「深度制限?」

──「一般ルートだと深度50までしか行けない。それ以上は旅人の祝福で開放される門の先。つまり最深部はトワが門を開かないと誰も行けない」

──「浅い層は、俺らでも探索できるってことか。よし行くぞ」

──「いつものパターンだな。浅い層をみんなで攻略して、最深部はトワが切り拓く」

フォーラムが湧いている中、トワは旅人クラスの新スキル【深読み】を確認した。

【新スキル「深読み」──旅人クラス限定】

【効果:見聞録の地下特攻スキャン版。地下の構造を深度500mまで解析可能】

【深度が増すほど精度が低下。深度100m以内では、全属性解析と同等の精度を持つ】

「地下特化の見聞録か……深淵の探索に特化したスキルだな」

試しに始まりの町の地下を【深読み】でスキャンしてみた。

地面の下の構造が──見えた。グランの扉の先、さらに下に──巨大な空洞。直径一キロ以上。深度三百メートル。そこに──門がある。深淵への門。

そしてその門の周囲に──無数の根が絡みついている。深淵の根。世界中に伸びている根の元。全てがここから──始まりの町の真下から放射状に伸びている。

「全ての根の起点が、始まりの町の直下にある。世界中の闇は──ここから広がっていたのか」

「師匠。それ、フォーラムに書いた方がいいですか?」ハルが聞いた。

「書くな、プレイヤーが殺到する。まだ門が開いていない段階で、人が集まっても邪魔なだけだ」

「了解です。──ほんとは、書きたいんですけど」

「そこは、導師の忍耐力を見せろ」

「忍耐力はニンジャ系のスキルであって、導師のスキルではないんですが……」

「今から覚えろ」

フォーラムでは「深淵の章」の情報が飛び交っていた。

──「新システム『深度』って何だ?」

──「地下の階層を示す数値らしい。深度1から始まって、深くなるほど数字が増える」

──「深度が深いほどモンスターが強く、報酬もいい。ローグライク的な要素だな」

──「旅人の新スキル『深読み』が強い。地下500mまでスキャンできる」

──「旅人がさらに有利になるのか。格差が──」

──「格差じゃない、役割分担だ。旅人がスキャンして、他職業が戦うんだ」

──「トワの深淵門の開放条件、知ってるやつおる?」

──「聖都の記憶封印完全解除と地下墓所の踏破。カレンのLv70は、既に終わってるらしい」

──「記憶封印の残り13%って、聖都の一般NPCを全員解除するってことか?」

──「全員って何人だよ」

──「聖都の住人NPC、多分数百人以上いるぞ」

──「地道すぎる」

──「地道なことを地道にやるのがトワだろ」

──「それはそう」

──「他のプレイヤーはカレンのレベル上げから始めないといけないけどな」

──「トワだけ先行してるの、いつものことじゃん」

深淵の章、初日。

門はまだ開かない。条件が三つ残っている。急ぐ必要はない。一つずつ、歩いて片付ける。