軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「再戦」

土曜日。ゼクスとの再戦当日。

冬夜は朝から妙に落ち着いていた。緊張はない。新しい場所に足を踏み入れる前の、静かな高揚だけがある。

午前中に洗濯と買い出しを済ませた。スーパーの帰り道、スマホを確認する。フォーラムは大変なことになっていたが、見ないことにした。

宮瀬からメッセージが来ていた。

宮瀬:「今日ゲームの大事な日だって、前に言ってたよね。頑張ってね」

冬夜は少し考えてから返した。

冬夜:「ありがとう」

お礼を言えるようになった。少しだけ、成長している気がする。人間として。

午後八時。ログイン。

特設コロセウム。前回より観客が増えている。運営発表の観戦者数は十二万人。配信視聴者は──百万人を超えていた。

『皆さんこんばんは、ミコトです! 本日は公式PvPエキシビションマッチ第二戦! ゼクス選手 vs トワ選手の再戦です! 視聴者数が百万人を突破しています! BCOの歴史が動く夜です!』

> 来た来た来た

> 百万!?

> 前回3.2秒で終わったからな……今回はどうなる

> ゼクスが煙幕対策してくるって宣言してたよな

> トワの煙幕が封じられたらどうなる?

東側からゼクス。黒装束。前回と同じ冷たい目つき──だが、どこか違う。目の奥に、前回にはなかった熱がある。

西側からトワ。旅人の初期装備。【旅立ちの剣】を腰に。

ゼクスがボイスチャットで言った。

「今回は【煙散らし】を使う。煙幕系アイテムはすべて無効化される。前回の手は通用しない」

スキル名:【煙散らし】

種別:暗殺者専用パッシブスキル。

効果:自身の周囲二十メートル以内の煙幕系アイテムを自動的に消去する。

煙幕が使えない。前回の勝ち筋が完全に潰されている。

トワはボイスチャットで短く答えた。

「知っている。今回は煙幕を持っていない」

ゼクスの眉が僅かに動いた。

「……別の手段があるということか」

「さあな」

【PvPエキシビションマッチ第二戦 ── カウントダウン 3…2…1…】

【START】

ゼクスが消えた。【影潜り】。

前回はここで煙幕を使った。今回はそれがない。

トワは目を閉じた。

視覚センサーOFF。聴覚センサーOFF。振動センサーOFF。

温度センサーと魔力感知センサーだけの世界。

0.1秒。

闇の中に、温度の分布が浮かぶ。観客席の大勢の体温が赤い壁のように広がり、フィールドの砂が黄色く、夜空が青い。

その中に──動く赤い点。

0.15秒。

右後方。四メートル。急速に接近中。

同時に、魔力感知が微細な乱れを捉えた。【影潜り】が消費する魔力の残滓。空気中にわずかに漂う紫色の糸が、移動方向を示している。

0.2秒。

位置を確定。右後方、二メートル。首を狙っている。

──前回より、速い。ゼクスも本気だ。

0.25秒。

トワは動いた。振り向かず──後ろに倒れるように身体を反らした。

ゼクスの短剣が頭上を通過する。首を狙った一撃が空を切った。

0.3秒。

ここからが前回と違う。

トワは倒れ込みながら【旅立ちの剣】を抜き、地面すれすれの体勢から三連斬を放った。

ゼクスの脚を斬る。

3,800──3,800──3,800。

浅い。ゼクスが咄嗟に跳んで距離を取ったため、脚先をかすめただけだ。

だが、当たった。

ゼクスの目が見開かれた。

「目を閉じたまま──当てただと?」

ゼクスが着地する。距離十メートル。

トワは立ち上がった。目を開ける。

「【影潜り】は視覚と聴覚と振動を消す。だが──体温と魔力は消せない」

「……温度と、魔力で読んだのか」

「そうだ」

ゼクスが歯を食いしばった。

「面白い。だが──一度かわしただけで勝てると思うな」

ゼクスが姿勢を低くした。再び【影潜り】に入ろうとしている。

ここからが本番だ。初撃をかわしても、ゼクスのステルスは何度でも使える。そのたびに温度と魔力で読むのは──集中力が持つか。

トワは武器を切り替えた。【旅立ちの剣】をしまい──弓を構える。

切り替え時間、0.17秒。

「──速い」

ゼクスが驚く間もなく、トワが矢を放った。

ゼクスが【影潜り】に入る直前──姿が半透明になる一瞬に、矢が肩を貫いた。

2,400。

ステルスに入る前に当てる。姿が消えてからでは遅い。だが消える「直前」には、0.1秒の移行モーションがある。そこを狙った。

ゼクスのステルスが中断された。ダメージを受けるとステルスが解除される仕様だ。

「くっ──」

ゼクスが姿を現したまま距離を取ろうとする。

だがトワは弓をしまい──0.17秒──槍を構え、突進モーションを発動した。

弾丸のような速度でゼクスに迫る。ゼクスが短剣で受ける。金属音。火花。

鍔迫り合い。

「──お前、前回と全然違うぞ」

「旅の途中で拾ったものがある」

押し合いを切り離し、0.17秒で杖に切り替え。至近距離から氷の魔法。

ゼクスが横に跳ぶ。だが──0.17秒で剣に戻し、跳んだ先に三連斬。

4,200──4,200──4,200。

直撃。ゼクスのHPが大きく削れた。

『何今の!? 武器四回切り替えた!? 速すぎて目が追いつかない!!』

> は????

> 弓→槍→杖→剣を2秒で切り替えた

> あれ全部違う武器種だぞ

> 旅人の全武器装備可能ってこういうことか……

> 反則だろこれ

> 反則じゃねえよ、旅人の正規仕様だ

ゼクスが体勢を立て直した。HPは残り四割。対して、トワはまだ無傷。

だがゼクスの目は死んでいなかった。

「──認めた上で、言わせてもらう」

ゼクスの身体から、黒いオーラが立ち昇った。

スキル名:【死影覚醒】

種別:暗殺者専用バフスキル。HP50%以下で使用可能。

効果:30秒間、全ステータス1.5倍。代償として効果終了後に行動不能(5秒間)。

暗殺者の奥義。一発逆転の切り札。

「本気を出す」

ゼクスの速度が跳ね上がった。

一瞬で距離を詰められた。短剣が閃く。三連撃──暗殺者の基本コンボだが、速度が別物だ。

一撃目を剣で受ける。衝撃で腕が痺れた。二撃目──かわしきれず、左腕をかすめる。

HPが削れた。120のうち、40が消えた。残り80。

三撃目。首を狙う突きが──

トワは三撃目に合わせて、剣ではなく盾を出した。

アイテム名:【冒険のお守り】。被ダメージ60%カット。

さらにもう一つ、咄嗟にアイテムを使った。

アイテム名:【旅路の糧食】

種別:旅人専用消耗品。

公式説明文:歩き続ける旅人に、力を。

効果:使用後60秒間、移動中にHPとMPが自動回復する。回復量は移動速度に比例。

入手方法:各地のフィールドに隠れている料理NPC。

HPが回復し始めた。動いている限り──回復が止まらない。

ゼクスの三撃目が【冒険のお守り】の防御軽減に阻まれ、ダメージは15。残りHP65。そして【旅路の糧食】の回復が毎秒入る。

「……回復だと? Lv1で回復手段があるのか?」

「旅人には旅人の備えがある」

ゼクスの【死影覚醒】は30秒間。その間は手がつけられない。だが、30秒を耐えきれば──5秒間の行動不能が待っている。

トワは走った。

攻撃ではなく、回避。フィールドの外周を走り続ける。移動している限り【旅路の糧食】が回復を続ける。【冒険のお守り】の速度バフ込みで、ゼクスの追撃を半歩ずつかわしていく。

「逃げるのか!」

「逃げるんじゃない。──歩いているだけだ」

> 走って回復してる!?

> 移動するだけでHP回復するの何のアイテム??

> 旅人ってどこまで引き出しあるんだよ

> 耐久戦に持ち込む気か

> ゼクスのバフ、30秒だぞ。切れたら……

20秒。ゼクスの猛攻をかわし続ける。何度か被弾するが、回復が追いつく。

25秒。ゼクスの動きが雑になる。大きな焦りが見えた。バフの終了が近いんだろう。

28秒。

29秒。

30秒。

ゼクスの身体から黒いオーラが消えた。

同時に──ゼクスの動きが止まった。行動不能。5秒間。

トワが振り向いた。

剣→弓→槍→杖→剣。全武器を高速で切り替えながら、5秒間に叩き込めるすべてを叩き込む。

三連斬。矢三連射。槍突進。氷魔法。再び三連斬。

ゼクスのHPが──ゼロになった。

【ゼクスのHPが0になりました】

【勝者:トワ】

試合時間──38秒。

コロセウムに観客たちの声が波のように湧き立った。十二万人の歓声がフィールドを震わせる。

『勝った!! トワ選手の勝利です!! 今回は──38秒! 前回の3.2秒とは全く違う、本物の死闘でした!!』

> うおおおおおおおおおお

> 38秒!!!

> ゼクスの奥義を耐久で凌いだ!!

> 走って回復する旅人、発想がおかしい

> 武器四種の連撃やばすぎ

> でも、ゼクスもすごかった。本気のゼクスを見たの初めてだ

> これは名勝負だろ

ゼクスが復活した。

しばらくトワを見ていた。

「……完敗だ」

ゼクスは放心していた。悔しさはある。だが、それ以上に──何か別の感情が混ざっている。

「一つ聞いていいか」

「なんだ」

「お前、あの30秒──死影覚醒の間、楽しそうに走っていたな」

トワは少し黙った。

「……そうか?」

「ああ。俺が全力で追いかけてるのに、お前は旅でもしてるみたいな顔だった」

「旅だからだ。知らない相手の知らない攻撃をかわしながら走るのは、新しいエリアを歩くのと似ている」

ゼクスが、今度ははっきりと笑った。

「……お前には敵わないな。強さの次元が違う」

「そうは思わない。初撃をかわせなければ俺の負けだった。HP120は変わらない」

「だからこそだ。HP120で勝つ方法を見つける──それが、お前の強さだ」

ゼクスが手を差し出した。

「フレンド申請を送る。──受けてくれるか?」

トワは一瞬だけ間を置いて、承認した。

「次は──もっと長い試合がしたいな」

「ああ」

ゼクスが去った後、コメント欄はまだ止まらなかった。

> ゼクスがフレンド申請!?

> 不敗の影がデレた

> 「旅でもしてるみたいな顔だった」って最高の台詞

> このゲーム、トワを中心に世界が回り始めてるな