軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

〈翻訳〉

星祭りの翌日。

リーリアが、海底都市の闇の本の翻訳を完了した。オルテリアの星読みの塔の一室。机の上に翻訳メモが何十枚も広がっている。リーリアの目の下に隈ができていた。一晩中訳していたらしい。

「トワ。読み終わったよ」

リーリアの表情が、いつもの淡泊さとは違っていた。真剣だ。何かを考え込んでいる。

「何が書いてあった」

「まず全体像から。この本は──千四百年前の古代星読みが書いた研究日誌。名前はファルシード。星読みの第七代当主。リーリア家の先祖だから、わたしの──ひいひいひいひい……何回言えばいいかわからないけど、おじいちゃん」

「お前の祖先か」

「うん。ファルシードは【深淵の根】の専門家だったの。生涯をかけて、根を研究した人」

リーリアが翻訳メモを広げた。図表や数式も混ざっている。古代の星読みの文字だが、内容は極めて科学的だ。

「【深淵の根】の観測記録。根がどこから来て、どう広がるか。季節による活動量の変化。そこまでは前に海底都市で話したよね」

「ああ。秋から冬にかけて活発化するという話」

「でもそれだけじゃなかった。この本の後半に、もっと重要なことが書いてある」

リーリアがメモの束から特定のページを引き抜いた。

「ファルシードは──【深淵の根】を観測するだけじゃなくて、根を利用する方法を研究していた」

「利用する?」

「根は虚無のエネルギーを運んでいる。そのエネルギーを精製すれば、強力な素材になるって。虚無を精製した素材は、あらゆる属性に対して中立で、どんな力にも染まる。つまり万能素材。ファルシードはそれを『 虚晶(きょしょう) 』と名付けた」

「万能素材。虚晶か」

「古代星王朝の最盛期に作られた最強の装備は、全部この虚晶で作られていたって書いてある。【深淵の根】を恐れるんじゃくて、利用していた文明だったんだ」

しんと、一瞬部屋が静まりかえった。

「闇を利用する。倒すのでも、逃げるのでもなく」

ゼクスが呟いた。

「カレンは逃げた。アルヴァは飲み込まれた。古代の星読みは利用した。三つ目の選択肢だな」

タマキが手を挙げた。

「質問です。虚晶の精製って、薬師の調合に近い工程ですか? 不純物を取り除いて有効成分を結晶化する、みたいな」

「近いと思う。ファルシードの記述では、闇のエネルギーを加熱して蒸発させ、残った虚無の結晶を取り出す。精製というより蒸留に近い」

「蒸留! それなら、薬師の蒸留器でも原理は同じです。もし設備があれば、わたしも操作を手伝えるかもしれない」

「その設備だけど」リーリアが付け足した。「精製方法はこの本には書かれていない。専用の設備が必要で、その設備は海底都市の中にあったらしい。わたしたちが入った図書館とは別の区画」

「別の区画。守護者がいる区画か」

「たぶん。百二十八体の守護者がいる中央区画のどこかに、精製設備がある」

「排水路では、迂回できない場所か」

「できるかもしれない。でも中央区画の構造は図書館のスキャンにも載ってなかった。行ってみないと、わからない」

トワは考えた。【深淵の根】を利用する技術。それがあれば、深淵に行く時の装備が根本的に変わる。闇に耐えるのではなく、闇を味方につける。

「もう一度、海底都市に潜る必要がある。今度は中央区画まで」

「守護者と正面からやり合うことになるぞ」ゼクスが言った。

「全部倒す必要はない。精製設備のある部屋まで辿り着ければいい。前回と同じくルートを工夫する」

「でも、前は排水路で迂回できた。中央区画は、排水路が通じてないかもしれない」

「行ってみないとわからない。それが旅人だ」

「師匠、最近その言い回し多くないですか」ハルが突っ込んだ。

「旅人の基本理念だからな。何度でも言うぞ」

「かっこいいけど、要するに『ノープランです』ってことですよね」

「ノープランじゃない。現場で最適解を見つける、それがプランだ」

「それをノープランと言うんですよ、普通は」

「俺は普通ではない」

「それには同意します」

アストレアが翻訳メモの図表を覗き込んでいた。

「トワさん。この図、根の分布図ですよね。新大陸全体の地下に根が走っている。でもここ──オルテリアの直下だけ、根がない空白地帯がありますね」

「本当だ。オルテリアの地下には根が到達していない。なぜだ」

「星読みの塔があるからだよ」リーリアが答えた。「星読みの塔は代々の星読みが守ってきた場所。塔の力が根を寄せ付けない。だからオルテリアは安全なの」

「塔が結界の役割を果たしているのか。なるほど……拠点としてオルテリアを選んだのは正解だったな」

翻訳メモの中に、もう一つ気になる記述があった。

「リーリア。この部分。『星の回廊』とは何だ」

「ああ、それ。新大陸の地下に、大陸を横断する巨大なトンネルがあるらしいの。『星の回廊』って呼ばれてて、古代星王朝の交通網だったみたい」

「大陸横断トンネル、といったところか……」

「地下水脈とは別のインフラ。もっと大規模。馬車が通れるくらい広い。でも入口が封印されていて今は使えない。入口の場所も、この本には書いてなかった」

「星巡りの旅日記に書いてあるかもしれない。まだ、全部読んでいない」

「ですね。この大陸、地上だけじゃなくて地下にも巨大な構造があるんだ。まだまだ知らないことだらけ」

トワは窓の外を見た。オルテリアの空に双子星が輝いている。昨夜の星祭りの余韻がまだ残っている。広場の飾りつけが片付けられている。

「踏破率はまだ37%だ。地下を含めたら、もっと低いだろう」

「地下のマップは別カウントですかね」ハルが聞いた。

「わからない。だが、歩く場所が増えたことは確かだ」

「師匠。嬉しそうですね」

「嬉しい。やることが増えた」

「やることが増えて嬉しい人、BCOで師匠だけだと思います」

「とわ、もっとあるく。セレスに、もっとおやつあたえる」

「待て、その二つに、因果関係はないと思うが……」

「ある。セレス、トワならなんでもかんけーする」

「そうか……」

セレスに襟をぐいぐいされる前に、トワは淡々と餌付けの作業に取りかかった。