軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「Lv1が来た」

参加者リストに、バグかと思うような表示があった。

──Lv1。

職業、旅人。

千人レイドの参加者欄は、最低でもLv75から始まっている。Lv80台が主力、Lv90台がちらほら。この二週間、サーバーのトッププレイヤーたちが何度挑んでも倒せなかった深淵竜グラオザーム──その討伐戦に、Lv1。

誰かの目にも留まらないはずだった。

ただし、三万人の視聴者がいる配信画面は別だ。

『ちょ、ちょっと待って? 参加者欄に L(・) v(・) 1(・) がいるんだけど!?』

人気配信者ミコトの声が裏返る。配信画面の右端に表示された参加者リストを、彼女のカメラがズームした。

『え、旅人? BCOに旅人ってまだあったっけ? あれ初期職でしょ?』

コメント欄が一瞬で加速する。

> 草

> バグだろ

> 晒しか? 即キックしろよ

> 旅人で大型レイドは世界初では?

> Lv1てwwwww ワンパンで死ぬわ

『いやー、これ大丈夫なのかな……? レイドリーダー的にはOKなの? 主催のオーレン兄さ〜ん?』

主催ギルド〈黄金の燐光〉のギルドマスター・オーレンから、レイドチャットにメッセージが流れた。

『「うちのフレンドだ。問題ない」だって。──え、問題ないの? Lv1だよ?』

コメント欄はさらに荒れた。

> オーレンの知り合いなら一応ガチ勢か……?

> Lv1のガチ勢とは

> 旅人エアプ勢だけどスキルなんかあったっけ

> チュートリアルで使ったきり覚えてねえ

千人が巨大なフィールドに展開していく。

深淵竜グラオザームの討伐戦。推奨レベル80。未踏破レイドの攻略戦としては、BCO史上最大規模の作戦だった。

その隅に──Lv1の旅人が、使い古された安っぽい剣を提げて、立っていた。

レイドが始まった。

グラオザームは全長百メートルを超える漆黒の竜だ。四つの首がそれぞれ異なる属性のブレスを吐き、翼の一振りで前衛の隊列ごと吹き飛ばす。

千人がかりでも、削れるHPは僅かだった。

『第一形態のHP、まだ七割! タンクチーム頑張って! ヒーラー足りてる!?』

ミコトが叫ぶように実況する。画面には、必死に盾を構えるタンク集団と、その背後から魔法と矢を浴びせる数百人のアタッカーが映っている。

> そういえばLv1のやつどうなった

> とっくに死んでるでしょ

> 探すほうが難しいな千人もいると

『あ、そうだ Lv1の人! えーっと名前……トワさん? どこ……』

ミコトがカメラを動かす。

前衛集団の中にはいない。中衛のアタッカー群にもいない。後衛のヒーラー帯にも──いない。

『……あれ? 死亡者リストにもいないんだけど……?』

> え?

> 生きてるの???

> どこだよ

カメラが大きく旋回した。

──いた。

グラオザームの巨体の、すぐ足元。

タンクたちですら近づけないその距離で、旅人の初期装備をまとった一人のプレイヤーが、竜の前脚の攻撃をすべて回避しながら剣を振り続けていた。

『────は?』

ミコトは声を失った。

コメント欄も、一瞬だけピタリと止まる。

次の瞬間、爆発した。

> は???????

> え、何あれ

> 回避おかしいだろ

> 当たり判定すり抜けてね?

> ダメージ表示見ろ やばいぞあれ

カメラがズームする。

トワの頭上に浮かぶダメージ表示。一撃ごとに、三連の数字が刻まれる。

4,200──4,200──4,200。

Lv90のトップアタッカーが単発で出す火力が、およそ5,000。

Lv1の旅人が三連撃で叩き出すDPSは、その倍以上。

しかも、休みなく。クールタイムが存在しないかのように、斬撃が途切れない。

『ちょ……ダメージ出すぎじゃない!? なんで!? Lv1だよ!? 旅人だよ!?』

> 三連撃? 旅人にそんなスキルあったか?

> CT見ろCT 連打してんぞあいつ

> チートだろ通報しとけ

> いや公式レイドでチート使ったら即BANされるだろ

> じゃあなんだよあれ

> ……わからん

グラオザームの首が振り下ろされる。直撃すればLv90のタンクでもHPの半分が消える一撃。

トワは振り向きもしなかった。

まるで攻撃が来ることを知っていたかのように、最小限の動きで首の軌道から外れ、返す刀で喉元を三連斬する。

8,800──8,800──8,800。

弱点部位へのクリティカル。

> 弱点どうやって見えてんの

> まって、あれ「見聞録」じゃない? 旅人の初期スキル

> あったなそんなの……鑑定系のやつ

> あれ弱点まで見えるのか!?

> wiki見てきた 熟練度MAXで「行動パターンの可視化」って書いてある

> 誰が旅人の熟練度MAXにすんだよ……

第一形態のHPが半分を切った。

異変は、周囲のプレイヤーたちにも広がっていた。前衛のタンクたちが、足元にいるLv1の存在に気づき始めている。

レイドチャットが騒然とした。

──「おい、足元のやつ何者だ?」

──「ダメージランキング見ろ。三位に旅人がいる」

──「は?」

──「三位じゃない、今二位に上がった」

『皆さん、ダメージランキング見てください──トワさん、レイド全体で現在二位! 千人中の二位! Lv1で!!』

> 頭おかしい(褒め言葉)

> 俺たちのLv90は何だったんだ

> これもうゲームバランス崩壊だろ

> いやむしろよく見つけたなこのビルド

> BCO二年やってて旅人の真価に気づいたやつ初めてだぞ

グラオザームが咆哮した。

第二形態への移行──ここからが本番だ。

これまで全ての攻略チームが壊滅してきた、【虚無のブレス】が来る。

竜の四つの首が天を仰ぎ、漆黒の光が喉元に集束する。

フィールド全体に、システムメッセージが走った。

【WARNING:深淵竜グラオザームが「虚無のブレス」を詠唱開始】

『来た……! これだよこれ、ここで毎回全滅してるの! タンク陣耐えて!!』

タンクたちが一斉にスキルを発動する。防御バフ、ダメージカット、緊急シールド──あらゆる防御手段を重ねる。

だが、足りない。これまでの戦闘データが証明している。虚無のブレスの威力は、どれだけ防御を積んでも前衛を壊滅させる。

──それを知っているプレイヤーが、一人だけいた。

トワがアイテムストレージを開く。取り出したのは、見たこともないアイテム。

「始まりの大盾」──Lv1限定、チュートリアルの隠しクエストで入手できる盾。効果は「パーティメンバー全員に10秒間、被ダメージ90%カット」。

ただし本来は五人パーティ用のアイテムだ。レイドには効果が及ばない──はずだった。

トワはもう一つ、アイテムを使った。

「道具通」 ──消耗品の効果を二倍にするスキル。

効果範囲が、五人から十人に。効果時間が、10秒から20秒に。

さらに、持っていたもう一つのアイテムを砕いた。

「旅人の広域煙幕」──旅人専用アイテム、効果範囲をエリア全体に拡張する。本来は鑑定スキル用の補助道具。

組み合わせた瞬間──、

千人全員に、バフアイコンが表示された。

【被ダメージ90%カット:残り20秒】

直後。

【虚無のブレス】が前衛を薙いだ。

漆黒の奔流がフィールドを覆い尽くす。轟音。視界が真っ黒に染まる。

──そして、晴れた。

誰も死んでいなかった。

『──────嘘でしょ?』

ミコトは、また夢でも見ているかのような顔になった。

『全員生きてる……? 【虚無のブレス】、耐えた……? Lv1の人が、なんか、全体バフ……?』

コメント欄は騒然としていた。スクロールが追いつかない速度で文字が流れていく。

> 何が起きた???

> バフ出たよな全員に

> 90%カット20秒って何のアイテムだよ

> 旅人専用アイテム……? そんなの聞いたことない

> 鳥肌立った

> Lv1が千人を救った

> もうこれ主人公だろ

レイドチャットにも、メッセージが殺到していた。

──「今の何だ!?」

──「Lv1の旅人が全体バフ出した!?」

──「意味がわからん、誰か説明してくれ」

返事はなかった。

トワのチャットログには、何も表示されていない。

ただ、再び剣を構えて、竜の足元へと走り出した。

第二形態のグラオザームは、一段と苛烈だった。四つの首が独立して標的を追い、ブレスの頻度も上がる。

だが、流れは明らかに変わっていた。

虚無のブレスを初めて耐えたことで、千人のプレイヤーたちの士気が跳ね上がっている。タンクは前に出て、アタッカーは遠慮なく火力を叩き込み、ヒーラーは的確に回復を飛ばす。

そしてその中心で、Lv1の旅人が、誰よりも前で斬り続けていた。

グラオザームのHPが、二割を切った。

千人の歓声が、フィールドを震わせた。

──一割。

最後の咆哮。グラオザームが全身から漆黒のオーラを放ち、最後の大技を放とうとする。

トワが跳んだ。

竜の首を駆け上がり、頭頂の角──最大の弱点に「旅立ちの剣」を突き立てる。

三連撃。

24,500──24,500──24,500。

深淵竜グラオザームのHPがゼロになった。

【RAID CLEAR】

【深淵竜グラオザーム 初討伐達成】

【MVP:トワ(Lv1/旅人)──総ダメージ第一位】

フィールドに、ファンファーレが鳴り響いた。

それと同時に、千人のプレイヤーが言葉を失った。

画面に表示されたMVPの名前。レベル。職業。

──Lv1。

──旅人。

──総ダメージ一位。

静寂のあと、チャット欄が爆発した。

──「うおおおおおおおおお!!」

──「初クリアだ!!!!」

──「MVPトワ!! Lv1のトワ!!!」

──「意味わかんないけど最高だった!!!」

ミコトの配信は、視聴者数が三万から十二万に膨れ上がっていた。

『初クリアです! BCO初の深淵竜グラオザーム討伐! そしてMVPは──Lv1の旅人、トワさん!! いやもう意味がわからない!! 何者なの!?』

> 伝説を見た

> トワって誰だよ 今日まで聞いたことなかったぞ

> 旅人エアプ勢全員反省しろ

> 俺も旅人やろうかな

> あそこまで旅人やり込む覚悟があるならな

> ないです

> クリップ! 誰かクリップ残して!

> もう残してるわ。永久保存版だよ

レイドフィールドに佇むトワのもとに、何十人ものプレイヤーが駆け寄ってくる。フレンド申請、ギルド勧誘、メッセージ──通知が鳴り止まない。

トワは小さく息を吐いて、チャット欄に一言だけ打った。

「いい旅だった」

それだけ残して、ログアウトした。

> かっこよすぎる

> 「いい旅だった」は反則だろ……

> 好き

> トワの時代、始まったな

翌朝、BCOの公式フォーラムのトップには、こんなスレッドが立っていた。

【速報】深淵竜グラオザーム初クリア MVPはLv1の旅人

レス数──三時間で一万件突破。

「トワ」の名前が、世界に刻まれた日だった。