軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十八話 イギリスにもやっぱりバケモノはいるらしい

『――先頭は日本のゴールデンビール!!がんばれゴールデンビール!!あっと、ここで、外からダンシングトニー!?ダンシングトニー!一気に交わした!!強い!一着ダンシングトニー! 二着ゴールデンビール!!』

最近大きくした厩舎のテレビから、聞き慣れない外国の歓声と、ちょっとだけ遅れて入る日本語実況が響いた。

そして、その直後。

「あのバカビール負けやがってぇぇぇぇぇぇぇ!!」

ルドルフが吠えた。

うるさい。

「声でけぇよ」

俺が呆れて言うと、ルドルフは鼻息荒くテレビを睨んだ。

「ゴールデンビールが負けたら俺の格も下がるだろ!?」

「知らんがな」

いや、気持ちはわかるけどさ。

7月某日の真夜中。

テレビにはイギリスの芝二千四百メートル――キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスステークスが映っていた。

なんでそんな海外のレースを見てるのかというと、ゴールデンビールが出ているからだ。

二着。

かなりがんばったと思う。

だって、俺の雑な知識でも知っているくらいの超スゴイレースなのだ。

なのに、その結果に一番大騒ぎしているのが、うちのダービー馬である。

「負けてんじゃねぇよあのバカ!!」

「お前、なんでそんなに怒ってるんだよ」

「だって俺以外に負けるなんてダサい!!」

「発想が完全にヤンキーのそれなんだよ」

ルドルフ、今日も今日とて絶好調である。

その横で、クラウンがいかにも知ったふうな顔で鼻を鳴らす。

「ふっ……」

「お前、その『ふっ』に何の意味があるんだよ」

「世界は広いということだ」

「急に賢そうなこと言うな」

「だが、惜しかったなビール!」

クラウンはテレビの向こうへ向かって得意げに首を上げた。

「俺なら勝ってたかもしれん」

「どの口が言うんだい」

ストーンが、ものすごく冷たい声で言った。

「お前、海外どころか函館でゴールデンウイングにぬるっと差されたの忘れたのかい?」

「姉ちゃんそれは古傷だって!!」

「古傷ってほど治ってもないだろう?」

「やめろ!」

クラウン敗北である。

そこへ、今年の当歳たちが何もわからない顔でわらわら集まってくる。

その時、当歳の一頭が、テレビを見ながらきょとんとした顔で言った。

「びーる、まけたのー?」

「負けたな」

「まけるとどうなるのー?」

「悔しい」

「くやしいっておいしい?」

「食えない」

「じゃあやだー」

だろうな。

お前らの世界、“おいしい”か“やだ”かで大体回ってるもんな。

一歳馬たちはもう少し現実的である。

「イギリスって遠いんでしょ?」

「ご飯違うのかな」

「ご飯美味しいなら行ってみたい」

「なんかテレビで見る限り芝の味は違いそう」

「味で走ってないだろ」

弥生ちゃんが、隣に座ったまま、ぽつりと言った。

「ダンシングトニー、すごかったですね」

「すごかったな」

これは素直にそう思う。

ビールも前哨戦は一着でかなり期待されてたのに、結構しっかり負けたもんな。

よくわからないけど、明らかに世界の法則が乱れるレベルの末脚だったもん。

ルドルフは露骨に気に食わない顔をしていた。

ルドルフが、そこでようやくテレビから目を離して、こちらを見た。

「俺、菊花賞勝つ」

「そうか」

「超勝つ」

「すごい雑な決意表明だな」

「だってビールがいないなら負ける理由ないし」

「お前、それ他の馬の前で言うと嫌われるぞ」

ルドルフはすっかり切り替えていた。

ついさっきまでビールに怒っていたくせに、もう頭の中では次のレースに向かっている。

「皐月賞とダービー勝った時点で、めちゃくちゃすごいんだけどな」

「足りない」

「足りないのか」

「無敗の三冠馬になって、爺ちゃんと朔に自慢させてやる」

その言い方に、ちょっとだけ笑った。

なんだよそれ。

でも、ルドルフらしいな。

弥生ちゃんが、首を傾げる。

「ルドルフ、何て言ってるんですか?」

「『菊花賞、超勝つ』だって」

そう伝えると、弥生ちゃんは一瞬だけルドルフを見て、それからちょっと笑った。

「……言ってそうですね」

「だろ?」

そして、そこで弥生ちゃんは、少しだけ間を置いてから俺を見た。

「……朔さん」

「ん?」

「ルドルフが三冠取ったら、もっと忙しくなるかもしれません」

その言葉に、俺はすぐには返事ができなかった。

なぜなら、想像してしまったからだ。

今ですら、牧場の入口には変な車が増えて、取材も増えて、見物客も来る。

人を増やして、なんとか回して、それでもけっこうバタついている。

もし、そこに『無敗の三冠馬誕生』なんて肩書きが追加されたら?

「……たしかに」

俺は、だいぶ真面目な顔で頷いた。

「早めに牧場の入口に門付けたり、人をさらに増やしたりしませんか?」

「……そうだね」

これは、だいぶ現実的な提案だった。

門。

必要だ。かなり必要だ。

スタッフも、たぶん足りない。

「人、さらに増やすかぁ……」

俺が遠い目で呟くと、クラウンがいきなり口を挟んだ。

「女の子がいい!!」

「女の子なぁ」

まあ、たしかに弥生ちゃんもその方が喜ぶかもな。

「そうだろ!?華がいるだろう華が!!」

「クラウン、おやつ減らすよ」

弥生ちゃんがにっこり言うと、クラウンがぴたりと止まった。

なんか怒ってる?

一歳馬たちは、きゃっきゃ笑っている。

「クラウンにーちゃん、びびったー」

「おやつに弱ーい」

「弥生ちゃんつよーい」

その横で、ルドルフは気にする様子もなく胸を張った。

「門、つけるならカッコイイやつがいい」

「なんでだよ」

「あと看板も」

「何て書くんだよ」

「サクライルドルフ牧場」

「何言ってんだい、そんな名前ダメだよ」

ストーンが窘めるように言う。

「えー」

ルドルフは不満ありげだが、ストーンには逆らえない。

ちょっと面白いと思っていると。

ストーンが、深々とため息をついた。

「なあ、坊主」

「なんだよ」

「ストーンブレイク牧場っていい名前じゃないかい?」

「お前もか」

「当たり前だろ?」

自分の名前にしたいだけだったのか。

繁殖牝馬たちが、くすくす笑っている。

「じゃあ私らも名前くらい書いといてほしいねえ」

「『見学の方は大声禁止』も入れときな」

「『馬の後ろに立つな』も」

「『りんご歓迎』って書いとけば?」

「それは変な客が増える」

でも、実際問題、そのへんのルールは見える形にしておいた方がいいのかもしれない。

門と看板と注意書き。

うわ、なんか一気に有名牧場っぽくなってきたな。

「朔」

「ん?」

「ミスタークラウン牧場はどうだろう?」

「弥生ちゃんの許可下りるならいいよ」

「じゃあ諦める」

クラウンが耳をペタンとして諦めた。

この牧場の権力図の上位はたぶん女性と牝馬が占めている気がしてきた。