作品タイトル不明
07 「もう話しあいの余地はない」
「来週、学院の創立記念パーティーがある。そこで私たちの将来に関する大事な話をしたい。すでに私の両親は招待済みだ。ロゼ、おまえもそうしてくれ」
「フォニスさま……」
「わかったな」
翌日、私はフォニスからそう告げられた。
もう中庭のガゼボや校内のサロンまで誘われることはない。廊下の隅での立ち話だ。
クラリッサとの言いあらそいはまだ尾を引いているらしく、フォニスは見るからに機嫌が悪かった。私を仇敵かなにかのようににらみつけてくる。
「そのまえにふたりで話しあうことはできないのですか?」
「ああ。もう話しあいの余地はない」
「……あなたは私を信じてくださらないのですね。私は口紅なんて盗んでいないと」
「そうだとしたらユーリーンがうそをついていることになる。ユーリーンはうそなどつかない。天使だからな。……おまえが、一方的に彼女を貶めたんだ」
胸に苦いものがこみあげてくる。
フォニスとのつきあいはもう十年近くになる。それなのに、私よりも出会ってたった一ヵ月かそこらの女を信用するのか。
――私はそんなに愛されてなかったの?
「もうユーリーンとは接触するな。これは命令ではない。慈悲であり、忠告だ。彼女と相対してるときのおまえはたいそう醜かったからな。愛情などはないとはいえ、幼なじみが醜くなっていくのを見るのは忍びない」
「…………」
「今回の件……よく反省するといい。じゃあな」
言いたいことを言うとフォニスは踵を返して立ちさっていく。
私はその背中を見つめて――ふいに視界が涙でにじんだ。指でぬぐったけれど止まらない。
「……っ」
こんなところで泣いていたら変に思われてしまう。
落ちつくまで中庭にでもいよう。そう思って階段を降りているとだれかにぶつかりそうになった。
「おっと。前くらいは見てくれ、ロゼ」
「ブラッドおにいさま――」
「……どうした? だれに泣かされたんだ」
私がぶつかりそうになったのはブラッドだった。
彼は私の涙に気づくと険しい表情で顔を覗きこんでくる。私は顔をそむけた。
「お気になさらないで。……もう授業がはじまりますわ。どうぞ、行かれてください」
「そういうわけにいくか」
ブラッドは私の肩をつかむ。「いまのおまえをひとりになんてできない。いやだと言ってもつれてくぞ」
彼が私をつれてきたのは図書館だった。すっかり顔見知りになった司書は泣いている私を見てなにか事情があると察したらしく、ブラッドに目配せをした。サボりは見逃すと伝えたのだろう。
ブラッドもうなずきかえし、私たちはいつものテーブルへと向かう。でも今日は向かいではなく隣同士で座った。
「ほら。そんなに泣いてたらせっかくの美人が台無しだ」
ブラッドは私に自分のハンカチを渡す。
小さい頃も私が泣いているとこんなことを言って慰めてくれた。そう思ったとたん、堪えていたものがあふれてしまって私は声をあげて泣きはじめてしまった。
私はフォニスのことが好きだったんだ。
頼りなくて、お調子者で、惚れっぽいけれど。それ以上に優しくて行動力があって女性を大切にするひとだと思っていたから。
私なりに彼のことを支えてきたはずだったのに。どうして――。
「……フォニスとなにかあったんだな」
私が落ちつくのを待ってブラッドがそうつぶやく。私はなにも言えなかったけれど、「あいつも仕方がないな……」と彼は溜め息をついた。
「昨日、ロゼのことを泣かせるなと言っておいたんだが。俺の言葉も耳に入らないとは」
「…………」
「前にも何回かあったよな、あいつがほかの女に惚れて大騒ぎすることは。でもそのたびにちゃんとロゼのところにもどってきていた。今回だって……」
私は首を横に振る。そして言う――「今回は、もう無理ですわ」
「どうしてそう思う」
「……来週末のパーティーにご両親を呼んだと言っていました。そこで私たちの将来についての大切な話をすると。きっと……私との婚約を解消したいとご両親に伝えるつもりなんでしょう。私がユーリーンの口紅を盗み、彼女をうそつき扱いしたと言って」
「それに関しては濡れ衣だろう」
「フォニスさまはそうは思っていません」
そして――彼の両親も自分の息子の言葉を信じるだろう。
自分の息子と、彼がえらんだかわいらしい少女のことを。
「私もあんなふうにかよわい女の子だったらよかったのに」
「ロゼ……」
「――なんて。言っても仕方ないですけれど」
きっと私のかわいげのない性格がフォニスはいやだったのだろう。ユーリーンみたいに守ってあげたくなる女の子との出会いをずっと待ちのぞんでいたのだろう。
フォニスにはだらしないところがあるから、私がしっかりしなくちゃと思っていた。彼の面倒を見なくちゃ。世話を焼かなくちゃ、と。
でも彼はそれが苦痛だったにちがいない。
口うるさくて守りがいのない女なんて。私なんて。
フォニスだけじゃない。
こんな女、だれが好きになってくれるというのだろう。
――きっと、私は死ぬまでひとりぼっちなんだ……
引っこんだはずの涙がまたにじんできたときだった。ぽん、と頭をなでられた。
「ばかなこと言うな」
驚いて隣を見るとブラッドは怒ったような顔をしていた。
ばかなこと――私もユーリーンのようなかよわい女だったらよかったのにと言ったことか。たしかに、私みたいに気が強くて背も高い女が彼女に憧れるなんてばかな話でしかないだろう。
そう思ったときだった。
「ロゼはかよわい女の子だ。昔も、いまも。なにも変わっちゃいない」
「――――」
「来週末のパーティーだが、もしロゼさえよければ……」
そのあとで告げられた言葉に私は飛びあがりそうになった。「えっ――」驚きの声が漏れるがブラッドは大真面目で、私をからかっている様子はない。
ほんとうに、と私は動揺して震える声で尋ねた。
「ほんとうによろしいのですか……?」
「あたりまえだ。俺はこんな冗談は言わない。――それと、ついでだ」
ブラッドはにやっと笑う。
学院に侵入してきた盗賊をつかまえた話を聞かせてくれたときと同じ笑顔で。
「アホな従弟の目を覚まさせてやろう。あの女のうそを暴いて、な」