作品タイトル不明
02 「私は女神を見つけたぞ!」
「私は女神を見つけたぞ!」
ある昼休み。フォニスは私を中庭のガゼボまで連れだすなりそう言った。
「信仰心のたまものですわね。眼科医には診せまして?」
「私の目は正常だ、ロゼ。おまえが知っているかどうかは知らないが――あのふわふわした笑顔! 守りたくなるような細い体! 小鳥のような声! 女神、いや、天使だ……!」
どっちですか、と私は心の中でツッコむ。
「もしかしてユーリーンさんのことですの?」
「なんだ、知っていたのか。まあ彼女はかわいらしいからな。注目を集めてしまうのだろう」
「お話されたことがありましたのね」
「ない。だが充分だ。このことを知ればだれでも彼女を崇めるようになる!」
それはつい昨日。ユーリーンは敷地内にある林で傷ついた小鳥を保護し、手が汚れるのも厭わず自らケガの手当をしたのだという。
そして小鳥が元気になるまで教室で飼いたいと教師に訴えた。彼女の友人たちと一緒に、涙ながらに。
なのでいま下位クラスは小鳥とともに授業を受けているのだそうだ。
その美しい話はあっという間に学院中を巡り――
「そうだ、結婚しよう」
フォニス(お調子者) の耳にも届いたのだった。
「……しっかりなさってくださいませ、フォニスさま。彼女は富豪の娘とはいえ平民です。次期伯爵のあなたとはつりあいませんわ」
「身分差がなんだ! それを超えてこそほんとうの愛だろうが!」
「ユーリーンさんとはお話されたこともないのでしょう?」
「身分がちがうからな。だがそんなこと関係ない。私はユーリーンに交際を申しこむぞ」
「迷惑ですわよ」
「黙っていろ! いいか、私は――」
「あの……?」
ふいに透きとおった声が割って入ってきた。私たちは口を閉じ、同時にそのほうを見る。
「あっ、あの。私の名前が聞こえたようなのですが、私がなにか……?」
話題のユーリーンが立っていた。鳥を手当てするときにつつかれたのだろうか、右手の甲にガーゼが貼られていて痛々しい。
よく見ると制服はサイズをちゃんと調整してもらわなかったのか大きめだ。でもそれはかえって彼女の小柄なところと愛らしさを引きたてている。
自分の屋敷で制服を合わせているとき、もう上級生のような貫禄があると家族に言われた私とは大違いだ。
まったくフォニスの声が大きすぎるから、と私は彼を視線でいさめようとしたがその必要はなかった。フォニスはカチコチに固まっていた。
「いえ、なんでもありませんのよ。……ちょっと、フォニスさま。そんなふうに固まっていては失礼ですわよ」
「な、なんてかわいらしいんだ……妖精か……?」
「ふぇっ?」
「フォニスさま!」
私が叱るとフォニスは我に返った。こほんと咳払いする。
「失敬、バラの妖精が迷いこんできたのかと思ってね。ところで看病したという小鳥は元気かな?」
「まあ! あなたさまも……ええっと……」
「フォニス・カルセドアだ。フォニスでいい」
「カルセドアさまもご存じでしたのですね。おかげさまで順調に回復しています! よければ見にいらっしゃいますか?」
「と、鳥をか。ぐっ……そうだな……」
フォニスは小さな頃、野鳥に髪の毛をむしられたことがある。それ以来鳥が苦手だ。
「あなた、無理なさらないで」と私はそっとささやいたが「うるさいぞ!」と一蹴されてしまう。
「よし、いますぐ行こう。案内してくれ」
「はいっ!」
フォニスはユーリーンのあとをついていく。
やれやれ、と私はふたりの背中を見送って――
……あれ、そういえばユーリーンは私を誘わなかったわね。どうして?
そのことに気づいて小さな疑念のようなものが胸を刺したけれど、まあいいか、と深く考えなかった。
+++
隣を歩く男はそのままふわふわと天に登っていきそうだ。
化粧品会社の社長令嬢、ユーリーンは自分の愛らしさを熟知している。相手によってどんなふうに接するのが一番効果的かもこれまでの十五年の人生で学んできた。
校舎に入るとき、ユーリーンはちらりとガゼボに取りのこされたフォニスの婚約者を見る。
ロゼリア・ルリジューズ。伯爵令嬢。カルセドア家とは長いつきあいでふたりの婚約は親が決めたもの。
彼女の美しさは申しぶんない。
赤みがかかった長い茶髪に鋭いまなざし。背が高くすらりとした体。離れていてもわかる凛とした気品。舞踏会にでもいけばだれもが振りかえるだろう。
ただし彼女には欠点があるようだった。
それは、フォニスの世話をまめに焼きたがるかわいげのない性格……。
ユーリーンはくすっと笑う。
あの女からなら、簡単に 奪(と) れそう。
「きゃっ……」
段差につまずいたふりをしてユーリーンはよろける。
「大丈夫か?」すぐさま隣を歩いていたフォニスが抱きとめてくれた。ええ、ごめんなさい、とユーリーンは上目遣いにフォニスを見つめる。
「頼りになりますのね。ロゼリアさまがうらやましいわ」
「ロゼが? どうしてだ」
「フォニスさまの婚約者さまなのでしょう?」
「まあ……それはそうだが……」とフォニスは口のなかでもごもごつぶやく。
彼の気持ちはロゼリアから離れかかっている。世話焼き気質な彼女にもともとうんざりしていたのだろう。
「あんなにきれいな方が婚約者なんてうらやましいですっ」とユーリーンが言うと、「もう見慣れたからなんとも思わん」とフォニスはむっとしたように言う。
まるで親が買ってきた垢ぬけない服を褒められた子供のよう。『捨てるのも可哀想だから仕方なく着てるだけだ』とでも言いそうだ。
「いいなぁ、婚約者……」
さりげなくつぶやくと「きみにはいないのか」とフォニスが尋ねてくる。ユーリーンはこくりとうなずいた。
「それどころか親しい男のひともいなくて。お恥ずかしいです」
「なに、身持ちが堅いのはいいことだ。恥ずかしがる必要などない」
「フォニスさまは異性のご友人もきっと多いのでしょうね。なんといっても未来の伯爵さまですもの」
「それほどでもないがな」
自尊心をくすぐられたらしいフォニスの腕にユーリーンはそっとふれる。
もしよろしければ、と天使のように微笑んだ。
「私もそのひとりにしてくださいます?」
――あの女。ロゼリア・ルリジューズ。
私(・) に(・) 恥(・) を(・) か(・) か(・) せ(・) た(・) あの女は、許さない。