軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

あらかじめメリーにクギを刺されていたのに、美味しさに負けて食べ過ぎた。満腹だ。

ソファにおとなしく座って別邸の図書室から持ってきた本の文字を目で追っていると、ふわ、とあくびがこぼれそうになる。子どもの身体のせいなのか、生活環境のせいなのか、クリスティアはどうにも気持ちが緩んでいた。

「お嬢様、お茶をお持ちしました」

「ありがと」

綺麗な所作で、紅茶のカップがサーブされる。いつもなら軽くつまめる焼き菓子も一緒に並ぶのだが、クリスティアの腹具合を察したメリーにより、今日は飲み物だけだった。

目が、お腹いっぱいですよね? と言っている。ぐぬぬ、と唸りたい気分だ。

(あれば食べちゃうけど!)

なければないで、少し淋しい。

習慣とは恐ろしかった。

「難しい本を読んでいますね」

「うん、難しい」

今クリスティアが開いているのは、子どもが好む物語ではない。

国の歴史関係の本だ。

「もっと楽しい本もありますよ?」

「先生のお話を聞いて、歴史が気になったの」

家庭教師から教わっているが、年齢に合わせた進度になっている。初めて知ることもあり有意義ではあるが、大半は前々世の知識で事足りた。

時折現在との齟齬を見つけ、アップデートしている。今のクリスティアの信条は、余計なこと、迂闊なことを言わないだ。

わからないだけなら子どもなので不自然ではないが、うっかり前々世の感覚で話せば、何言ってんだこいつ、になってしまいそうだった。

記憶というのはやっかいで、自覚なしに多くのことがすり込まれている。あまりにも遠い過去の出来事など、答えは知っていても過程が抜けている、なんてことも多々あった。

(自動でアップデートしてくれたらよかったのに)

まっさらな状態の方が、ある意味楽だ。

「すごいですね。私がお嬢様の頃は楽しい物語ばかり読んでいましたよ」

「物語も好きだよ!」

むしろ、そちらの方がクリスティアは好ましかった。

好きで歴史書なんて小難しい本を読んでいるわけではない。仕方なくだ。

家庭教師の授業で、あわよくば、得たい情報に触れないかと期待したがまったく掠りもしない。安易に触れられないのかもしれないと今更ながら気づき、クリスティアは重い腰を上げて調べてみることにした。

「本を読んでいるから、メリーは私についてなくていいよ」

「では、何かあったら呼んでくださいね」

「うん」

メリーを見送って、クリスティアはまた本へ視線を落とす。

まったく心が躍らない、文字の羅列だ。

(あーあ、パソコンスマートフォンが恋しい)

調べたい事柄を入力して、検索をクリックまたはタップしたい。

知りたいことがどこにあるかもわからない小難しい本を、読むのはなかなかの苦痛だった。

ぺらぺらとページをめくって、ざっと流し読みをする。途中で、歴史が権力者たちに都合良く改ざんされていることにクリスティアは気づいた。

(ひどすぎない!?)

イラつきが限界に達して、勢いよく本を閉じる。権力への忖度で作られた本では、クリスティアが欲した情報にたどり着く可能性はかなり低かった。

(どうしようかな)

乳母や家令なら知っているのかもしれないが、離れに引きこもっていて、触れられる情報が限られているクリスティアが尋ねる事柄ではない。切り出すきっかけなど、まったくと言っていいほどになかった。

(知らない方がいいのかな)

知りたくて、知りたくない。

けれど喉の奥に刺さった小骨のように、気になる。

なまじ前々世の記憶なんかが甦ったのが悪いと、クリスティアは常々思っていた。

正直なところ、前世の記憶は今後自分のためだけに生きる意思を強固にするきっかけになったのでいいとして、前々世の記憶は心底甦ってほしくはなかった。

消せるものならばすぐにでも、消去ボタンを連打するほどに消してしまいたい。

(ほんと、いらないから!)

声を大にして叫びたいほどに碌でもない、幸せとは縁遠い記憶ばかりのクリスティアの前々世シャーランは、この国――ベラフス王国の聖女、それも女神に愛された子としてトップに立つ聖女だった。

(黒歴史だ)

不敬だとわかっていても、クリスティアはそう思わずにはいられない。それだけのことが、前々世ではあった。

この国、ベラフス王国は、貧しくも心が清い狩人と出会った女神レーテが交流を深める中で加護を与え、物語でよくある紆余曲折経て建国された。

その際に女神であり、友でもあるレーテのために狩人は教会を建て、姿を模した像を祀り、信仰心の強い側近を教皇に据えた。

永遠の友情を誓ったレーテの祝福は国を覆い、それを源とする魔法を使うことのできる人々が暮らす豊かな国になった。

レーテから直接加護を与えられた狩人の家系、王家は特に祝福の恩恵を受け、強い魔力か、女神の力に似た聖力を持ち代々国を支えていた。

強大な力を持つ者は王家の血筋、建国に寄与し爵位を与えられた貴族に多く現れたが、長い年月の中で変化は訪れた。

市井でも時折、女神の力の恩恵である聖力を多く持つ子が男女ともに産まれた。

多くは教会に、神官あるいは聖女候補として所属するが強制ではない。けれどシャーランは、人並み以上に聖力があるということで、子どもの頃に親に教会へと売られた。

家は貧しく余裕がなかったせいなのか、親に愛された記憶はない。別れ際の両親の笑みが、初めて幸せそうに見えた。

教会での生活は質素ではあるが食事は三食与えられたので、国を守護する女神に感謝し、そこからは奉仕の精神でシャーランが日々を過ごしていると、いつの間にか聖力が強くなっていき、女神に愛された子として筆頭聖女の地位に就いた。

白銀の髪に琥珀色の瞳、美しくも柔和で、どことなく儚い印象の容姿が聖女らしさに相乗効果を与え、多くの人に慕われ敬われていた。

清らかな心を持つシャーランは、地位に驕ることなく敬虔な気持ちで女神レーテに仕えていた。

慕ってくれる民を慈しみ、望まれれば多少の無理をしてでも、癒やしの力を与えることを厭わない性格だった。

過去形だ。

すでにもうすべてが過去の話でしかない。

今なら絶対に、クリスティアは同じことはしないと断言できた。

(ほんと、いいカモだったよね)

我がことながら呆れる。

人は善だけでできていない。

崇め、慈しんでいた聖女であっても、自分たちに何らかの不都合が起きて――当時は終わりが見えない疫病が蔓延っていて、誰かしらに責任を負わせたいとなればあっという間に手のひらを返し、敵意へと変えた。

聖女を守るべきだった上に立つ者が愚かだったのか、誰かが主導したのかは知らないが、悪意はあっという間に王都に広まっていった。

シャーランに対して無能の烙印を押し、疫病が蔓延る現状を打破するために、魔に生け贄として差し出すことに決まった。

実際に、儀式は行われた――そんなぞっとする記憶が甦ったのだから、聖女に夢も希望もない。

(やってられないわ)

聖女の役割など冗談じゃない。

頼み込まれ、仮に偉い人たちに土下座されたところで拒否一択だ。

生け贄にされた過去がありながら、もう一度この国に尽くしたいなどと崇高な考えを持てる者は、本当の聖人以外にいない。

前世ですっかり俗世にまみれたクリスティアは、今や真逆の立ち位置にいた。

(けど、年々聖力が強くなってる気がするのよね)

シャーランの記憶を取り戻すと同時に、聖力も取り戻していた。

全盛期ほどの力はない。それでも幼い子どもとは思えないほどにはあって、知識もあるのだから使いこなすこともできた。

シャーランだった頃、この歳では無理だったことさえもできそうだ。

清廉な心もなければ、信仰心もゼロなのになぜ? とクリスティアは首を傾げたくなる。面倒事を引き寄せそうなのでまったく嬉しくなかった。

(今世は教会に関わりたくない)

目指すは一般市民だ。

唐突に聖力が強くなったり、うっかり使ったりして、誰かしらに察知されて教会に拉致されないためにも対策は必要だ。

(そうだ)

クリスティアの行動範囲は離れであり、出入りする人も限られている。それならば、離れ全体に結界を張ってしまうことにした。

(ぎりぎり足りるかな?)

発動するときに、聖力をがっつり消耗する。ほとんどを使い切ったところで困ることも、責められることもない。多少の倦怠感はあるかもしれないが、子どもはぐうたら寝ていても許される身分だった。

(何の効果を入れようかな)

必須なのは、クリスティアの認識を薄くする効果だ。

後はいくつか役に立ちそうな効果を追加する。範囲は離れの屋敷限定だ。

(対象に触れてた方が効率いいから)

ソファから下りて、部屋の壁に掌をつける。庭はまた後日と決めて、クリスティアは結界を構築していった。

「できた!」

ごっそりと聖力を持って行かれたけれど、これで安心だ。

悪意のある者は立ち入れない聖域ができた。

ほっとした瞬間、開いていた窓から勢いよく何かが飛び込んで来た。