軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ラスボス

もう一つの戦場。

そこでは、ガイア帝国の別部隊――本隊が竜騎兵団と睨み合っていた。

先に戦場に到着したオルダートたちドラグーンは、国境近くで動かない敵に対してドラゴンを飛ばし威嚇している。

これで退けばそれでおしまいだが、敵の様子がどうにもおかしい。

小競り合いは何度も起きているし、相手はドラゴンがいかに強敵かを知っているはずだ。なのに、軍勢に慌てた様子がなかった。

それに――。

「何かを待っているな」

オルダートが敵陣を見ながらそう呟くと、部下が近づいて来た。

「団長、連中はまだ動く気配がありません。それに、随分と落ち着いていますね」

二方から攻め込んで来たガイア帝国。

本隊はオルダートたちが前にしている皇太子率いる軍勢で間違いないが、もう一方の皇子率いる軍勢の動きも気になっていた。

「ルーデルも合わせれば三騎はいる。持ちこたえてくれるとは思うんだが……」

万の軍勢ですら、ドラグーンにしてみれば脅威ではない。

空からブレスによる攻撃を行なうだけで戦争が終わるからだ。時に、ドラゴンスレイヤーや、規格外の人間が出て討ち取られる事もある。

だが、数騎いれば討ち取られる可能性もグッと下がる。

「どうにも嫌な感じだな。増援を送っておいて正解だったかも知れん」

オルダートが自慢の整えた髭を触りながらそう呟くと、部下が渋い表情になった。

「団長、我々は先に国境を越えた軍勢へと向かった方が宜しいのでは? ここにこれだけの数を配置せずとも――」

半分。三分の一でも、ルーデルのところに送ろうという部下に、オルダートは軽く手を上げて発言を止めさせた。

理由は空から降りてくるドラゴンにある。

灰色ドラゴン――竜騎兵団の管轄にない、近衛隊所属のドラゴンだ。

「それは困りますね。別働隊は数が少ない。敵の本命はここなのです。それに、勝手な行動は困りますよ」

灰色ドラゴンがオルダートと部下の前に着陸した。フリッツはドラゴンの背中から降りて、オルダートの前に出る。

「これは総大将殿。まぁ、仲間を想う部下の気持ちも理解してやってください。それで? 何故単騎で戦場に?」

軍勢はどうした? オルダートがそうたずねると、フリッツは肩をすくめた。

「ドラゴンに乗る俺とでは行軍速度が違いますからね。先に戦場を見ておきたかっただけです」

オルダートは内心で呆れていた。いや、呆れるというか、気持ちも分かる部分があった。

(まぁ、ドラゴンに乗れば普通の行軍なんて遅いと感じるが……総大将が軍勢から離れたら駄目だろ)

部下も同じ気持ちなのか、フリッツを見て複雑そうな表情をしていた。

(いてもいなくても同じ、か? まぁ、王女殿下のお気に入りだからな)

きっと、軍勢の中にいても居場所などないのだろう。

オルダートはそう思うと、国境の向こう側で動かずにいる帝国を見るのだった。

一方――。

アスクウェルが率いる軍勢は、たった一人のために大きな損害を出していた。

それが考慮済みであったとしても、たった一人を相手に出した損害としてはあまりにも大きな数字だった。

「魔物も下げろ。精鋭で囲む」

アスクウェルの指示により、統一された同じ全身鎧を身に纏った騎士たちが前に出た。

重厚な鎧を身に纏いながら軽快な足取りをしている彼らは間違いなく精鋭だろう。

アスクウェルがそんな精鋭を率いてルーデルを囲むと、一騎討ちの形を整えるのだった。

「白竜騎士だったな。貴様は強い。強すぎる。だから……俺自ら相手をしてやろう」

アスクウェルが槍を手に取り馬から下りると、ルーデルに歩み寄った。

ルーデルは泥に汚れ疲れ果てている様子だが、それでもアスクウェルを前に戦意が衰えた様子がない。

右手には剣を。

左手には盾を。

白い鎧を身に纏った騎士は、たった一人でアスクウェルの軍勢と戦っていた。

敬意を表し、などとは思っていない。

(貴様はここで叩いておく。全軍の士気のために)

散々疲れさせ、ボロボロにした相手をアスクウェルは一騎討ちという形で打ち倒そうとしていた。

それは戦場で美徳とされないのも知っているが、そんなものはアスクウェルには関係がない。

この戦いに勝たなければ、帝国の未来がなかった。

それに、ルーデルにこのまま被害を出させるわけにもいかなかった。たった一人に数千が打ち倒されたと知れば士気に影響が出てくる。

数で押しつぶすのも微妙となり、アスクウェルが出てドラグーンを打ち倒し士気を高める狙いもあった。

(本来なら悪手だったが)

想像以上にルーデルが粘り、アスクウェルは方針を何度も変更しなければならなくなっていたのだ。

アスクウェルが槍を構えると、ルーデルは口元がニヤリと笑っていた。

(こいつ、この状況で笑うか)

戦場には時折、美学を求める奴もいる。一騎討ち、そして自己犠牲――アスクウェルは、それらを理解できない。

元は研究者を目指していた人間であり、英雄に憧れる質ではなかった。

(こいつは戦場に居場所を求めるタイプか?)

アスクウェルの構えを見て、ルーデルが口を開いた。

「お前……強いな。だがっ!」

一瞬で距離を詰め、斬りかかってくるルーデルの一撃をアスクウェルが槍で捌く。

受け止め、受け流し、ルーデルの攻撃を凌ぐ。

疲れているのか、荒が目立つルーデルを見てアスクウェルは確信する。

(やはり限界に近いか)

大きく踏み込み、そして槍で突くとルーデルはその一撃を左手の盾で受け止める。受け流そうとしたが、それが出来ない様子だった。

「たった一人で戦場に残り戦ったお前には敬意を表しよう。肢体は晒すが、記念碑の一つくらい立ててやる」

アスクウェルの言葉に、ルーデルは興味がなさそうにしていた。

「勝手に人の国に記念碑を建てるな。勝ったつもりでいるのか?」

――既に勝負は決まったようなものだ。

そう言おうとしたところで、アスクウェルが槍を大きく振り下ろすと地面へとぶつかった。

衝撃で土が舞い上がり、そして泥が飛ぶとルーデルはアスクウェルから距離をとって――。

「逃がすか!」

アスクウェルが追いかけようとすると、ルーデルは地面に向かって水の魔法を放った。地面が濡れ、そして泥で滑りやすくなるとアスクウェルの動きが少しだけ止まる。

それを確認して、ルーデルはアスクウェルの目の前から消えた。

いや、まるでルーデルを中心に暴風が発生し、凄い速度で移動を開始したのだ。

「な、何が――」

周囲を見渡すと、アスクウェルは目を見開いた。

そこには、囲んでいた精鋭たちがルーデルによって一瞬で斬り伏せられてしまった後の光景が広がっていた。

アスクウェルが槍を強く握ると、ルーデルに向かって叫んだ。

「貴様の相手はこの俺だ!」

ルーデルはアスクウェルを見て言うのだ。

「違うな。お前たち全員が俺の相手だ」

ルーデルは、剣を構えながらアスクウェルを見た。

(しかし、こいつは強いな。一撃一撃が妙に重い)

迫り来るアスクウェルは、ルーデルと比べてパワーもスピードも劣ってなどいない。恵まれた体格。

そして才能や魔力量など、ルーデル以上かも知れない。

しかし――。

「お前の戦い方は綺麗すぎる」

足で泥をすくい上げ、アスクウェルの顔に目がけて蹴り飛ばした。すぐに反応して避けるアスクウェルだが、その動きは慣れていないようだった。

同格と戦った事が少ない。

あるいは多くが魔物であり、人間同士での戦いではその恵まれた才能によってすぐに勝負が付いてしまっていたのだろう。

ある程度、実力が近い相手との戦いに不慣れに見えた。

(それだけの才能があった、というところか)

槍を横に振るうアスクウェル。

その一撃は地面の泥も巻き込んでルーデルに襲いかかってきた。ただの一撃が、衝撃波となって襲いかかってくる。

それを跳び上がり避けると、そのまま真上からアスクウェルへと斬りかかった。

槍を横に構え、ルーデルの一撃を受け止めたアスクウェル。

強力なルーデルの一撃は、アスクウェルの足を地面にめり込ませていた。

(今のままでは押しきれない、か)

そう思うと、ルーデルの体が淡く光り始めた。体に紋様が浮かび上がり、それはルーデルを守るように全身を覆う。

白騎士の力を解放し、ルーデルは周囲へと視線を向けた。

(精鋭を斬ったことで回りも動いたか)

ルーデルの変化に慌てて、アスクウェルを守ろうと動き出す周囲。そんな周囲に、ルーデルは光弾を飛ばして吹き飛ばす。

「貴様っ!」

アスクウェルがルーデルを睨み付けてくるが、ルーデルにしてみれば一騎討ちなど受けるとは言った覚えがない。

むしろ、囲まれている状況であって周りを攻撃しても不名誉などという事もなかった。

そして、ルーデルはアスクウェルの思惑にも気が付いていた。

(なる程、俺を倒して士気高揚を狙っているのか。意外と切実だな。そこまで追い込めたという事か)

もっと数で押してきてくれれば、それらを斬り伏せ敵へ損害を出させて退かせる事も考えていたルーデル。

「どうした。俺を止めなければ部下が死ぬぞ」

笑って挑発すると、アスクウェルが無理やり槍を振るってルーデルを吹き飛ばす。わざと吹き飛び、距離を開けるとまたしても周囲に攻撃を加えるルーデル。

帝国の軍勢も、ルーデルに向かって魔法や矢を放った。

しかし、アスクウェルがいるためにまばらな攻撃となる。

(こいつを盾にして数を削るか)

そんな事を考えていると、アスクウェルが渾身の突きをルーデルに放ってくる。まるで放たれた矢のようなその一撃は、受け流す事は難しそうだ。

それに、その勢いのせいか、アスクウェルが蹴った足場は泥が数メートルも舞い上がっていた。

左手を前へと突き出したルーデルは、光の盾を数十枚出してアスクウェルの進行方向へと配置する。

それら全てを貫くアスクウェルの勢いは、ほんの少ししか削ることが出来なかった。

ただ、そのほんの少しだけで十分だ。

数十枚の光の盾をぶち抜いた先に――ルーデルはいなかったのだから。

アスクウェルが慌てて止まろうとすると、ルーデルは左側へと回り込み――そのまま盾でアスクウェルを殴り飛ばした。

「くそっ! 右側に回り込めれば」

それで勝負が付いていたのだが、そちらへは敵兵が来ておりタイミングがズレてしまう可能性があった。

無理な体勢で剣を振れなかったのを後悔した。

(もっと鍛錬する必要があるな。今の攻撃で仕留められなかったのはきつい)

吹き飛び、地面を転がるアスクウェルへと追撃をかけようとすると周囲に敵が集まってきた。

アスクウェルを守ろうとしているのだろう。

その姿に思うところもあるが――。

「お前たちが始めた戦争だ――」

ルーデルはアスクウェルの前に立つ騎士や兵士たちを全て斬り伏せた。

アスクウェルは頭がフラフラしていた。

(何が……)

顔を上げるとそこには部下たちが背中を向けており、その先には血飛沫が起きている。頭が重い。

ルーデルに頭部を殴り飛ばされ、どこか戦場の音が遠くに聞こえていた。

(な、何をしている。止めろ。退くんだ!)

部下たちが自分の目の前で死んでいく。それをアスクウェルは耐えられなかった。

敵は殺しても味方には甘い。

そんなアスクウェルが立ち上がろうとすると、ハッキリと聞こえる声がした。

『……これだけ手を回させておいて、ろくに役目すら果たせないのか』

落胆した声を聞いたアスクウェルは、周囲を見渡す。時間がゆっくりと流れているように見えた。

(いったい何が起きて――)

『もういい』

苛立ったような声が聞こえると、急にアスクウェルは自分の足下から黒い泥が溢れているのを見た。

(なんだ? これは……)

逃げようとするが体が動かなかった。

ただ、黒い泥に飲まれていくと幸福感――そして、力がみなぎってくるのが分かった。

身を委ねたくなるような安心感に包まれ、先程までルーデルに抱いていた警戒心が緩んでくるのが分かる。

(あぁ、これは……)

アスクウェルが泥に飲まれ、それが剥がれるとそこには全身を黒い禍々しい体に張り付くような鎧を着たアスクウェルの姿があった。

いや、鎧と言うよりも皮膚に近いのかも知れない。

まるで魔人のような姿になると、アスクウェルはルーデルを見た。ゆっくりと流れる時間の中で、ルーデルの視線はアスクウェルを見ていた。

(……気づいたのか。だが、もう遅い)

周囲の時間の流れが元に戻り、音が鮮明に聞こえてくるとアスクウェルは一瞬でルーデルに近付き蹴り飛ばした。

吹き飛んだルーデルは、味方の軍勢がいる場所に激突し、周囲を巻き込んで土煙を上げている。

部下たちが、アスクウェルの姿を見て戸惑っていた。

「アスクウェル様……」

「そのお姿は……」

「いったい何が」

困惑する部下たちを見て、アスクウェルは特に何も思わなかった。そのまま歩き出すと、右手を少し掲げる。

右手から黒い何かが出てくると、その何かは槍であった。

禍々しい黒い槍を体から引き抜くと、アスクウェルはそのままルーデルへと歩き、徐々にゆっくりと走り始めた。

それは体の動きを確認しているかのようであり、目の前にいた部下たちを邪魔だとも思わずただ吹き飛ばす。

先程までのアスクウェルとは根本的に何かが違っていた。

「さぁ、これからが本番だ」

アスクウェルがルーデルへと迫る。

その顔には醜い笑みを浮かべていた。